ただ我慢ならなくて

サティスファクション・ビジランテ
Shiki S
Shiki

第十二話

公開日時: 2020年10月17日(土) 14:23
文字数:2,887


 あの後の話をすると、モルモーが言ったようにクラレを狙うような気配が一切無くなっていた。先の事は分からないが、ミラージがクラレに関心がなく、シャヘルがそれどころではないからだろう。

 あの夜の逃走劇の裏でどのような攻防が企業間であったのかは知らないが、ニュースになっていなくてもネットで両企業の情報をちょっと探してみれば、要約するとシャヘルがミラージにしてやられたような話題があった。それとシャヘルに協力している大物吸血鬼が死んだという情報も。

 まあメガコーポの陰謀なんて空の上の話同然だ。それ以上知ろうとも思えない。下手に首を突っ込めばカミナリが落ちてくる。

 それで俺はと言えば、新しい家をまず探さなくちゃならなかった。幸いすぐに新しい居住は見つかったものの前の家から武器とかを探し回収して運ぶのが大変だった。部屋は前より大きな場所を選んだ。同居人が出来たからだ。


「えっと、これでいいの?」

「ああ、それで設定は完了だ。電話とかメールとか、色々使うから大事にな」


 取り扱い説明書を片手に買ってやった携帯端末を慣れない手付きで操作するクラレ。

 なにかよく分からないウイルスで不老不死になったという少女は結局こっちで面倒を見ることになった。まあ、元々独り立ちまで面倒見る予定だったし別にいいが、新しい家を探している間に預かってもらっていた闇医者が近所に何か言いふらしていないか心配ではあった。


「俺、ちょっと出掛けて来るから留守番頼んだ」

「うんー、わかったー」


 新しいオモチャに夢中なクラレを置いて俺は新居を出る。この間の戦闘でボロボロになった鎧の修理のためだ。新しい住居を探すためにそんな暇がなかったのだ。加えて伝説との戦いとモルモーの酸の魔術で怪我を負ったので大事を見ていた。

 今は激しく動かさなければ痛みもないので、引越し作業が終わったこのタイミングがちょうど良かった。

 モルモーから貰った報酬は結構な額だったが、引越し代諸々と鎧の修理代で殆ど吹き飛んでしまう。別に金目当てで冒険者をやっている訳じゃないが、金があっという間に目減りしていくのを見るとちょっと鬱々としてくる。溜息を吐きながら、ドワーフの親方のいるジャンクヤードに到着する。


「親方いる?」

「中デオ待チデス」


 クレーンを動かしていたレトロなロボットに聞くといるらしい。ん? 待っている?

 言葉チョイスを少し不思議に思いながら工房に入る。親方がオリバー・キングと茶をシバいていた。鎧の箱を盾にナイフを構える。前に一度見たのでまたここで会う可能性は考えていなかった訳ではない。けれどこんな待ち構えているのは予想外だった。


「なにをやっとるんじゃお前は?」

「いや、えっと……」

「今日は社とは関係ない、私事でここに来た。難しいだろうがそう警戒しなくとも襲ったりなどしない」

「喋った……」

「当たり前じゃろ。ほら、取り敢えず鎧を寄越せ。見てる間、こっちに座っとれ。こいつがお前さんに話があるんだと」


 鎧の修理についてすでに話が通っているようだ。傷つけた本人がそこにいるわけだし。鎧を親方に渡し、入れ替わるように恐る恐る椅子に座る。


「今日、ここに来たのは君に聞きたいことがあるからだ」

「聞きたいことですか?」


 オリバー・キングがテーブルにおかれた湯呑に急須から緑茶をそそぎ、俺に差し出す。伝説が差し出したお茶とは恐れ多い。


「あの戦い方、誰から教わった?」

「……父と母からです」


 本来なら個人情報を教える理由はない。でもこの程度どうってことのない情報でもある。それにオリバー・キングの雰囲気から彼が聞きたいのはそんな情報の価値ではないと感じとれたからだ。


「刀と鎧もか?」

「はい。父が遺したものです」

「やはり、ケント・ホサカの息子だったか」

「父を知っているんですか?」


 ケント・ホサカは父の名前だ。同じメガコーポ・ファルケに勤めているわけではないオリバー・キングが知っていることに驚く。


「あの夫婦がまだ冒険者だった時から時々戦った程度だ。敵であったり、協力者だったりもした。二人がファルケに入社してからも似たようなものだ」


 聞いてないですよお父さん。


「ケントの両腕は義肢だが、あれは私が切り落とした」

「あー……勲章とか言っていたのはそれで……」

「死んだとは聞いていたが、そうか、子供がいたのか。親が遺したものをしっかりと継いでいるようだ。その歳で感嘆するしかない技量だ」

「あ、ありがとうございます」


 伝説に褒められてしまった。なんだこれ? なんでこんな話になってるの?


「……良ければだが、こちらに来ないか?」

「――え?」

「スカウトだ。ミラージの警備チームの一員としてスカウトしている」


 伝説の戦士オリバー・キングから直々のスカウト。メガコーポに就職できるという点でも大出世な話だ。

 だけど俺はそれを断る。


「申し出はうれしいのですが、お断りさせてください」

「理由を聞いても? 君の冒険者として活動と何か関係があるのか?」


 当然、俺の仕事ぶりについても調べてるよな。戦い方が狂ってるからと言われ、時々ネットに上げられて吸血鬼が依頼してくるほどなんだから。


「えーっと、俺って悪党じゃないですけど、特に善人って訳じゃないんです。でも、人を誘拐して臓器売買する奴や麻薬売ってる奴を見ると腹が立つんですよね」

「一般的な反応だ。それも今の時代少なくなったが」

「そういうムカつくの見ると我慢できないんですよね。企業に就職したとしても、方針に従えない時があると思います。そんな不義理は働くないので」

「……そうか。残念だがそれが曲げられない性分なら仕方がない」


 オリバー・キングが席を立つ。


「縁があればまた会うこともあるだろう。良くも悪くもな」


 そう言ってオリバー・キングは去っていった。仕事で会うようなことは二度と御免です。





 ジャンクヤードの外に出たオリバーは真っ直ぐに黒塗りの車に向かい後部座席に乗り込んだ。


「おかえりなさい」


 運転席には顔に刺青を彫った青年が座っており、助手席にはエルフの少女がいた。

 青年はオリバーが乗ったのを確認すると車を発進させて道路を進み始める。


「私事に付き合わせて悪かったな」

「構いませんよー。これも生徒の務めっすから」


 言ってバックミラーでオリバーの顔を見た青年が意外そうな顔をした。


「先生、なにか良いことありました? 嬉しそうですね」


 オリバーの表情は変わっていないが、教師と生徒という関係で築いた信頼関係から気付いた青年が表に出る僅かな感情に気付いた。隣の助手席に座っていたエルフの少女は若干の驚きとともに後ろを振り返る。


「惜しい人物を亡くしたと思っていたが、技を継いだ若者がいた。それが嬉しくてな」

「あー、この前の吸血鬼の? 俺らがエルダーとやってる間、先生も芝居の方を手伝ってたとか。そん時に先生と張り合った冒険者がいたらしいっすね」

「ああ。後で全員が集まった時に記録データを見せるつもりだった。お前たち、弟子の良き競争相手になるだろう」


 オリバーの言葉に青年は口笛を吹き、少女は刀の柄を両手で強く握り締める。


「それは楽しみでもあり、おっかなくもありますね」

「………………」



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