ただ我慢ならなくて

サティスファクション・ビジランテ
Shiki S
Shiki

第七話

公開日時: 2020年9月26日(土) 09:09
文字数:3,375


 吸血鬼――。

 裏社会に於ける上級階級。人を惑わす魅了に美貌、全身サイバーと比肩する身体能力、強力な魔法を操り、体が半分になっても瞬く間に復活する再生能力。

 銀幕の中から飛び出してきた伝説の怪物。それが俺の目の前にいる。

 既に声を聞き、こうして目を合わせてしまった。メイガスでもない俺が《魅了》に抗える筈がない。

 そう、そうだ、何を躊躇う必要はあるのか。彼女は美しく、崇高で、素晴らしい。

 俺は――






 この方を愛している。






 それはそれとして叩き斬ろう。


「あら?」


 思うよりも先に刀で彼女の首を切断していた。

 切断した首は僅かに胴から浮いただけで血飛沫も飛ばさず、そのまま繋がる。流石吸血鬼と思いつつ刀を構えながら距離を取る。


「《魅了》は効いたままなのに攻撃するなんて、もしかしてこれがヤンデレというものなのかしら?」

「いいや、照れ隠し」


 言って、足元に転がる獣人の頭部を素敵な吸血鬼に向かって蹴り出す。それがどうなったか見届けずに俺は自分の部屋に飛び込む。後ろから青い光が瞬き、焦げた臭いを嗅ぎ取る。


「ど、どうしたの!?」

「逃げたくないが逃げるぞ!」

「きゃっ――」


 戸惑うクラレを有無を言わさず脇に抱えて自室に走る。

 吸血鬼とまともに戦っても勝ち目は無い。傷を瞬時に治す再生力もそうだが、首が異様に硬くて鉄を斬った気分だった。意表を突いてこれなのに、正面から挑めばどうなるか分かったもんじゃない。

 別にあの麗しの吸血鬼に殺されるのは構わないが、クラレを守らなければならないのであの方には申し訳ないが死んでいられない。

 自室のドアを閉め、俺は壁に向かう。窓の外から出ても待ち伏せされているかもしれないので大家に内緒で作った隠し通路を使う。

 壁に刀を突っ込んでテコの原理で偽装していた蓋を剥がす。壁の隙間に予め作ってあった脱出経路で一階までスロープで繋がっているそこにまず鎧の入った箱を蹴り落とし、次に部屋の自爆スイッチのタイマーを押してクラレと一緒にスロープで下に降りる。直後、部屋から爆音が聞こえた。一応、お隣さんの部屋まで吹っ飛ばさないよう指向性を持たせ程ほどの火力の筈だが、壁が割れる程度はしているだろう。次があれば菓子折を持って行こう。

 粉塵が降り落ちる中、一階に到着すると壊れやすいよう細工した壁を叩き壊してアパートの裏口前に出る。

 待ち伏せは無し。今の内に脱出する。

 俺は鎧の入った箱を背負い、埃で咳き込むクラレの手を引っ張ってアパートから路地裏に入る。直後、アパートの前に勢い良く止まる車が二台あった。バンの車からは続々と統一された装備で兵士達が出て来てアパートを取り囲むと同時に突入していく。

 兵士が腕の部分に付けているワッペンを見れば、あいつらがシャヘルの警備チームだと分かった。


「シャヘルか。吸血鬼とどういう関係だ?」


 アパートに突入していったシャヘルの警備チームだが、戦闘が始まる様子は無い。あの程度の爆発であの方が死ぬとは思えないので既に移動したか、シャヘルと協力関係にあるのか。後者だったら最悪だ。

 兎に角長居しては見つかるので地元民の土地勘を発揮してアパートから離れ、途中で雑貨屋に立ち寄って場違いなクラレの検査着の代わりに服と靴を買う。

 有り合わせなのでワイシャツにパーカーのジャケット、ショートパンツに運動靴というまだギャングに染まっていないストリートチルドレン風の格好になってしまったが、土地柄的に有りだ。最後に伸びている髪を隠す為に後ろ髪を入れる帽子を被せる。

 ついでに俺も鎧を装着する。俺の姿を見て店主は片眉を釣り上げるが直ぐに何も見なかったかのように接し、代金を受け取った。


「私が着替えても、その格好だと結局目立つんじゃ……」


 クラレの疑問に俺は黙って道を挟んだ向かい側を顎で差す。そこにはカラフルな鶏冠にトゲだらけのジャケットを着て腰に銃をぶら下げた男達が下着同然の女達と会話していた。加えてその横では巨体のオーク達が背中に機関銃を背負ったまま露天でクレープを食っている。その横を特撮怪獣の着ぐるみがのっしのっしと通り過ぎる。


