パーティは問題なく終了した。
王女自らが準備した会場は、これまでの型にはまった装飾とは一味違い、招待客の間でも評判が良かった。興に乗った芸術家がどこからともなく画材を取り出して、会場を絵に描いたほどだ。
ユスティーナはパーティ中気を張っていたからか、終わるとどっと疲れが押し寄せた。普段は睡眠時間が短いほうなのに、あれ以来寝ても寝ても眠気を感じる。
けれどもユスティーナに会うために城を訪れる人が増え、彼女は寝てばかりはいられない。それをルイは喜ばしく思っていた。
これまでの、“王族イコールベンジャミン”の構図が少々変化したのを感じたからである。国民に次期女王として認識され、受け入れられる第一歩は、成功したと言えるだろう。
また、ジェイクとケイトがシェルマンの経営する劇場でパフォーマンスを披露するのは、パーティから半年後に決まった。
ユスティーナは忙しいながらも彼らのために新しい曲を作ろうと、合間を縫ってピアノに向かう。
そんな彼女の元にルイが訪れた。
「どうぞ、入って」
少しだけ声が震える。扉を開けて入ってきたルイと目が合うと、心臓がぎゅっと苦しくなる。
最近、ルイが外国語を学ぶ時間を増やしたことを知っているからだ。家庭教師の授業を聞く時間は以前と変わらないが、休憩時間や寝る前のわずかな時間にも、ひとり外国語のテキストを開いている。ユスティーナが話し掛けても、単語帳とにらめっこしていて返答がないこともしばしばある。
彼が部屋を訪れた。それもやけに畏まった様子で。
ああ、これは、城を出ることを相談されてしまう。もしかしたら決心がついていて、宣言されるかもしれない。
そうなったら引き止めることは出来ないな、と心の内で呟く。
「ユスティーナさまが作曲を楽しんでくださっているようで、音楽好きの僕としても嬉しいです。新曲は順調ですか?」
「ええ。前よりも作れる曲の幅が広がった気がする。でも不思議ね、曲を作れば作るほど、もっと素敵な曲が書きたいって熱意が湧き上がる」
「今よりも使える楽器が増えたら良いのに、と思うことはありませんか?」
「うーん、そうね。自分の能力を向上させたい、が一番のお願い事だけれど、それは地道に努力していくしかないから……楽器のレパートリーが増えたらエッジの効いた曲が出来るのになあと思うわよ」
ルイは腰に手を当て、胸を張り、ふふんと満足気に笑った。
「ユスティーナさま。僕は明日から、異国の地へ行って参ります」
「異国の地?」
「遠く離れたジャングルの中にある、小さな国です。その国にはエングフェルト王国にはない楽器が多く存在するという噂を耳にしたので、買い付けに行きます」
「異国で買い付けって言っても、ルイは外国語が苦手でしょう……あっ!」
そこまで言って、すべての点が繋がった。彼が家庭教師に質問を重ねる後ろ姿を思い出す。
「もしかしてそのために外国語を⁉︎」
「楽器の演奏方法を教わるときは、言葉のわずかなニュアンスの違いを読み取る必要があります。それは通訳を介して翻訳された言葉では非常に読み取りづらい。それゆえ、自分自身で現地の方と会話が出来るよう、陛下に請願して家庭教師をつけていただいたのです。……どうされましたか?」
ユスティーナは真っ赤にした顔を両手で覆い隠す。そして小さい声で、
「ルイが城を出てしまうのかと思った……」
と言うと、自然と涙が滲み出した。
安堵から出た涙だが、それほど不安に思っていたことを話すのは恥ずかしい。彼に気付かれないように瞬きと繰り返し、どうにか涙を引っ込める。
けれどもルイは、声色から彼女の不安を感じ取った。自分が城を離れることを不安に思ってくれたということはつまり、自分に城を離れて欲しくないということなのか、と当然の変換をする。
「僕にいて欲しいと思ってくださったのですか」
嘘はつけず、ユスティーナは顔を隠したまま頷いた。
胸がきゅんと痛み、ルイの鼓動は次第に速くなっていく。高揚して、脳も通らずに言葉が口をついてするすると出る。
「それは便利な執事が職を離れるのが困るからですか。それともあなたが少なからず僕自身に興味を持ってくださっているからですか」
「ル、ルイと会えなくなるのは淋しいって、そう思っただけ」
問い詰めるような口調で尋ねるルイの勢いに流されて、ユスティーナも思わず本音が漏れてしまった。「あっ、違う」と慌てて言い訳をしてみても、もう遅い。
ルイはたまらなくなってユスティーナを抱き締めた。座ったままの彼女は胸にすっぽり収まる。手を、肩からホワイトブロンドの髪へ滑らせると、その髪のあまりの柔らかさに驚いた。
なんだか良い匂いがする。これまでも近くにいたはずなのに、感じたことのなかった花のような匂い。
「ルイ……」
胸に包まれたユスティーナから発せられたくぐもった声を聞いて、はっと我に返る。
「す、すみません! 僕はなにを、わああ、すみません!」
「ルイ、別に私は嫌じゃな……」
「それでは、明日より異国へと出発致します! 行って参ります!」
深々と頭を下げ、目を合わせることもなく部屋を出て行ってしまった。扉が閉められた音だけが響く。
ユスティーナは静かな部屋にひとり残された。先ほど感じた彼の温もりのせいで、ひとりの部屋の冷たさをより鮮明に感じた。
「どうして抱き締めたりなんかしたの」
そう小さく言うと、化粧を施していることなど忘れ、机に突っ伏す。
心臓の音は鳴り止まず、顔の熱さは引かず。彼とまともに話すことの出来ないまま翌日を迎え、ルイは異国へと発った。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!