ただ我慢ならなくて

サティスファクション・ビジランテ
Shiki S
Shiki

第十一話

公開日時: 2020年10月12日(月) 20:25
文字数:2,938


 伝説の男、オリバー・キングからやっと逃げられると思ったら吸血鬼に車を破壊されてしまった。レジェンドを抜きにしても今度は吸血鬼が出てくるとか今日の運勢は誰よりも悪いと断言できる。それはそれとしてお美しいですね。


「クラレ、意識はあるか?」


 目を美しい吸血鬼から外さずに車から投げ出されたクラレを傍に引き寄せる。車の中から一気に外に放り出されたおかげで酸の影響は少ない。それでも普通の人間なら痛みで悶絶してショック死もあり得るが、クラレの不死性は瞬く間に溶けた体を再生していく。


「私は、大丈夫。それよりそっちは、血が……」

「平気だ。寧ろ止血と気付けにはなる」


 鎧は対魔加工が施してあり、元から酸に強い。オリバー・キングが作った切れ目から酸が入り込んだが少量だ。コンテナに落ちる直前に中まで届く一撃を貰って多少の肉が切れた所の出血が酸で塞がったので止血代わりになっている。叫びたい程痛いが我慢する。

 問題は今の状況だ。美しき吸血鬼からは敵意も殺意も感じないが、油断はできない。向こうは足を止め、気軽に話しかけてくるが吸血鬼は最高位のメイガス。どこに呪詛が含まれているか分からないのだから。


「途中から見ていたけど素晴らしい攻防だったわ。特に興味深かったのは最後の方。無我の境地と言うのかしら? 波紋一つない水面のような精神の中で驚異的な反射と身体が覚えている戦い方を行う――だけでなく、水面の下では雷の如くの速さと激しさで思考している。加えてそうした行動を把握し理解するのはなんと行動した後。ふふっ、言っててなんだけど、笑うしかないわ。あなた達どうなっているの?」


 口元に手を当ててコロコロ笑う吸血鬼。そんな仕草が可憐だ、とか《魅了》で思ってる場合じゃない。この状況、どうする?

 状況の打破を考えていると再生を終えたクラレが体を起こした。


「…………メディア?」

「は?」


 その名前って確か、実験の被験者にクラレ達を逃した人の名前だよな。その人と吸血鬼が同一人物!?

 クラレと吸血鬼を交互に見ると、吸血鬼は笑みを浮かべたまま唇の前に人差し指を当てた。

 意図を察せぬまま混乱していると、反対側から気配を感じ振り向く。そこにはオリバー・キングが立っていた。加えてその後ろにはミラージの兵達が遮蔽物に身を隠しながら現れ、更には吸血鬼の後ろでもシャヘルの兵達が姿を見せた。

 左右を伝説と吸血鬼、メガコーポの警備チーム達に挟まれる。マンガや映画でも見ない絶体絶命の状況だ。


「オリバー・キング! 生きる伝説! 同族達でさえ貴方の前では震え上がる! こうして顔を合わせるのは初めてですね。会えて光栄ですわ」

「モルモー・ライトスリュゴン。シャヘルの株主の一族がここで何をしている」


 ここで初めてオリバー・キングが声を発した。吸血鬼を目の前にしてその威容が衰えることはない。吸血鬼も親しげに話す様子とは裏腹に不用意に近づけば一瞬で魔導の餌食になるというプレッシャーが出ている。

 そんな両者に挟まれている俺らは前世で何か悪いことしたのか神に聞きたくなってくる。クラレなんか知り合いがいきなり現れたと思ったらこれで、震えて動けないでいる。

 今日が命日かと覚悟していると、不意に音楽が聞こえてきた。どこかで耳にしたことのある古いジャズだ。


「あら、私のだわ。少し失礼しても?」

「こちらも通信が来た」


 吸血鬼が折り畳み式端末を取り出して通話を始め、オリバー・キングは耳に手を当てる。

 何言かの会話の後にほぼ同時に通話を切った二人。


「用件は終わりました。そちらは?」

「こちらも完了した。灰は今夜中にそちらに届ける」

「そうですか。では――」


 吸血鬼が指を鳴らす。直後、シャヘルの兵達のいる方から悲鳴が上がった。何かが複数、凄まじい勢いで兵達に攻撃を仕掛けており、シャヘルの兵達も応戦するが瞬く間にやられて血肉とサイバーウェアを撒き散らしていく。


