二つのメガコーポの警備チームから追われる羽目になった俺とクラレは盗んだバイクで道路を走って逃げていた。
「い、いいの? こんな事して!」
「いいのいいの。だって明らかに盗品だし」
バイクにある程度乗ってメーカーとか知っていれば一目で分かるのだが、バラエティ豊かな国際色溢れる雑なパーツ構成は正規品ではない。ギャングが周辺からパーツを掻っ払い集めて作った違法バイクだ。ナンバープレートも無いし車検とか絶対無理。
時間が無かったので飛び蹴りしかしていないが、持ち主は路上で人をリンチしてた手合いのギャングの下っ端だ。悪い奴から非業の少女を助ける為に違法バイクを譲ってくれたと思えば、多少は今までの悪事の償いになると思って感謝して欲しい。
「くそっ、容赦ないな!」
追いかけて来る複数の車両から撃たれまくっているが、蛇行するよう走り当たったとしても鎧に弾いているので今のところは無事だ。クラレも俺が覆い被さるように前に座っているので、正面から撃たれでもしない限り彼女に怪我はない。
メガコーポの警備チーム連中もこういう時はライバル企業への確執を横に置いて協力し合うんだから腹が立つ。
「ど、どこ向かってるの!?」
「ギャングのアジト」
「へー、ギャングのアジト……アジト!?」
体を地面スレスレにまで倒して急カーブを曲がりきる。その先は元々は港からのコンテナヤードだったが広い土地に周囲に何も無い環境はギャング達の絶好の溜まり場となってしまい、大勢力のギャングがコンテナヤードを奪い基地になってしまった場所だった。
普通なら追手も諦めて引き返すところだが、企業の車両は減速どころかそのまま俺の後を追って加速する。
向こうだってこのコンテナヤードがどういう場所か分かっている筈だ。それなのに俺達を追い掛けて来るとはメガコーポは流石に違う。ただ、餌を目の前にぶら下げられたシャヘル側が血気盛んなのに対して、ミラージには若干やる気が感じられない。
妙な両者の意識の差に違和感を感じながら、俺はコンテナヤードの入り口に向かってアクセルを全開にする。
ギャング達は警告もなしにマシンガンやらをぶっ放してきた。バイクのヘッドライトを点けず、後ろから迫る車両達の方が目立っていたから標的はメガコーポの警備チームに集中した。
このままやられろと希望的な願いを持ったが、やはりそこは企業。乗っている車の頑丈さは装甲車並で、窓から顔を出してアサルトライフルから放たれる鉛玉は正確にギャング達に命中する。
騒ぎを聞きつけたギャング達が次々と集まって来る。
俺はコンテナの隙間にバイクを止め、そこからは徒歩で進んでいく。これ以上奥にはバイクで乗り込めば蜂の巣だからだ。
「うーん、流石はメガコーポの警備チーム。余裕でギャングを撃ち殺してる」
機関銃に足が生えたみたいに綽々と戦い、後続の車がコンテナヤードの外周に沿って出入り口を押さえに行くのが見えた。
だが全てをカバーできる訳でもない。このままギャング達には頑張ってもらい、俺達はこの混乱で脱出して逃げよう。
「こっちだ」
「う、うん……道、分かるの?」
「下調べはしてある」
俺の活動範囲から外れていたが、いつか絶対に潰す気だったので少しずつ情報を集めて計画を練っていたのだが、まさか企業の警備チームを利用出来るとは思わなかった。
共倒れなど高望みはしないが、仮にもこの辺り一帯を支配下に置いているギャングなので時間稼ぎ程度はやってくれる筈だ。その間に俺達はここを脱出するのだ。
警備チームへの時間稼ぎに加えてギャングの勢力を削る。一石二鳥だな。
「……凄い騒ぎだね」
「まあ、なぁ」
迷路みたいになってしまっているコンテナヤード内を進んで暫く立つが、銃声と爆音がひっきりなしに聞こえている。冒険者ならとっとと尻尾巻いて逃げるんだが、ギャングはここが拠点だし企業が相手だろうとイモ引くと周りに舐められるから必死だ。
