突然だが、働かなければならないと思った。
最近色々と出費や治療などで冒険者活動を休止していたが、怪我も良くなって鎧の修理も終わった。俺の労働意欲がメーター一杯だ。それにクラレに冒険者としての仕事を覚えてもらおうと思っている。
別に冒険者に拘る必要はないのだけど、クラレの体質上いつ鉄火場に巻き込まれるかわかったものではないので場慣れさせておきたい。それに加えて、監禁生活を送っていたクラレに何ができるのか色々やらせて把握しておきたい。
少なくとも車の運転はできるようだった。どこで覚えてきたのかと聞いたら、見て覚えたらしい。ドライバーの才能があるなら運び屋もいけるかもしれない。機械関連に興味を抱きはじめているようだし、ワゴン車を買って遠隔操作の銃を取り付けるのもいいかも。それにクラレは幽体を視認できるようだ。そっちの才能のない俺は『何かいるかも?』レベルだが、メイガスなら見て即座に動けるので羨ましい。
「才能ガール?」
「そう言われても、知識がないも同然なんだけど。それに見えない幽体を切れちゃう人に才能がどうとか言われても困る」
「俺のは毎日の素振りを忘れてないだけ。おっと、着いたよ」
今日は簡単な仕事がないか探すのと同時にクラレに冒険者の空気を知ってもらおうと冒険者が集うバーに来ていた。
地面の上なのか建物の上なのか分からない立体的な構造の街をなんとか迷わずに進んだ先にあるのは昼間でも人の行き来があるバーであり、斡旋所だ。
冒険者は自由業で自分から仕事を探したり依頼を受けることも勿論できるが、大抵は地区ごとブロックごとに斡旋者(フィクサー)がいて他所から依頼を受けそれを冒険者に斡旋してくれている。
勿論、仲介料は取られるが下調べの手間も省けるし、信用できる斡旋者からとなれば仕事で罠に嵌められる危機も避けられる。
「その格好で入るの? いきなり撃たれない?」
「武装してない方が無用心だよ」
クラレには普通の格好をさせてはいるが防弾のインナーにメタルジャケットも着せている。小さいが取り扱いやすい銃も使い方を教えて与えた。
「さっきも言ったけど、体質については――」
「ミュータント化で再生者になったって言えばいいんだね?」
「そうだ。それじゃあ入るぞ」
店内には疎らだが客の姿があって遅い朝食を食べている冒険者の姿があった。クラレを連れてカウンター席前を素通りして奥の壁のボードのところにまで行く。
コルクボードには依頼内容が書かれたメモ用紙が雑多に貼り付けてある。犬の散歩から店の近所を見回る仕事など様々だ。
「これが冒険者の依頼? 何だか思った以上に普通。もっとこう、悪いことしてるんだと思ってた」
「悪いことしてるけど、収入が不定期だからそれだけじゃ食べていけない場合が多いんだ。だからその日の些細な食事を得るためにこんな雑用をやってるんだよ。小金が欲しいときはこのボードに貼られてるのをやったらいいよ」
「なら、なにかやった方がいいかな」
「いま無理にやる必要はないけど、この猫探しの依頼はダメ。この依頼者のばーさん、ボケてて自分の飼い猫が死んだのを忘れてる上に見つけれなかったら嫌いな犬の首を要求してくるから」
「えぇ……」
ドン引きされてるけどジョークでもフェイクニュースでもないんだよなぁ。
「おい、アキノ」
クラレが依頼書を眺めているとカウンターを前にして立つマッチョな男がいた。一度依頼探しを中止して彼のところに行く。ついでにクラレの紹介もしよう。
「女連れとは珍しいな。だがエリオみたいにはなるなよ」
「ならないしなれないよ。ちょっと訳ありで彼女と行動することになったから。クラレ、この人はここ一帯のフィクサーだ。依頼の紹介やらをしてくれる」
それだけでなく情報の売買や他の冒険者との仲介をする人なんだけど細かいのは追々覚えていけばいい。そもそも今日は顔合わせだけのつもりだし。
挨拶を終え、フィクサーの視線が俺に向く。
