俺は学生だ。
冒険者としての活動だけじゃなくてちゃんと学校に行っている。勿論、冒険者活動について誰も知らない。冒険者活動はあくまで趣味の範痛であり、本分は学生だ。
「聞いたかアキノ、工学科のジョンに彼女ができたらしい。別れさせようぜ」
「どうして俺の隣の席がお前みたいな奴なんだろ」
「そう言うな。俺達友達だろ? 一緒にカノジョ持ちを殺そう」
「そんな事言ってるからモテないんだよ」
「う、うるせぇ!」
図星を突かれて半泣きになる隣の席の男子生徒カズ。自覚していて泣くほどなのにどうしてその言動を改めないのか不思議だ。無駄話をしていると授業の時間となった。同時に教壇の上に教育AIのアバターが出現する。
『生徒の皆さん、授業を始めます』
生徒達はそれぞれ自由な席に着いて空間ディスプレイを表示。各自のアカウントで学校の教育プログラムにアクセスする。
昔は生身の人間が教えていたが、基礎教育に関しては人工知能が教える。VRでのオンライン登校がある今となってはわざわざ校舎まで登校するのは無駄に思える事もあるけど、自分以外との人とのコミュニティに所属し社会性を育んでいくのが目的らしい。俺の隣で開始数分で船を漕ぎ始めたカズを見れば勉強しようとしない若者を勉強するしかない時間と場所に拘束するのが本命の可能性もある。
教育AIに起こされては眠りそうになるクラスメイトを他所に俺は真面目に授業を受ける。投影された化学の実験のCG動画を見ていると、学校の端末を通して端にメッセージの着信通知が現れた。
『ひま~。ホサカ君何してる?』
情報科の知り合いからだった。本来なら授業中に学校の端末を使ってメッセージのやり取りをすれば叱られ減点されるのだが、気付かせないように細工しているようだった。
授業がつまらないと言って偶にメッセージが届く事が何度かあったので慌てず返事をキー入力する。
『授業聞いてる』
『お話しよ』
『授業中』
『ひま』
『授業中』
メッセージのウィンドウを消して意識を動画に集中させると、ホログラムが乱れて何も見えなくなった。教育AIの声だけが何事もないかのように続いていて、さっきのメッセージなければ故障だと思っていただろう。
大人気なくない?
結局俺は授業を聞きながら彼女の無駄話に付き合うしかなかった。
今日一日の授業が終わり、俺は帰り支度をして座っていた席から立ち上がる。だがカズに呼び止められた
「何処へ行く同志よ」
「何の同志だよ。帰るんだけど?」
刀と鎧のメンテナンスが今日終わるのでそれを取りに行かなければならないのだ。
「なるほど、早速ジョンを殺りに行くんだな。だが抜け駆けは許さんぞ」
「誰がそんな事言った」
「待て、今同胞達に連絡を取っている。皆で私刑にするぞ」
「ねえ、クスリでもやってるの? 話が一方通行過ぎる」
「ククク、続々と参加者が集まるぞ――んお?」
もう放っておいて帰ろうかと思ったら、カズが無駄使いしている携帯端末を見下ろし怪訝そうな声をあげた。
「どうしたの?」
「いや、フィリップからなんだが……」
歯切れ悪く端末の画面を見せるカズ。そこには『たすけて』とあった。そういえば今日学校に来てなかったなアイツ。
あの後に送られてきたGPS情報に従い俺とカズは取り敢えずそこに向かう事に。そこは最下級の市民IDやそれすら持たない者達が暮らす住宅街で古いアパートメントが乱雑に建ち迷路のようになっている場所だった。
だからと言って治安も最底辺という訳ではなく、此処から学校に通う生徒もおり、よくある貧困層が暮らす地域だ。避難用階段を上って外からとある建物の屋上に到着する。
「場所間違えました」
「っしたー」
そして即座に踵を返す。
「ちょっと待ってくれないかマイフレンド!? 助けてくれよぉ~っ!」
屋上には情けない声を上げて助けを求めるフィリップと彼を逃さないように囲む柄の悪いストリートギャングらしき少年少女達。見るからに何かやらかして脅されている図だった。関わりたくないと思うのが一般的な反応だと思う。
「助けて、ってあったから来てみればこの仕打ちとか酷くない?」
「テメェ! 俺らを売りやがったな!」
カズがフィリップに飛び蹴りをする中、俺は少年少女らを見る。恐らくは市民IDを持たないストリートチルドレン達のグループなんだろう。喧嘩慣れはしていても決して逃げれない相手ではないが、一人だけサイバネ化している少年がいた。
サイバネは決して安い値段で行えるものではない。その中で一人だけサイバネ手術をしているのは仲間内で金を出し合ったからだな。彼らストリートチルドレンは力が弱いだけで暴力の世界に身を置いている以上は戦力を持たなければならない。
つまり、サイバネ化した少年が一番強いと見ていい。現に立ち位置からリーダーと思われる少年を守るように傍に控えており、俺達を油断なく見ている。
俺が観察していると、リーダー格の少年が椅子にしていた廃材の上から立ち上がる。
「あー……その様子だと何も聞いてないみたいだな」
意外にもリーダーからは敵意を感じない。フィリップが何かやらかしてこんな事になっているのかと思ったが、違うのか?
