舞踊団の登壇を知らせるアナウンスが流れる。群衆もそちらの舞台に身体を向けた。
シャラシャラと美しい鈴の音に続き、柔らかな布を身に纏った女性たちが舞う。駆けたり、回ったりすると、ストールやスカートが風を受けて広がり、裾に付いた鈴が小気味良い音を立てる。
ただ、さすが芸謁の会に呼ばれるだけあって、優雅なだけではない。
観客が思わず悲鳴を上げた。
舞踊団のひとりの女性が、腰に下げた剣を突然抜いて地面と平行に振り払ったのだ。近くで舞っていた女性の脚を切りつけてしまう……そう思ったとき。
女性はひらりと後ろに跳んだ。空中で一回転して足音もなく着地すると、何事もなかったように舞を再開する。
「なんて軽やかな脚さばきなんだ!」
「ママー、お姉ちゃんすごいね、ひょいって剣避けちゃったよー」
歓声が巻き起こる。この一瞬で会場の熱がぐんと上がったのを感じた。
その後も女性たちが剣をすんでのところでかわし、堂々と舞は終了した。
拍手が湧く中、ユスティーナはどのように評価するか頭を悩ませていた。
何も悪くない。しかし招待する三組のうちの一組に選ぶには何か足りない。ただ彼女は、不足を明確に言語化することに苦戦していた。
マイクを渡そうとするルイが、彼女の浮かない顔に気が付く。
「どうなさいましたか。拍手が鳴り止み次第、コメントをしていただきますが」
「上手く言葉に出来ないの。舞踊団の演技は確かに素晴らしかったと思うわ。それでも招待状を渡すのは違う、それも確かで」
焦りで早口になるユスティーナを前に、ルイは険しい表情をして唇を一度きゅっと結んだ。群衆の拍手が静まっていくのを耳にし、意を決して口を開く。
「僭越ながら、ユスティーナさまのお気持ち、僕が言葉にしてよろしいでしょうか」
意味が掴めないまま、半ば反射的に頷く。ルイはユスティーナの耳元に口を寄せ、
「笑顔を波及させる力が不足しています」
と言った。
聞くと同時に胸がぎゅっと痛くなった。まるで彼女の心の一点を見透かされ、見えたものを言葉という形にして突き刺されたようで。
あまりに的確で驚いた。王女からの評価として述べる以上、自分の言葉を組み立てなくては意味がないとは言え、より良い表現は世界に存在しないと言い切れる。
ルイに言葉を与えられた途端、その後に続ける評価も湧き水のように容易く溢れ出した。拍手が止んで、マイクを口元に近付ける。
「素晴らしい演舞でした。美しさはさることながら、剣を用いたアクションによって強さも演出されていたと思います」
舞台上で姿勢を正して立つ舞踊団のメンバーが、褒められた喜びからとびきりの笑顔を見せた。彼女たちにこれから先の言葉を告げるのが憚られた。
「けれど」
ひとつの単語で舞踊団全員の表情がさっと変化する。
「観客の表情に笑顔がありません。驚きばかりが印象に残り、楽しむことを忘れてしまいました。王族が演者を選んで、連れ立って国を廻るのは、演技を通じて皆に笑顔を波及させる目的があります。自らの技術を磨くことも重要ですが、他者をよく観察することが必要なのだと思います。その一点以外は完璧でした、また来年お会い出来ることを楽しみにしております」
拍手や口笛に送られて、舞踊団は舞台から降りていく。肩を落とした姿を、ユスティーナは直視することが出来なかった。
彼女自身は下した評価に苦しめられる思いであったが、隣でルイは満足気に頷いていた。観客もルイと同様、
「ユスティーナさまは非常に的確な評価を下すなあ」
「確かに笑顔を忘れていたわ。気付きづらい不足を指摘しつつ、素晴らしかったと褒めてくださる殿下は本当に優秀なお方ね」
とユスティーナを高く評価した。
芸謁の会は慌ただしい。舞踊団のことを話題にしていたのも束の間、速やかに次の演者の準備が済んで、彼らを呼ぶアナウンスが流れる。
ユスティーナも気を引き締め、情熱に溢れた演技と向き合う覚悟を決めた。
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