冒険者が体の中に装甲を仕込んだり一部をサイバネ化させるのと、企業が自分達の警備チームに施すサイバネ施術は文字通り(金額の)桁が違う。
手術そのものの安全や保証は言うに及ばず、埋め込まれるサイバーウェアの質が違う。企業の金でそれをやるだけの価値があると判断された社員がその装備を得る。
つまり俺は最高のサイバネを埋め込んだ優秀な兵士、それも重度のサイバネ兵を相手に戦わなければならない。
「マジか……」
俺とクラレを挟む形で壁を突き破り前後に現れた重量級サイバネ兵。狭い場所での同士討ちを避けてか銃を持っていない。だが握力だけで人をミンチにできる重厚なサイバネ腕の手に持っているのは高周波付きの鉈だ。あれに斬られればひとたまりも無い。
俺の目の前にいるサイバネ兵が高周波鉈を振り回して攻撃してくる。パワー任せではない小刻みな隙の無い動きで大型なサイバネのボディを使い圧を加えてくる。
刀を鞘ごと腰から抜いて鉈を側面から弾き続ける。刃部分に触れればサイバネのパワーもあって一撃で両断されかねない。
「この、離せっ」
「クラレ!?」
ヘルメットの後部カメラがサイバネ兵に腕を掴まれるのを捉えサブウィンドウで映像を見せてくる。
前方だけでなく、後ろにも注意を払わなければならない。
鞘で袈裟懸けに振り下ろされたサイバネ兵の鉈を斜め下に受け流し、その手首に乗り鞘の先端を喉に突き立てる。喉までしっかりとサイバネ化されておりダメージはほぼ無いだろうが多少怯ませた。
その間に突き立てた鞘の鯉口を後ろのサイバネ兵に向けてスイッチを押し刀を射出する。真っ直ぐに高速で飛んだ刀の柄部分がサイバネ兵の額に命中し弾かれる。
サイバネ兵が後ろに仰け反った隙にクラレを助ける為に其方へ向かって駆ける。
全方位視野を搭載しているのかサイバネ兵はこっちを見てもいないのに見えているかのように腰から鉈を引く抜く。同時にクラレの腕を握り潰した上で振り回し壁に叩き付けた。
真っ赤な華が咲く。
「はぁっ!?」
狙いはクラレの身柄の筈だ。それを雑どころではない扱いに驚く。
考える暇もなく、前後から復帰したサイバネ兵が同時に飛びかかってくる。このレベルの兵が挟撃とかふざけんな!
両者の攻撃を跳んで鉈の一撃の隙間に入り避け、空中で刀を掴み鞘を逆手に二刀流で振り回す。
パワー任せに突っ込んでくれればやりやすいのに、もう少し驕れよと思いつつ刀と鞘で敵の攻撃を受け流し続ける。
サイバネ兵が五指を広げた片手を突き出す。その手に掴まれただけで逃れられなくなるのは勿論、帯電までしている。すごくバチバチ言ってて鎮圧用ではなく焼き殺す装備だった。
だが俺にとってはチャンスだ。
「対策済みだ!」
刀を上に投げて自分から相手の手を掴むと同時に鞘を反対側の相手の手首に押し当てる。こんな全身鎧着てて磁力や電流対策をまさかしていないと思っていたのか。
手から伝わる電流を鎧から鞘へと通しサイバネ兵に流す。電流で後ろのサイバネ兵が鉈を落としたのを見て、落ちる鉈を蹴り飛ばし膝の関節部に突き刺す。
続いて手に電流を纏うサイバネ兵の力を利用して逆に関節を捻り上げ、宙から落ちてくる刀を掴んで伸び切った相手の肘の内側に向けて振り下ろし切断する。
関節をやられサイバネ兵が怯んだ隙に壁に体半分めり込んだクラレを回収しその場から急いで逃げる。
「クラレ! おい、意識はあるか!?」
「ぅ、ん……ごめん、気を失ってた」
「…………」
期待してなかった返事が聞こえ驚く。肩に担いだ。よく見れば投身自殺した死体よりも酷い状態だったクラレの体が急速に復元し始めていた。吸血鬼よりも遅いがそれに近い再生能力だ。不老不死とか言っていたが、決して誇張表現ではないのかもしれない。どうりでサイバネ兵が加減せずにクラレを壁に叩き付けた訳だ。
「これからどうするの?」
「逃げ続ける。上手いことシャヘルとミラージで足を引っ張り合って欲しいが……」
路地の向こうの大通りにシャヘルの警備チームの姿を見つけ方向転換しながら考える。