「ま、おたくらも事情が知りたいだろうし、まずは教えてやるよ。そいつが何をしたかをな」
「フィリップが五股していて浮気されてた子の一人がそっちのチームにいたと」
「その通りだ」
「自業自得じゃねえか! てか五股とかモテてんじゃねえぞ人類の敵!」
カズがフィリップに殴りかかるのを俺は放置した。
「別に無理やりだったとか貢がされたとかじゃねえし、詐欺でもないなら惚れた腫れたは個人の勝手なんだがな。スラム近くの大衆食堂ン所の一人娘も被害者の一人なんだよ」
「ちょっとやめてくれる? あそこで食べ難くなるじゃん」
俺もカズと一緒にフィリップを蹴り始める。育ち盛りの味方の娘さんを悲しませるとか許されない。
「何でお前ばっかりモテんだよこの外道!」
「はっ、何の個性もフツメンにはイケメンの苦悩は分からないだろうなァ! ぶっちゃけ口説き回ってみて五割成功したのが自分でも意外でした」
「ぶっ殺す!」
反省の色が一切見えないのが凄い。
「それで不義理を働いたそいつに色んな奴が怒った。で、俺のところに話が来た訳だ」
「死なない程度にどうぞお好きに」
「遠慮なく殺っちゃってください」
見たところ殺されるような事はないと思う。恐らく被害者であろう、後ろの方で釘バットを構え鬼の形相をしている少女を彼らが宥めているから。
「俺達親友だるぉッ! 一緒に戦おうぜ!」
「巻き込んだ癖に何言ってやがるクズゥ!」
「あの、つまりどうしろと?」
逆エビ固めでフィリップを攻撃し始めたカズを好きにさせ、俺はリーダーの男に確認する。
「もうメンドクセーし、最初からそのつもりだったんだがコレで決着つけようぜ!」
ちょっとヤケクソ気味に言って拳を見せるリーダーの男。つまりそういう事だった。
「さあ、行くんだカズ、アキノ! ジャパン人のブシドースプリットで敵をセップクだ! 勝利を我が手に!」
「純粋なジャパン人とか滅多にいないから」
「お前が先に行って死んでこいや」
カズと一緒にフィリップを蹴り飛ばす。既に円形の人垣によるリングが形成されていて二メートル近い少年が待ち構えていた。
「フッ――やってやろうじゃんかクソッタレェ! 女の子にモテる為に鍛えたこの肉体の力、見せつける時だ!」
開き直ったフィリップが服を脱ぎ捨てパンツ一丁になるとポーズをキメる。
そして勝負が始まった。
開始二秒でフィリップは顔面を殴られ一発KOされた。
「びっくりする程の見せ筋だった」
「ペッ、人を巻き込んでおいてなんて様だ」
「どうする? もう放置して帰る?」
「いや、向こうが満足するまでゲームに参加しよう。舐められっぱなしなのはいただけねぇ、やれるってトコを見せておかないとな。それに勝負は嫌いじゃない」
ニヒル(と本人は思っている)な笑みを浮かべたカズは学ランだけ脱いでシャツの袖を二の腕まで捲りボクシングスタイルを見せる。次の対戦相手は細身だが筋肉質で引き締まった体を持っており、こちらもボクシングスタイルだった。
結果はダブルノックアウトの両者気絶で引き分け。
「やるじゃねえか!」
「ナイスファイトだ!」
「おい、誰かビールの追加買って来い!」
ここまで来るとただの飲み会の余興になっていた。五股された少女は気絶したままのフィリップのパンツを脱がし更に辱めてその醜態を撮りまくっているので、満足だろう。
「おい、あんたはどうする? こっちはもうあいつが殴り飛ばされる映像を撮ったから、どっちでもいいが」
「それなら馬鹿二人連れて帰ります」
リーダー格の男に頭を下げ、俺は気絶した二人を傍に抱える。
「結構力あるんだな」
「鍛えてますから」
帰って二人を適当な路上にでも捨てておこうと考えた時、空気が鋭くなるのを感じた。隣のビルに視線を向けるとこちらから隠れるように動く影が幾つかあった。
「襲撃だ! 伏せろ!」
俺は咄嗟に二人を物陰に放り投げ、嫌な気配を感じた方向にビールの缶やスナックが置かれたテーブルをひっくり返して盾にする。
直後、隣のビルから弾丸が放たれた。
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