「な、何が起きてるの?」

「……人狼にラミア、闇エルフ、あと蜘蛛っぽいのもいるな」


 見えた襲撃者達の姿を言葉に出す。全員が全員ではないが、吸血鬼に仕える一派がいると噂される種族ばかりだ。

 俺がヘルメット越しに視線をやると、どうやってか気付いた吸血鬼がウィンクする。一方でオリバー・キング含むミラージ側はこうなる事がわかっていたようにあっという間に退却していく。生きているので残ったのは俺とクラレ、吸血鬼とそれが率いる怪物達だ。


「あら、何も言わず去って行ってしまったわね。まあ、いいわ。それよりもごめんなさいねクラレ。貴女を騙していて」


 打ち合わせていたかのような様子に俺はゲンナリとした気分になりながら、吸血鬼がクラレに向かって謝るのをそのまま見る。


「やっぱり、メディアなの?」

「そうよ。メディアは偽名で本当の名前はモルモー・ライトスリュゴン。今回のは私がミラージと共謀したことなの」


 吸血鬼のネタバラシによると、モルモーは同じ一族の伯父が邪魔だったらしく出し抜く準備を以前からしており今回その為の火付けとして、伯父が熱心に研究援助していた不老不死研究の施設で騒ぎを起こしたらしい。

 ミラージが出てきたのはモルモーと共謀してたからだ。


「ちょうど脱走を企んでいる看護師達がいるのは把握してたのだけど、素人だったから心配で身分を隠して私が手伝うことにしたの」

「自分でやる意味は?」

「ないわ。でも現場に出てみると楽し――良い経験になったわね。コレもそう」


 モルモーは爪に赤いマニュキュアが塗られた指を首に這わす。白い肌で分かりにくいが色違いの横線が一本あった。ヘルメットの下で目を逸らす。


「……俺の所にクラレを連れて来たのは?」

「彼女を真面目に保護してくれるフリーの人材なら誰でも良かったの。だからネットで上がっている面白い戦い方をする冒険者を選んだのだけど、想像以上だったわ」

「凄く軽い理由……」

「でも正解だった。クラレ、貴女はもう自由よ。シャヘルはそれどころではないし、ミラージは興味がない。絶対ではないけれど、それを言ったらこの世界に安全な場所はないわ」

「他の子達は無事なの?」


 話を向けられたクラレは落ち着きを取り戻していた。その口から、自分を騙していた者に対して何を言うつもりなのかと心配だったが、彼女の口から出たのは他の実験体達の安否だった。


「あら、恨み言を言われるのを覚悟していたのだけど、そっちなの?」

「答えて」

「安心して。全員無事に逃げて、今頃新天地で新しい人生を送り始めているわ」


 最後の懸念が払拭され、クラレが息を吐く。その様子を見たモルモーは懐から電子マネーの入ったデータメモリを取り出して俺に投げ渡した。


「報酬よ、冒険者さん。それじゃあ、良い人生を」

「待ってくれ、一ついいか?」


 踵を返し異種属達を率いて立ち去ろうとするモルモーを呼び止める。


「《魅了》を解除してから帰ってくれない?」

「……クラレのこと、お願いね」

「それズルい!」


 《魅了》はそのままにお願いされてしまったら反故になんてできない。しかも元から気にかけようと思っていたぐらいだから断る選択肢どころか拒否るという感情も湧いてこない。それはそれとして負け惜しみ気味にズルいと言ったわけだが、美しき吸血鬼はくすくすと笑って闇に中に消えていってしまったのだった。


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