両企業だって相手がクラレを手にしようと動いているのは分かっているだろうが、戦うとしたらクラレを手にする直前か直後。それまでは手を取り合わなくても邪魔をせずまずクラレの確保に動く筈。
俺達が追い詰められるのは時間の問題だ。なら――
「フッ……」
「……? もしかして、今笑った」
「笑った。これからの混乱を考えるとな」
あたり一帯の地図とストリートギャング達の勢力図を思い浮かべ、俺は裏路地から大通りに飛び出した。
◆
ミラージの指揮車両の中、搭載されたコンピューターと接続し部隊の状況を報告してくる部下の声を聞いて今回の任務の隊長である男はバイザーの下の眉を盛大に顰めた。
第一陣の襲撃でターゲットであるウイルスのキャリアを確保したが失敗し兵が負傷した。それだけならまだ良い。鬼ごっこは続くが他に手を用意していない筈がなく、正確な位置までは分からないまでも追い込み漁のように対象とその護衛を追跡しているのだ。育成に金も手間も掛かる兵も死んでいないしサイバネの入れ替え程度で済む。
まさか我が社の兵を二人同時に相手し逃げた相手の護衛に驚きはあったものの焦る理由にはなっていない。
ならば何故警備チームの隊長が冷や汗をかいているのか。それは指揮車両に同乗する一人の男が原因だった。
「申し訳ありません。折角手をお借りしたというのにこの体たらくで。お恥ずかしい限りです」
隊長が頭を下げる相手は小豆色のワイシャツに金のピンを留めた赤いネクタイ、黒いスーツの上にトレンチコートを着た偉丈夫だ。手には黒塗りの刀が鞘に入れられた状態で握っていた。
アフリカ系の血が流れる彼はサングラスを付けていて無表情な顔から感情は読み取れず、癪に触っていないか不安で隊長が生身の心臓を激しく鼓動させ、巻き添えとしてオペレーターとして車両内の隊員達が残る生身の部分から冷や汗を流す。
メガコーポの重役か幹部クラス相手でも堂々とした振る舞いができるプロフェッショナルである警備チームがこれほどの緊張を強いられる相手は何者なのか。
彼の名はオリバー。ミラージの最高戦力であり、生ける伝説である。
「いや、其方の指揮権に横槍を入れる形で手出ししたのは此方だ。寧ろそれによる部隊の展開に遅れを生じさせてしまった以上、謝るのは此方の方だ」
「しかし、お弟子さんが……」
「お気遣い感謝する。しかしあれは弟子の未熟が招いた事。それより、次にターゲットに接触する際は私が出ようと思う」
「わ、わざわざ貴方が出ずとも……」
「いや、そろそろ向こうが出張って来る可能性がある。勿論、万が一そうなっても貴殿らが任務をこなすと信じているが、こんな茶番に社員を一人でも失うのはつまらん」
サングラスで見えないがオリバーの視線が車両のディスプレイの一つに向き、そこに何が映っているのか察した隊長は納得する。
アレと万が一戦う事があっても任務を達成するという意志と自信がある。それでも警備チームの多くを失うだろう。
怪物を倒すのは英雄である。
「投入タイミングは其方に従う。何時でも声を掛けてくれ」
オリバーはそう言うと指揮車両の外に出、車両から少し離れた場所にいた白い少女の所へと移動する。
「大丈夫か?」
「はい、もう落ち着きました。まさか、ドリームキャットをああも簡単に殺すなんて……」
白い少女は自分の使い魔である夢猫がやられた事に驚きを隠せないでいた。術者と使い魔の間には少なからずの繋がりがあり、使い魔が害された場合に主へ僅かながらのフィードバックがあった。
「サマエルのキャリアが助けを求めた先は思いの外厄介だったようだ」
「あの冒険者を知っているのですか?」
師の僅かな感情を白い少女は察知するが、オリバーは首を振る。
「いいや、知らん。だが…………」
オリバーはそれ以上を口にしなかったが、そこに僅かな『期待』が込められているのを弟子は見た。
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