クラブのVIPルームにはタカネとその護衛の黒服達、そしてギャングらしき若者がいた。
「ようこそ、待っていたわ。どうぞ座って」
「……用件を聞こう」
クラレへと注がれるタカネの視線を遮るように俺は体をズラし、ソファに座らず立ったまま本題に入る。
正直言ってタカネは苦手なタイプだ。探られて痛い腹はそんなにないけど、彼女の場合弱点を作るような真似も可能だし。情報に強いと嘘の情報で炎上させて来るから怖い。
「私がスポンサーをしているギャングを勝たせたいの」
「さようなら。俺がそういう縄張り争いに関わりたくないの知ってるだろ?」
縄張りを荒らしておいて、とはよく言われるが目につくとこで不愉快な商売をしているのが悪い。この俺の開き直りはタカネも知っている筈だ。踵を返しつつ反応を待っていると案の定違う切り口から交渉してきた。
「その他雑多な連中からその子を守ってあげられるわ」
「…………っ」
ほーら来たァ! クラレが自分の事で身を固くする中俺は内心溜息を吐く。
だから交渉とか嫌なんだよ。情報強いやつは最初から断れないようにしてるから余計に嫌いだ。
「二社とも興味を失ったけど、小物がそうだと限らない。私がバックについていると思わせるだけでも、そういう連中を追い払えるわ」
予定調和と思って割り切ろう。こうして言質も取れた訳だし。俺はソファに座り、話を再開させる。
「内容による」
「ギャング同士の縄張り争いよ。前にいたギャングが複数無くなって縄張りの穴を埋めるように小規模なグループが幾つか生まれては消えて拡大していった。そんなところに大きなギャングがメガコーポ同士の抗争に巻き込まれて潰れたわ」
そこで俺を流し見ても、俺のせいではないので無意味だ。どれもこれも吸血鬼に伝説の兵士が出てきたのが悪い。
「おかげで縄張りの拡大を一気に広げようと躍起になって衝突が絶えなくなっているわ。ギャング同士の抗争ならそれはそれで構わないけど、裏社会と言えどルールがある。こちらとしてもそんな子供みたいなのに大きな顔されたくないの」
そういえば前にクラスメイトがカラーギャングっぽい若者達に捕まったので見に行った時、いきなり住宅地でぶっ放し行儀の悪いギャング達がいた。ああいう手合いが増えるのはこっちも困る。
困るは困るが、タカネは何だかんだと言いつつ自分の息の掛かったギャングを置いて管理したいだけなので複雑な気分だ。
「調子に乗った新米ギャングなんて私の支援があれば簡単に片付くのだけど、問題があるの」
「言ってたメイガスか?」
電話で呼び出される時に持ち上がったメイガスの存在。この時点で俺に何をしてほしいのか察しは付くけれど勘違いだったら格好悪いのでちゃんと確認しよう。
「大手ギャングの壊滅は人材の流出に繋がるわ。加えて今までチャンスが無かったあぶれ者達も自分を売り込むチャンスだと思ってる。だから小さなギャングには不釣り合いな戦力が混ざっているの。アキノには彼らの殺害をお願いするわ」
「俺は殺し屋じゃないぞ」
「悪い奴を消す掃除屋でしょう」
「だとするとタカネも掃除する対象なんだけど?」
言った途端、護衛二人の雰囲気が険しくなる。だが主の方は余裕綽々という態度を崩さず笑みを見せる。直接的な戦闘能力はこの場にいる人間の中でも一番下であろうに大した度胸だ。
「そうならないように立ち回っているから大丈夫よ。そうでしょう?」
「さあ?」
肩を竦めて見せると依頼の返事もしていないのにヘルメットにデータが直接一方的に送られてきた。ターゲットとなる連中のデータで話題に出ていた虫使いのメイガスは勿論、元軍人のサイバネ兵、サイコなサイキックなど見るからに危ない連中が揃っていた。こいつら全員殺せとか、非常に面倒臭い。
ヘルメットをしていても面倒くさがっている俺の気配を察したのか、今まで黙っていたギャングの若者が舌打ちした。
「姐さん、本当にこんな子連れのコスプレ野郎を使うのか?」
コスプレとはよく言われたが子連れは初めてだ。
「実行は明日の夜。一晩の内に目標全てを片付けるわ。報酬は十分に払わせてもらうわ」
若者を無視してタカネが話を続ける。……微妙に怖いと感じる。
「報酬は倍で」
言いながら自分と隣のクラレを順に指差す。俺とクラレの分。それで納得したのかタカネは鷹揚に頷いた。金持ってる人は違うね。
だが逆に怒る人もいた。さっきの若者だ。
「テメェ、いい加減にグッ!?」
立ち上がって怒鳴ろうとした若者がいきなり自分の頬を叩いた。続けて自らの掌で口を塞ぐ。
「電子使い……」
クラレが若者の奇妙な動きを見て正解を言い当てた。そう、タカネ・キドは電子使いだ。手も触れず何も機械を通さず、ネットにさえ物理的な接続をしていない電子機器を操りネットワークに侵入できるサイキックは電子使いと呼ばれていて、その能力は非常に希少でこの情報化社会では強力な力だ。何よりサイバネ化した者にとって天敵で、敵対すればギャングの若者のように体を好きにされる。
体にサイバネを入れていなくても携帯端末は勿論銃器にさえ電子機器が入っている時代だ。電子使いの能力は敵無しに近い。
だからなのか、生身の俺やクラレを目の届く所に置いておきたいのかもしれない。
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