かりんとう農家

素朴な畑の甘味を育てて
スーパー野菜人
スーパー野菜人

雨は流して

公開日時: 2020年9月1日(火) 12:02
更新日時: 2020年9月2日(水) 08:08
文字数:2,271

まえがき


 今、全国でかりんとう農家が減少の一途をたどっております。

 そんな彼らのことを少しでも知ってもらいたいと思い、筆を執りました。

 PB商品やら何やらで色々なかりんとう商品が世の中には出回っていますが、やはり採れたてのかりんとうが一番美味しいと思います。

 みなさんもこれを読んでかりんとうを食べたくなったら、農家直送の顔写真付きのかりんとうを買ってあげてください。

 そして美味しければ手紙などで感想を送ってあげてください。

 それがかりんとう農家の大きな励みになります。




 6月、初夏。オラは日増しに強くなる陽射しで背中が熱くなるのに溜まらず、身体を伸ばした。


「あ~。まだこんなけしか進んでないんかい。今年はようけ生えとるわ」


 視界一面に広がる<かりんとう畑>にゃ今年の豊作を祝うようにかりんとうが、これでもかとその黒い背筋をググっと伸ばしちょる。長いもんじゃ20cmを超えるもんもあって、その成長はそりゃもう喜ばしい限りじゃあるんだが、あんまり長すぎても袋に入らんから困ったもんよ。


「どれ、初物の味はどうじゃ」


 腰かごの太いかりんとうを1本取って、シャツの裾で土を拭ってポリッとやってみた。


「ええぇ甘さじゃ」


 噛み締めると奥歯に染みるような甘さが口いっぱいに広がり、ヨダレが溜まる。


「この畑はやっぱりええの。土壌がええ。この土がかりんとうにしっかり栄養を回してくれちょるわ」


 先祖様から代々受け継がれたこの畑を親父《オド》から継いでもう20年経つが、未だここでできるかりんとうが甘くなかったことはねぇ。やっぱりこれも代々から受け継がれた畑の世話の仕方が良くって、この土壌は毎年立派なかりんとうを作ってくれちょるのよ。


「どれもう一本」と手をつけようかと思ったその時、「オド~っ!!」と後ろから呼ぶ声がした。


「おぉ、桃子ももこか。だいぶ早ぇじゃないの」

「1本早い電車さ乗れたんだ。オドはせっかちじゃの、オラ抜きにして先に1人で始めちょるなんてさ」


 娘の桃子はまだ高校生じゃが普段は寮暮らしで、ここに比べれば幾分都会な場所で生活をしちょるが、やっぱりこの時期はかりんとう抜きがあって大変だから桃子には学校を休んで帰ってきてもろうた。


「今年はどう? 甘い?」


 桃子が畑に降りてきて変な歩き方でこっちに寄ってくる。足元を見れば白いスニーカーを履いちょる。都会じゃ流行っとるんじゃろうが、こんなとこまで履いて来ちゃあそりゃ不便さね。なんてったって舗装されてる道の方が珍しいんだもの、白い履物はすぐ汚れちまう。まぁ健気にも膝を目一杯上げた兵隊みたいな歩き方でオラの隣までやって来た桃子に、腰カゴの中から1本取り出して渡してやる。


「あぁ、これはいい形だなぁ。どれ――うん、甘ぇな!」

「そうじゃろ」


 桃子は1本食べ終わると「さて、オラは一回家に着替えに行くよ」とまた例のおかしな歩き方で来た道を戻っていく。


「そんならオラも1回帰るわ、ちょいと腰を休めたいと思うとったところじゃ。ホレ、その肩掛けを寄越しなさい」


 あまりに歩きにくそうな桃子の荷物の1つを持ってやるとやたら重い。こっちには1週間もいる予定もねぇのに、まぁどうして何をこんなに入れてるんだかなぁ。


「ん? こりゃあなんだ……?」


 肩掛けから何やら袋が飛び出していて、ついつい中を覗いて見てしまう。


「あっ、オドっ! なにを勝手に……!」


 ああ、ホントに。勝手に見ちまって、それがよくなかったんだなぁ。


「――なんじゃ『はちみつかりんとう』ってのは。桃子、お前」

「そ、それは……」

「こんな加工物、お前いつ好きになったんけ?」


 ついつい、語調が強くなる。


「こげん小さなかりんとうばっか集めて、甘味料かなんだかで無理くり味付けしたかりんとうのどこがいいんじゃ?」

「どうせ化学調味料やら着色料やらでいっぱいなんじゃろ。まったく、身体に悪いばっかでいいことなんかありゃあせんよ」


 オラもこれが情けないただの八つ当たりだとは気づいとったが、どうにも腹がムカムカしちまって次々に飛び出す言葉は止められん。


「そんでこれはいったいどこのメーカーのかりんとうじゃ。また字もちっこくて読み辛くてかなわん。それにキザたらしい英字かいな、てぃーおーぴー……?」

「それはトップバリューと読むんよ。オド」


 桃子はどこか諦めに似た色の目をオラに向ける。


「それはな、スーパーのイオンのグループ企業なんよ。お菓子メーカーでもなんでもない、総合スーパーの企業がその片手間で作っとるプライベートブランドの商品なんよ」

「……なんでスーパーがかりんとう作っとんのじゃ」

「わからんけど、多分お金がいっぱいあるからじゃないかな」


 オラはまったく納得がいかなかったども桃子はさっさと歩いて行くから、オラたちはいつの間にか畑から出て家に繋がるあぜ道にいた。桃子はオラの少し先を雲1つない青空を見上げながら歩いている。


「なぁオド。それな、98円なんよ。安くて、そんですごく甘い」

「……はちみつを使っとんのじゃ。そりゃ甘いに決まっとる」

「それでもな、やっぱり甘いんよ……」


 前を行く桃子の白いスニーカーに陽光が反射して、その眩しさが嫌になる。都会はもう素朴な甘さなんてもんは求めてないのかも知れねぇ。ふっとそんな思いが頭をよぎって、堪らない気持ちになった。かりんとう農家はこの10年で驚くほど減って、それを専業でやっとんのはここらじゃもうオラのとこだけだ。都会に出た若者は戻って来ねぇ、桃子もいつかは離れてくんだろうなぁ。


 ――時代が変わったんだ、かりんとうがはちみつを被る時代に。


 空を見上げる。やっぱり雲1つ見えねぇ。厚い雲で灰色に煙って、その太陽を隠して、いっぱいの雨を降らせてほしい。そしてそのいっぱいの水でオラの心に溜まる泥のような不安を流しとくれ。そうしてこの畑を潤して、来年も素朴で甘いかりんとうの花を咲かせとくれ。物心つく前から親しんだその光景を見れば、時代の流れなんて関係もねぇ。ここにはオラだけが彩れる、オラの自慢のかりんとう畑があるんさ。

 

 ――それでいい。それだけでいいんさ。

 

 じりじりと肌を焼く音が聞こえるような日差しの6月。恋しい梅雨の季節はまだ遠かった。




あとがき


 かりんとう、食べたくなりましたか?


 ※この話はフィクションです。

 ※実際は、かりんとうが畑から生えてくることはありません。

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