「ごめん。まさかミラージまで私を狙ってるとは思ってもみなかった。それに吸血鬼がシャヘルに協力してるなんて……」
「気にする事じゃないよ。ミラージの介入は俺だって予想外だったし、吸血鬼が表立って動くなんて聞いた事ないし。そもそも下調べ不足だった俺が悪い」
仕事をするには下調べは重要だ。まあ、例え下調べして事前に企業の警備チームが動いていると知っていても、吸血鬼の介入は予想できなかっただろう。
吸血鬼が裏社会で暗躍しメガコーポとも強い繋がり、と言うか株を持っているなんて話は御伽話並にありがちで、特にシャヘルは吸血鬼が株主の一人という噂は以前からあった。でも貴族主義的で自ら動かないというのも有名な話だった。
「下調べ不足って、そんな時間無かったような」
「それな。あんな短時間で……」
襲撃から一時的に離れて冷静になったおかげか、今振り返ってみるとタイミングがおかしい。
クラレが駆け込んだ俺の部屋を特定するのはまだ分かる。不老不死だろうと素人の少女を追跡するなんて簡単だ。
だけど、あの美しい吸血鬼が現れたのとシャヘルの警備チームが現れたタイミングがズレているのはどうしてだ? 実はあの美しき吸血鬼とシャヘルは関係ないのか?
「どうしたの?」
「いや、何でもない」
疑問はあるが深く考えるのは止めよう。メガコーポが出しゃばっている時点で表とか裏とかややこしい話になるのだから。
俺はただこの子を守って逃す。それだけでいい。
「あれは車庫か。ちょうどいいから奪うか」
「さらっと物騒な言葉が出てくるね」
ギャングの物を盗んだところで恨みは買うが罪はないのだ。
倉庫を盗んだ車バラしたり改造したりする工場にしているのだろう。多種多様な乗り物が置かれている場所に着いた俺はここからアシを盗む事に決めた。加えて、ここからコンテナヤードから出れる道があるようだ。盗んだ車で一気に突破してくれよう。
倉庫の中は油と火薬、錆の臭いで充満していた。この鉄臭さは正しく地元の工場と言った感じだ。
中にまで置いてあるコンテナや壁に隠れ進む。どうやら表の騒ぎで出張っているようで人の気配がない。
「人がいない。チャンスだな」
思い足を進めた瞬間、攻撃の気配を察して咄嗟にクラレを引き寄せながら横に飛び退く。ほぼ同時にすぐ横の壁から刃が生えてくる。
甲高い金属音をすぐ横で聞きながら身を捻り壁から逃れる。
ミラージの奇襲はある程度読めたのに、今回の攻撃の瞬間まで全く気付かなかった。
掠めた肩を見てみれば、綺麗な切れ目が見えた。車を貫通して向こう側に届く銃弾を受け流した時でさえこんなに装甲が破損しなかった鎧がこうも簡単に切られるなんて。気配の消し方もそうだが、攻撃に関しても凄まじい。
クラレを背にしながら刀を構えている間に壁が四角に切断して倒れ、向こう側にいた人間が姿を現す。
黒いコートの下に黒いスーツを着た偉丈夫だった。サングラスで感情は読み取れず、持っている武器は刀一本。ギャングじゃない。ギャングはこんな高級スーツは着ないし着こなせない。
見覚えがある姿だった。ドワーフの職人にメンテナンスを頼んだ刀と鎧を受け取りに行った時、見た人物だった。あの時点で隙が無く、只者ではないと感じていた。
だが今はその時と比べ物にならない重圧があった。まるで鋼の山だ。刀を構える俺などちっぽけで、幾ら斬りかかろうと表面に傷一つ付けられないイメージが頭から離れない。吸血鬼のプレッシャーに匹敵する。
何者だ? と言うか何でギャングのアジトにこんなのがいる? いや、企業の警備チームに先回りされたか。でも単独とか、どこのメガコーポだ。
メガコーポ……ミラージ……刀使い……。
「――まさか、オリバー・キング!?」
驚愕を露わにする俺に向かって生ける伝説が襲い掛かる。
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