「何か不満の有る者は申し出よ。無いか、事件当日予の周辺に侍っていた高位貴族の中で、予を守ろうとした者は一人もいない。近衛騎士だけが予の盾となり周辺を守っていた。見回して情けなかったぞ、婦女子を盾にする者。地に臥して頭を抱える者、逃げ場を求めてうろつく者。あの男にいたっては、その場で切り捨て様かと思ったぞ。会場に居た魔法大会出場者の貴族達も、誰一人反撃しようとしなかったのを見た予の気持ちが解るか。シャルダ・ハマワール子爵これへ」
「はっ陛下」
「跪け、宰相剣を持て」
「陛下何を」
宰相を睨みつけ黙って手を出す。
その気迫に押されて宝剣を差し出した。
受けとった剣を引き抜き跪くハマワール伯爵の肩に刀身をのせる。
「汝ハマワール伯爵を侯爵に任ずる。以後王国貴族の気概を示し、他の貴族達の手本となれ!」
「陛下宜しいでしょうか」
「許す」
「余りに褒美が大き過ぎるのでは在りませんか」
「あの男の言い分を聞き、そなたやヒャルダとフィエーンに対する扱いが低すぎたと反省している。望むならあの男の領地を引き継がせるぞ」
「いえ今の領地に満足しております。言わせて貰えば領地替え等面倒ですから」
静まり返った謁見の間に、国王陛下の爆笑が響いていた。
◇ ◇ ◇
「はぁーとんでもない事に為ったわね」
「だが陛下の言う通りあの時檀上で立っていたのは、陛下と近衛騎士だけだった。我らと同じ観覧席に居た貴族も、誰一人として反撃を加えた者はいない。混乱の最中一人立ち周囲の状況を冷静に見ていたとはな」
「それって不味いんじゃないの、カイトの事を聞かれたら」
「その時は領地の商人の倅で、魔力高40しか無い。魔法を諦め切れず、魔法大会を見たいと願い出たのを連れてきた。と言う筋書きに決めてある。実際我が屋敷には入れていないからな、ホテル住まいの田舎商人の子供さ」
「此処にも抜け目の無い人がいるよ」
フィエーンの小さな呟きが聞こえる。
◇ ◇ ◇
遅い朝食を済ませ今日は何処に行こうか思案していると、支配人がやってきた。
「カイト様ハマワール侯爵閣下からのお手紙で御座います」
トレーにのせられた書状を差し出す。
「侯爵?」
「昨日陞爵なさいましたそうで御座います」
「陞爵するなら伯爵じゃなかったっけ」
「はい伯爵陞爵後程なくして侯爵様になられたらしゅう御座います。お手紙にもハマワール侯爵となっております」
礼を言って書状を受け取り確認する、読んでいて笑いそうになった。
然しこの世界インターネットでも有るのかな情報が早すぎる。
前世でも北米にはモカシンテレグラフと呼ばれる、噂やニュースが数日を経ず数千キロ伝わる仕組みがあったと聞いた覚えがある。
日本だって米相場の通信に大阪と江戸の間を、旗振り通信で結んでいたからな。
朝大阪の米相場を夕方には江戸に伝えていたと読んだ覚えがある。
多分魔法大会会場の出来事も、見てきた様に噂で知れ渡っている事だろうな。
侯爵閣下の筋書きに従うのが吉だろう。
筋書きに従ってお登りさんを決め込み、上等な衣服に見合う時計を買いに行くことにした。
支配人に聞くと遠いと言われ、ホテルの馬車を出してくれたので行為に甘える。
俺の買った時計は、作って貰った服に付けると余りにもアンバランスだからね。
着いたのは宝飾品専門の店で、貴族の馬車が止まっているので、その後ろに止めた馬車から降りる。
店の前に立つ男がチラリと、見ると黙って頭を下げドアを開けてくれる。
奥では一目で貴族って出で立ちの二人連れが、ソファーに踏ん反り返り店員が接客中である。
「お客様何をお求めで御座いましょうか」
「この服に見合う時計が欲しいんだが手にして目立たぬ物。普段は商家の者の衣服を着ているから、それにも釣り合う物が欲しい」
着ている服にチラリと目を流し、カウンター近くの椅子を勧められる。
子爵・・・現侯爵様の作ってくれた服には、目立たぬ色の刺繍で交差した剣に雄鹿が浮かび上がっているからね。
見る人が見ればハマワール家縁の者と判るんだ、怖い世界だよねぇ。
幾つか並べられたが宝石の飾りの付いた物は除外、これ見よがしなのも外すと物が無い。
貴族の世界は見栄と張ったりなのを忘れてた。
渋い顔で時計を睨んでいると名を呼ばれた。
「カイトじゃない。何をしているの」
振り向くとフィエーンがメイドを連れて立っていた。
