企業の人間がその名を歴史に残す事はあまり無い。社長クラスならネットの大百科とかなどで項目ができているだろうが、伝説という冠が付けられる者は果たしてどれだけいるのか。
ただはっきりと一人だけいると答えられる。
その名はオリバー・キング。軍事をはじめ重工に関してトップシェアに君臨するメガコーポ・ミラージの最高戦力とされる兵士だ。
一介の兵が何故そんな伝説になっているのか。それは彼が世界融合以前から生きており、ミラージの台頭からずっと社を守ってきたというのも理由の一つと言えるだろう。
しかし冒険者が、兵隊が、喧嘩自慢の男どもがオリバー・キングを伝説として崇めるのはその強さだ。卓越した近接戦闘技術で無敗を誇り、修羅場を数え切れないほど潜り抜け、御伽噺の怪物達を何体も倒してきた。その中には吸血鬼だっている。
武器を手に取った奴で憧れない奴はいないという伝説。彼をモデルにした映画やドラマが幾つも出ているほどだ。そんな伝説と鍔迫り合いをしなきゃならない状況でなかったら間違いなくサインを強請っていた。少なくとも握手を求めていただろう。
「クラレ、隠れててくれ!」
「う、うんっ」
ヘルメットのカメラが俺の背後から離れて向こう側に身を隠すのを捉える。
「はぁぁぁぁっ!」
「…………」
鍔迫り合いから逃れる為に、気合を入れて押したところで力の緊張を解き後ろに下がりながら相手の刀を受け流し態勢を崩させる。
その試みは上手く行かず、逆に突き飛ばされてしまった。
「くっ――」
百歳を超えているものの全身がサイバネであるのは予想できていた。映画でもそうだったし。
しかし流石は軍事産業についてトップにいるミラージのサイバネだけあってパワーは勿論、滑らかな動きに駆動音が一切聞こえない。加えてオリバー・キングの動きがキレッキレで隙が無い。
突き飛ばした俺に向かって、刃の腹に片手を添えそこを支点に細かい突きを繰り出して来た。バランスを崩した相手に大振りならず、敢えて小振りな攻撃を仕掛けてくるとか、こっちの動きを読まれている。
元々カウンターとしてに構えを突きでの迎撃へと切り替える。一度受け流した後に身を伏せて横に転がる。直後に伏せた場所を銀閃が通り抜ける。転がり様に刀で足首を狙うが、オリバー・キングは跳躍して避けた。
空中に跳んだら隙ができる。チャンスか? 違う。オリバー・キングがそんなミスはしない。それとも自信があるのか、足にジェットがついてて空でも飛べるのか。
どっちにしろ追撃しようとすればロクな目に遭わないと分かっているので顔を上げずにサブカメラで監視させながら足の勢いと上半身の筋肉で逆立ちになってそこから縦に回転して離れながら床に足をつける。
サブカメラで捉えたオリバー・キングはジャンプして上にあった梁に刀を突き刺し、絶妙な力加減で抜けないようにしつつ床の俺の追撃を待ち構えていた。その様子をサブディスプレイでバイザーに映し視界の端で捉えていた俺は、空中ダッシュしたオリバー・キングを見る。
「はぁぁぁぁっ!?」
アクションゲームか!
恐らくは刀を突き刺した梁を支点にサイバネの出力と神憑り的な体重移動と駆動でやったんだろうが、ハッキリ言って頭おかしい。伝説、無茶苦茶過ぎる!
