「ユスティーナさまにご来客です」
ルイに誘導されるまま、ユスティーナは来賓室へと向かった。今日来客の予定はないと記憶していたけれど、と言っても、彼は曖昧な返事しかしない。
不審に思いつつ扉を開け、驚いた。
「あなたたちは、芸謁の会でお会いしたご兄妹……」
「兄のジェイクと妹のケイトだ。そこの執事さんに呼ばれて来たんだが、ええと、よろしく頼む」
彼らはユスティーナの姿を見た途端に椅子から立ち上がり、勢い良く頭を下げる。彼らなりの“畏まった”振る舞いだ。
着席を促し、彼女自身も向かい合うように腰を下ろしたところで、どのような用事か尋ねた。
何を話したら良いか分からず目を泳がせる兄妹に代わって、そばに控えているルイが話し始める。
「先日、僕は彼らの居住地を尋ねまして、とある曲を聴いていただきました。その曲の楽譜というのがこちらです」
後ろ手に隠し持っていた楽譜を見せる。日焼け跡や折り目のない、新しい紙。
兄妹は楽譜を読めないが、あの日、ルイがピアノに立てていた楽譜だと一目見て分かった。
「それ、私が書いた楽譜じゃない! 紛失したと思って探し回ったし、ルイにも探すのを手伝ってもらったけれど、あなたが持って行っていたの!?」
ユスティーナが甲高い声で追及したのを見て、兄妹は作曲者が彼女だと知った。あまりに衝撃的なことだった。
反骨精神や厭世的な心情がはっきりと表されたあのメロディを紡いだのが、まさか裕福で恵まれた生活を送る姫だったとは。
ルイは憤るユスティーナを適当にかわしつつ、兄妹の様子を窺っていた。
思った通り、作曲者のイメージと現実の差に驚愕し、混乱している。
狙い通りだ、と思った。意外に思えば思うほど、“王女はインパクトのある曲を作れる方なんだ”と強く印象に残るだろう。ルイは彼女の作曲能力を、より多くの人に知って欲しいと考えていた。
「なぜお二人に城まで来ていただいたのか、分かりましたか。お二人は作曲者であるユスティーナさまに話がありますよね」
歌わせてくれと頼むよう促してみるも、予想外の作曲者の正体に、二人は時折視線を交わすのみで黙ったままだ。
「作曲者を知って、歌いたいという情熱がなくなった」と言われたら、とも考えたが、初めて曲を聴いたときの兄妹の表情を思い返し、諦められないだろうと高を括る。
「お心が変わってしまったでしょうか。もうお帰りになりますか?」
「ま、待って! 気持ちはここに来る前と同じよ! ユスティーナサン、この曲をあたしたちに歌わせて欲しいの」
勢い余ってケイトは立ち上がり、一息に言った。ルイは兄妹を煽る作戦が予想以上に上手くいって、ひとり静かに微笑む。
ユスティーナはぽかんと口を開け、首を傾げた。
無理もない。知らないうちに自作の曲を聴かれていて、歌詞も付けていない歌を歌いたいと言われたのだから。
「歌うって言っても、歌詞もない、ただの伴奏よ」
「俺たちのパフォーマンスを忘れたのか? “バイブレーション”は元々、クラシックに歌詞を付けて歌ってきた。音さえあれば、俺らはそれを拾って歌にしてみせるんだよ」
ケイトに倣って、ジェイクも立ち上がる。しかしユスティーナもなかなか引き下がらない。
「お二人は私のような素人の作った曲を歌うにはもったいない存在です。圧倒的なパフォーマンスの邪魔になってしまうと思います」
「俺たちがこの耳で聴いて、心の奥で沸き立つものを感じた。歌いたいと強く思った。それで十分じゃないか。何に怯えているんだ?」
「お二人が私の曲を認めてくださるのか、でしたが……あれ? もうすでに認めてくださっていますね」
兄妹の話を整理すると、ユスティーナが懸念していたことはもうすべて解決されていた。彼らが曲を認めてくれたこと、それだけで彼女には十分だった。
どうして躊躇していたんだっけ、とでも考えていそうなユスティーナの表情。それを見てルイは笑い、
「恐れるものは何もありませんよ。よし、これで交渉成立ですね」
と纏めた。今度は誰の異論もない。
ユスティーナの感性に惚れ込んだ二人は、作曲のみならず、衣装や活動の方向性についても彼女に任せたいと強く望んだ。初めは拒んだものの、やはり彼女の性格上、輝く瞳で頼みごとをされては断りきれない。
跳び上がって喜んだ兄妹が、軽い足取りのまま城を出て行った後。
ユスティーナは勝手な行動をしたルイを冗談混じりに責めた。しかしルイはいつもと違い、謝らない。
「ユスティーナさまだって、これからのお二人の活躍に期待されているでしょう?」
図星を指されて、彼女はふにゃりと破顔する。
「ふふ、そうね。どんな曲を作ろう、どんな衣装を用意しよう、って、次から次へと考えてしまっているわ。今、すごく楽しい」
ルイは、彼女のこういう表情が見たかった。口には出さないが、彼女のために行動して良かった、と幸せを噛み締めた。
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