後ろには護衛が二人いる。
「ああフィエーン様、この服に似合う時計を購おうと思ってね。キンキラのは嫌いだから無くて困ってたんだよ」
メイドに椅子を引かれ、隣に座ったフィエーンが覗き込む。
「確かにカイトの好みではないわね」
「何時もの冒険者用の物を使うと、侯爵様の顔に泥を塗りかねないからね」
「あらそんな事気にして無いかと思ってたのに」
「この服であの時計を出すと、皆変な顔をしてジロジロ俺を見るんだ。それなりの衣装には、それなりの持ち物って漸く俺も学んだのさ。それより侯爵に陞爵って、何をやったんだ」
肩を竦めて苦笑いのフィエーン。
「兄さんは家を継ぐまでの間、子爵を名乗る事を許されたわ」
「ヒャルダ様って子爵閣下かよ。まぁ妥当な褒美だよね」
「フィエーン様は何しに来たの」
「何時もの様無しで良いわよ」
「でも人前だし同格に見られ、誤解されると面倒だからね」
「公式行事で付けるブローチが必要になったの。子爵の家族である事を示すブローチは付けられなくなったのよ。陛下に貰った宝石にはそんな物無いのよ」
「貴族も大変だねぇー」
仕方が無いので一番地味(らしい)なのを買った金貨80枚って流石は貴族御用達のお店ですこと。
一々革袋を出すのが面倒なので良い物は無いかと聞くと、財布代わりのマジックポーチが有ると聞いて即魔道具店に行きましたとも。
庶民が持つ財布の革袋を一回り大きくした、見た目は巾着の革袋財布でした。
クラス2の収納能力を持つ革袋が金貨30枚です、財布にしては容量が大きいと思ったら護身用の武器や着替え等旅の道具も入れるんだって。
道理で護衛の高ランク冒険者達が荷物も持たずに居た訳だ、知らなかったよ。
高ランクの稼いでいる冒険者なら買えるよな。
結局クラス2の財布(?)と貨幣1,000枚収まる本物の財布を買い金貨45枚を支払う。
商業ギルドに寄り金貨10枚を銀貨に両替して貰い、1,000枚入る本物の革袋のお財布ポーチに入れる。
此処でも1割の手数料を支払う軽くて便利です、市場で降ろして貰って馬車は帰した。
市場を散策し広場を抜け、ホテルに向かいながら通りの店を覗いていく。
良い香りの店に引き寄せられる。
クッキーとお茶の店だった、ハマワール家では時にお茶請けに出る程度でこの世界で店舗で見たのは初めてだ。
喫茶店を思い出しながら飲む、紅茶に似た甘いお茶とクッキーが美味しい。
店の者に聞くと小売りもしているので茶葉とクッキーを買ってマジックポーチに入れる所作で収納にポイッ。
ほくほくでホテルに向かえば見たくも無い奴が、のそのそと道いっぱいに広がり歩いて来る。
今日は6人かこのての輩は、群れると強くなる習性が在るからなぁ、人の顔をジロジロ見て礼儀知らずな奴。
「兄さん偉く良い服を着てるじゃねぇか見違えたぜ。この間の礼もしたいし付き合えよ」
「お前俺の格好を見て良く絡んで来るよな。命知らずかただの馬鹿か、お前等も付き合う相手を選べよ」
「意気がるなお前が冒険者なのは知っているんだよ。高ランク冒険者の尻尾にぶら下がって、王都に出て来た田舎者って事もな」
「まっ判らないなら教えてやる義理もないし。最後の警告だ道を開けろ屑」
六人の内四人がやる気になったみたい、残り二人は俺の台詞と身なりで引き気味だ。
阿呆は天下の往来でロングソードに手を掛けたから、即座に柔らかい泥団子のバレットをプレゼント。
柔らかいソフトボール大だが時速200キロくらいかな(勘)腹に喰らってくの字になってゲロを吐いてるよ。
「お前達は見逃してやるから消えろ。こいつ等は王都の警備隊に渡す」
ゲロ塗れで転がる阿呆には触れたくないのでどうして運ぼうか思案していたらお迎えに来てくれた。
「おいこれは何だどうした」
「あー金を寄越せと絡んで来たので、一発腹にぶち込んで遣りました。今回で二回目何で引き渡そうと考えていた所です」
「俺の格好を見て考えているのでハマワール子爵、現侯爵様の身分証を見せる。王都でも使えるかなと心配でしたがOKです」
警備隊の方々の態度が変わりましたね。
エグドラホテルに宿泊していることを告げ、不振な点があれば何時でも来て良いと伝えておく。
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