振り下ろされる刃を受け流しなら横に跳び退くと足に濡れた液体を感じ取る。サブカメラから周囲の様子を見れば、ギャング達の惨殺死体が転がっていた。
追撃してくるオリバー・キングから逃れる為に血糊で滑りながら背後にあった大型車両の下を前後に脚を広げ潜り抜ける。
オリバー・キングの影が車両を跳んで行くのを見て、近くに転がっていたギャングのサイバネ腕を蹴り上げて牽制する。
丁度頭上から出てきたタイミングだったのに予期していたらしくオリバー・キングは頭を引っ込めて避け――すぐに来ない。横から来るのだと察し、サイバネ腕を蹴り上げた際に回収した軽機関銃を音もなく回り込んで来たオリバー・キングに向けて発砲する。
銃は簡易な認証システムが積まれているのが基本で他人が使おうと思えば所持者が機能をオフにするかハッキングで権限を奪うしかない。だが軽機関銃はギャング共有の武器だからか手抜きなのか認証システムがなかった。
片手で持って売っているから狙いは定まらず薙ぐような射線を描くもののレートは高い。
しかし、現れたオリバー・キングは刀と同時にコートを振って直撃を避けた。
「なぁっ!?」
何度目の驚きだろうか。
コートが高い防弾性能を持っている事に驚きはない。しかし、俺の気のせいでなければこの男、刀の切っ先でまず弾丸を逸らし、その逸らした弾丸で後から続く無数の弾丸をビリヤードのように弾いて自分から逸れるようにしていた。巨体故にどうしても当たる弾丸はコートで巻き込むように受け止めて致命傷を避けている。
もう笑ってしまうしかない。
重いだけで使えない軽機関銃を手放し、オリバー・キングと斬り結ぶ。一合一合が死の淵に立たさせる鋭利さで常に死神を背負っているような感覚に陥される。
こっちの返しは一撃も届いていないのに、向こうの攻撃は俺の鎧に綺麗な傷を刻み続ける。このままだと押し負ける前に鎧が使い物にならなくなってしまう。
「クラレ! 悪いが先に逃げろ!」
企業の警備チームとギャング達の銃撃戦の音が大人しくなりつつある。このままだとクラレが逃げ遅れて囲まれてしまう。俺は多分、もう逃げられない。
俺の意思が伝わったのか、倉庫にあった車両のエンジンの音が掛かる音がするのと同時にヘッドライトが点灯し俺達を照らす。
一人で隠れながらちゃんと動かせる車を探していたか。偉いぞクラレ――クラレさん? こっちに向かって突っ込んで来ているのはどういうこと?
俺とオリバー・キングは咄嗟に車のフロント部分を衝撃を受け流しながら蹴って互いに跳び上がり、近くのコンテナに着地する。
想定外で多少慌てたが、これはチャンスだった。コンテナに着地する前に刀を鞘に収めてロックを掛け、コイルを起動する。僅かに遅れて着地したオリバー・キングに向かって滑るように摺り足で接近し、鞘のトリガーを引く。
コンテナの上、狭くはないが限定された足場で真正面からの最速の一撃。
――結果を言えば、全身全霊の一撃は真正面から刃の腹を合わせ受け流された挙句に、逆に返しとして逆袈裟に刀が振り落ちてくる。
過去、当たらなかったり死ななかった相手はいるもののこんな見事に受け流されたのは初めてだった。加えてカウンターまで。伝説とは幾ら聞いても伝説で、見なければその凄さが分からないと実感する。
だけど俺とてただで殺られるつもりはなく、そもそも避けられた場合の切り返しの第二撃ぐらい持っている。
受け流されたので変則ではあるが、左手で掴んだままの鞘を外して居合いの勢いを僅かにでも乗せて軸足を回転させ、オリバー・キングの逆袈裟を鞘で受け止めつつ振り払いながら受け流す。
激しく火花が散る様を視界の端で捉えながら軸足とは逆の足を前に踏み出させ、今度はそちらの足を軸足として体を回転させる。これにより俺はオリバー・キングの懐に飛び込む形になる。
俺は刀の柄頭でオリバー・キングの腹を打つ。回転の勢いと鎧を含めた全体重を乗せた一撃は伝説の体幹を崩し横に吹っ飛ばす。だが吹っ飛ぶ最中でもオリバー・キングは鋭い斬撃を放ち、俺はそれを避ける為にコンテナから飛び降りた。
それらの事が瞬きの間に起き、俺は突っ込んできた車のボンネットの上に背中から着地する。
「ごめん! 車運転するの初めてで!」
「いいから発進させてくれ! 大丈夫だから!」
オリバー・キングが戻って来ない内に車を発進させる。センスがあったのか初めてと言う割にクラレの操縦は中々で色々と障害物を踏んだり突き飛ばしながら倉庫の出口に向かって進んで行く。
「――ッ!? 横に曲がれ!」
進行方向から感じたい嫌な気配に向きを変えろと指示するが、遅かった。どこから来たのかいきなり霧が目の前に現れて俺達を包む。
途端に車が溶け出した。これは魔法による酸の霧だ。
僅かに送れて急カーブする車だが、タイヤが溶けたらしくバランスを崩して転がってしまう。幸い酸の霧からは脱出できたが、俺たちは車から投げ出されて床に転がってしまう。
ヤバイ、と危機的状況に背筋が寒くなりつつ刀を構えた直後に拍手が聞こえた。
「素晴らしい戦いだったわ。サムライというのは皆こうなのかしら」
闇の中からいきなり形を持って現れたのは美しい吸血鬼だった。
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