八十年ほど前に異世界星と融合した地球は地殻変動や戦争でそこに住む大勢の人々が死んでしまったと学校の授業で学んだ。
当時は異世界の異種族とか魔法技術の渡来によって大混乱が起きて戦争で争っていた国同士がダブルノックアウト。権力は異世界の技術と人員を取り込んだ企業が握り、国家政府は形だけのハリボテと化した。
でもぶっちゃけ俺には関係ない事だ。亡くなった人やその身内には悪いが、そんな顔も知らない曾祖父さんの話をされても勉強以上の関心はない。
肝心なのは今この時代を生きている俺という存在は何を是として何を否とし生きるかだ。
企業の社員だった両親が死んで俺は一人で生きていかなくてはならなくなった。幸い、両親の遺産や保険金で金には困っていない。社宅から追い出されて一人暮らし向けのマンションに住んでいるけど、十分過ぎるほどに快適だ。市民階級も準三級から六級へと落ちて転校もしたが学校には通えている。
不幸はあったが底辺ではない。底辺となれば市民IDは失われて犯罪に走るか文字通り自分の身を切り売りするか、冒険者となって死と隣り合わせの生き方を歩む羽目になる。
俺は恵まれている。存在を市民と認められ、金だって生活するだけなら問題ないほど持っている。
だけど俺には安寧とした生活は無理だった。
「どっせい!」
「うぎゃああああっ!!」
なので冒険者となって闘争心と暴力性を発散させる事にした。
鞘に収めた刀をフルスイングしてチンピラの顎を砕けば真っ赤な血と白い歯が周囲に飛び散っていく。その光景にチンピラーズがマシンピストルを連射するが、父の遺品である鎧は銃弾に対しても丸みを帯びた装甲で逸らしてくれる。
銃弾を弾き逸らしながら残ったチンピラーズに近寄り、鞘をブン回して殴り倒す。鉄の塊で頭を殴られれば例え皮膚の下に装甲仕込んでいようと、魔法防壁を纏っていようと脳にダメージが通って気絶する。そうならなかったら重度のサイボーグか人外だ。
幸いチンピラーズはどちらでもなくて気絶した。
周囲が静かになったところで俺はフルフェイスヘルメットに内蔵されたレーダー機能とサーモグラフィを作動させて敵が隠れていないか確認して安全だと判断してから後ろを振り向く。
場所は車の修理工場だったと思われる現チンピラ達の溜まり場だが、その中心に椅子に縛られた場違いな少女がいる。
流れ弾が当たらないよう立ち回ったが念の為外傷がないかこっちも念入りに確認する。
「怪我は無し。無事――って訳じゃないんだよなこれ」
ロープなど必要なさそうなほど弛緩した少女の目は虚で半開きの口から垂れる涎が制服の胸元に落ちている。
床には空になったクスリのケースがあり、三脚に載せられたカメラがさっきの戦闘で壊れて転がっている。つまりはまあ、いたいけな女子高生を使ってやましい商売をしようとしていたのだろう。
クスリを打たれてしまってはいるが衣服の乱れが無いのでギリギリ間に合ったってところかな?
取り敢えず待機しているアシに連絡して少女の拘束を解いて担ぎ上げ外に出る。
同じタイミングで車がやって来て停まる。ドアを開けて後部座席に少女を乗せたところでシャッター音が聞こえた。
「何してんの?」
「鎧男が女子高生を攫う現場を撮影してる」
「止めろよ叩き壊すぞ?」
「拡散させないって。知り合いに流すけどな!」
「止めろ!」
運転席に座る若い男は運び屋を主にやっている冒険者だ。妙な悪戯心を発揮するけど仕事は信用できる。ある程度仲良くなると信用できない類だけど。
「先生のトコで停めて。この子が打たれたクスリを抜いておかないと。どんな副作用あるか分かんないし」
「アフターケアもするとかマメだねぇ。流石は正義の味方」
「そんなんじゃないと。真面目な話、薬打たれたままの子を渡されて親御さん納得すると思う?」
「俺なら相手をブン殴るね」
だろ? と言っている間に車は発進する。
異なる世界同士の邂逅によって混沌とした社会の中である職種が誕生した。ドン底の生活から成り上がる為にとある意味人生を冒険している彼らは冒険者と呼ばれた。
傭兵とか請負人とかの方が近いかもしれないが、あくまで俗語扱いだからロマン的に冒険者でいいんだと思う。
かく言う俺も冒険者だ。最終的に企業に勤めていた父と母も元々は冒険者だったから親子二代で命知らずな事をやっている。
知り合いの闇医者の所に少女を連れて行って回復可能か聞いたところ、特に副作用とかも無いらしく命に別状はないと判明した。常習性は怖いが一回だけでは中毒にならないとか言っていた。その一回が怖いのだが。
何であれ俺は依頼人であり少女の父親に依頼達成と闇医者の住所をメールした後で協力して貰ったドライバーの所に戻る。
「お疲れ。これ報酬ね」
携帯端末を介して電子マネーを送信する。
「毎度。しかしお前は変わってるな。俺らに払った報酬考えれば割に合わない仕事だろ」
「んー、トントンかな」
「よくやるぜ。俺は金貰ってるからいいんだが、お人好しも程々にしておけよ」
「自分の為なんだけど」
報酬の受け取りを完了したドライバーは苦笑気味に笑うとアクセルを踏んで去っていった。
次に情報関連の仕事を頼んだハッカーに通信を繋がる。
俺は正面から殴り込むしか出来ないので移動のアシや情報収集などは誰か他の冒険者を雇っている。今回受けた依頼は突然拐われた娘を救助してくれという物だった。時間が経てば少女の身に何が起こるか分からず急いで情報を集める必要があったので冒険のハッカーに少女の行方の捜索を、同じく冒険者のドライバーに移動手段を任せて俺は最後に突入して少女を助けたのだった。
『見てました。お疲れ様です、ドン・キホーテ』
「その呼び方止めてくれるかな?」
『何の得にもならない英雄的行為を繰り返し行う人間にはピッタリではないですか』
「別に英雄になりたい訳じゃないんだけどな」
『狂人という意味ではどちらも一緒ですよ。ところで、コレはサービスです』
ハッカーからとある建物の見取り図から設置してある監視カメラやトラップなどの詳細なデータが端末に送られてきた。
「これは?」
『あなたが倒した小物達の大元がいるギャングのアジトです。その手の裏AVで稼いでいて、何件も誘拐事件を起こしているみたいですね。あなた、そういう連中見逃せないでしょう?』
「うん、まあ、出来る範囲でね」
『だからサービスでこの情報渡しておきます。同封しているアクセスキーを使えば建物内の電子機器全部が停止するようになっているので』
「そこまでやってくれたのか? 流石に悪いからお金を……」
『構いませんよ。ちょっと強度を確かめる程度だったんですが、笑うのを通り越して引くほどセキュリティが雑過ぎたんで思わずそこまでしちゃったんです。納得できないなら貸し一つにしておいてください』
「ああ、ありがとう。何かあったら言ってくれ。協力する」
『だからあなたはドン・キホーテなんですよ』
「いきなり何!? ……切れた。何なの?」
その日は無事に依頼達成し、報酬を受け取った。今回の依頼の為に使った支出を計算すると足が出てしまったが俺は満足している。
俺はアキノ・ホサカ。家族は死んでしまったが市民ナンバーを持っていて遺産も残っている恵まれた人間だが、デカい顔する連中が気に食わなくて色々と邪魔をする小悪党専門の冒険者だ。今日もまた自己満足とストレス発散に悪党をボコる。
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