「ここんとこ顔を出さなかったが、そのお嬢ちゃんか? いや、深く聞く気はねえよ。ただ、色々と入り用なんじゃないか?」
俺は肩を竦めるだけで断言はしなかった。ただ、これからの活動で乗り物の購入に加えて折角素質があるのだから魔法も覚えさせたいのでお金がかかるのは間違いなかった。
「武器を購入したギャングにその品を届ける仕事があるんだが」
「ギャング関連の仕事は受けないって知ってるだろ」
ギャングを潰さないとは言っていない。
そも俺は大きなギャングから警戒されていて、例え冒険者の依頼でどこかのギャングを手伝うもしくは敵対ギャングを襲撃すると変に警戒度が増す。
「そういや、コンテナヤードを根城にしてた連中が一晩で全滅してたんだが何か知らないか?」
「そうなんだ。戦車かミサイルでも手に入れたら襲おうと思ってたんだけど、省けた」
「お前じゃないのか」
「俺じゃないね」
「そうか。まあ、企業の警備チームがやったって話だし、何か馬鹿やったんだろうな」
把握してるじゃん。実際、二つのメガコーポの警備チームがあそこのギャングを壊滅させたので間違ってはいない。まさか吸血鬼や伝説がいたとまでは知らないだろうけど。
「じゃあこういうのはどうだ?」
今までのが前置きで今からが本題のようだ。
フィクサーが持ってきた仕事は事前調査だ。偵察とも言う。なんでもある廃病院の妙な噂が出回っており、アウトローが屯するには絶好の場所にも関わらず人が出入りした様子もなく、使われていない。なのに夜になると時折声が聞こえ、近所の野良猫やホームレスの姿が消えている。ギャングどころか何かよくないモノが病院に住み着いたのではないかと不安だ。なので調査をお願いしたい。
「メイガスは少ないからな。この手の仕事を任せられるのは限られているんだ」
「俺だってメイガスじゃないんだけど……」
「え?」
「え?」
「……だってお前、幽体切ったことあるんだろ?」
「斬れることとメイガスはイコールじゃない」
「…………で、受けてくれるか?」
なに言ってんだコイツ、って顔をしたと思ったらフィクサーは今までの流れを無視して仕事の話に戻した。まあ慣れてるけど。
依頼だが、メイガスではないが素質のあるクラレがいるのだからオカルト関連か調べる程度はできる。世界が融合した現代、なんの前触れもなく心霊災害やら異界化して周囲一帯が地獄絵図になることがある。ただの怪談の確認どころか精霊や邪悪な生物と遭遇するかもしれない。はっきり言うと割に合わない仕事だ。
しかしこのフィクサーは俺の趣味嗜好を知っている。廃病院の位置を聞けば、近所に学校があった。
「……何かいるかの確認だけでいいの? 倒せとか言わないよな?」
「何がいるか確かめるだけだ。偵察だからな。より詳細な情報を得られれば報酬を増やす」
「わかった。受けるよ」
クラレの経験積みも兼ねて受けることにした。それに依頼主は土地の管理者で身元がしっかりしているので最低でも提示した基本報酬はちゃんと払ってくれる。
「この仕事をするんだ。……見てくるだけなのに報酬多くない?」
「いや、安い。一人で行って帰るだけならそこそこだけど、ガチでヤバい案件だった場合の事前準備や仲間に払う分を考えると安い。足下見てる。フィクサーによっては随分な中抜きを疑うレベル」
「おい、せめて目の前で言うなよ」
フィクサーが呆れているのを無視する。俺個人だけならそに程度の危険は構わないが、クラレがいる以上はちゃんと正しい知識を教えなければならないのだ。
「今回は勉強のつもりで受けた。なので、ちょっと仲間募集して安全性を高めようと思う」
「仲間?」
「臨時で人を募ることもあるんだ。大体知り合いばかりになってくるんだけど……」
知り合いで信用できるメイガスを頭に思い浮かべながら俺は携帯端末を取り出すのだった。
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