「えぇ……おかしくない?」

「夜になるとここら辺は冒険者が多いからな。住人達は武器持ってたり変な格好してる連中を見慣れてる。俺も多分コスプレしてる程度にしか思われてない」


 見た目はアレだが別に悪さしてる訳ではなく雑貨を買ったり女を買ったり休憩しているに過ぎない。ここで何か悪さすれば肩身が狭くなると分かっているのだ。


「兎に角ここから離れよう」

「うん」

「まず追跡を振り切り、街を出る。別の街で偽造市民IDを手に入れてそこから新しい人生だ」

「新しい人生?」

「そうだ。実験体じゃないクラレ個人としてのな。一筋縄じゃ行かないし大変ではある」


 歩きながらこれからの予定を説明するとクラレは不安そうに羽織っているジャケットの胸部分を握りしめる。

 当然の反応か。俺は親からトラブった時の逃げ方を教えられ、一人になって常にそれを頭の片隅に置いて生活を送っている。それを人体実験されていた少女に同じ精神力を持てなんて言えない。


「大丈夫だ。俺も一緒に居て生き方のコツを教えてやるよ。だから心配するな。俺が守るから」

「……守って、くれるの?」

「ああ。まあ、冒険者やってれば早死にする可能性高いから、それまではな!」

「それはそれでもっと自分を大切にしなよ!」


 夜の街は昼とはまた違った賑わいを見せる。見るからにガラの悪い連中が動き出す時間だからだ。これが逆に身を隠すのに役立つ。

 人の行き来に紛れて進んでいくと、路上の向こうでアパートに集まったのと同じバンが停車してシャヘルの警備チームが現れた。ドローンも幾つか飛ばし始めるのを見て俺は道を変える。


「こっちだ。なるべく見るんじゃないぞ」

「う、うん……」


 道はここだけじゃない。ドローンは厄介だしハッカーが監視カメラを片っ端からハッキングして俺達を探しているだろうが、近所のドローンが飛べない場所やカメラの向きや無い場所ぐらい把握している。遠回りになるが見つかるよりマシだ。

 しかし思ったよりも展開が早い。アシを呼ぶか。だけど企業に追われている奴の依頼を聞いてくれる冒険者がそういるとは思えない。それに運び屋や移動を専門にする冒険者を呼べば移動には困らないが通信を傍受される可能性もある。企業なら広範囲をカバーしててもおかしくない。

 ――気配を感じて足を止める。


「どうしたの?」

「いや……」


 待ち伏せの気配を感じた。シャヘルに見つかった? いや、そんな感じではない。

 根拠の無いただの勘だが、勘あってこそ無茶を通してきたから俺はこの感覚を気のせいだと言わない。シャヘルではないとするとあの美しい吸血鬼……でもないな。だとすると第三者か。しかし一体何処で見つかった?


「そこか!」


 棒手裏剣を何もない暗がりに向けて投げる。すると何か小さな物体が飛び出して来たので足元にあった石を蹴り飛ばして当てる。それが地面に転がったところで刀を抜き突き刺す。


「……猫?」

「メイガスの使い魔、それもドリームキャットだ!」


 刺し殺した猫の体が溶けて発生した煙が俺に向かって飛び掛かる。


「シッ――」


 拳を振るい煙を殴り消す。

 ドリームキャットはただの使い魔ではない。この猫しか通れぬ道を通りあらゆる場所に移動する能力は視覚を共有すれば優れた観察者になれる。加えて殺された場合、殺した対象に向けて呪いを浴びせる。

 毒ガスなら厄介だが、所詮は呪い。強い意志と気合を込めて殴れば霧散する。

 直後、向かっていた路地の横から武装した集団が現れ銃を撃ってくる。


「こっちだ!」


 刀と鎧で銃弾を受け流しながら横道に逃れながら撃って来た連中の格好について考える。あれは昔、親父に見せてもらった事がある。


「今度はミラージか!」

「ミラージって、メガコーポの!?」

「そうだ。シャヘルのライバル企業のな!」


 強大な軍事力を持つ企業ミラージ。何でこんなタイミングで現れ、襲って来る? いや理由はどうでもいいか。狙いはクラレで間違いないだろう。そうでなかったら何でいきなり撃って来たのかという話になるし、ミラージとシャヘルの仲の悪さは子供でも知っている。嫌がらせの為に出張って来てもおかしく無いとさえ思える。


「――離れろ、クラレ!」


 気配を感じてクラレを突き飛ばした瞬間、建物の壁を破壊してサイバネ兵が現れた。


読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート