登場人物紹介
ダンテ:この物語の語り手。自分が何者であるのかを知らず、また誰も彼の正体を知らないが、性自認だけは当初から持っていて、男性である。他の存在に憑依し、その体を奪う能力を有している。魔王ダンタリオンから名前の半分を与えられ、現在はダンテと呼ばれている。
リオン:ダンテに名前の半分を与えた事で出現した、魔界の魔王ダンタリオンの分霊。有する知識のみはダンタリオンの時と変わらないが、リオンとしての身体は人間と変わらない少女のそれであり、またそれに伴ったシスジェンダー・ヘテロセクシャルの性自認と、身体相応の精神性を有している。
「次の方」
「うむ」
「パスポートを見せてください」
「これだ」
「入国目的は?」
「探求と究明」
「滞在期間は?」
「未定」
「宿泊先は?」
「未定」
「日本に来るのは初めてですか?」
「初めてではないが、百年ぶりくらいだな」
「職業は?」
「魔王」
「よろしい。そこのゲートをお通りください」
「うむ」
「次の方」
「はい」
「パスポートを見せてください」
「どうぞ」
「入国目的は?」
「観光です」
「滞在期間は?」
「未定です」
「宿泊先は?」
「未定です」
「日本に来るのは初めてですか?」
「分かりません」
「職業は?」
「分かりませんが多分無職です」
「よろしい。そこのゲートをお通りください」
「ありがとうございました」
おれたちはそのゲート、というか“地獄の門”をくぐって魔界を出た。門の向こうは既に地球の日本という国であるらしいが、そこはもちろん空港の到着ロビーなんぞではなく、とある井戸の底である。井戸の壁面に沿ってタラップが打たれており、それを二人してよじ登る。
「さっきの古めかしい服装で似合わない質問してきたおっさん、何者だったんだ?」
「あれか。あれは小野篁と言ってな。閻魔大王の部下のひとりよ。昔から、日本と魔界との往来を司る役割を担っておる」
「昔というと」
「さて、千年にはなるか。あやつ自身がまだ生きた人間だった頃からだからな」
井戸はそんなに深くはなかった。やがて地上に出る。なんだか、怪しげな場所だった。
「ここが日本?」
「そうだが、ここは寺と呼ばれる神域だ。このような場所が日本という国の標準だとは思わない方がいい」
「ふうん。で、これからどうする」
「知れたことよ。宿を取る」
「どうやって?」
「そんなことも知らんのか。予約はインターネットからしてもいいんだが、今日は急ぎだから直接電話をする」
と言って、リオンは片手でスマートフォンを操作した。これもヴァプラのところで調達してきたらしい。
「百年ぶりという割には、手慣れているな」
「天地のことで余に知らぬことなどないからな」
「おれの正体は?」
「るーるーる~♪」
「まあ、それはいいとして。掛けないのか?」
「電話って、掛けるとき異様に緊張するな、と思っている。知っているからって、簡単にできるとは限らないな。また一つ余の知識が増えた」
「そうなのか。おれには分からん。使った記憶ないし」
それでもこわごわとダイヤルをタップし、リオンはどこぞの宿に電話をかけた。
「あ、あああ睡雲閣さんですか? よ、予約をしたいのですが。今日これから、二名なんですが。え、ええ二食付きで」
大丈夫なのか、この魔王。こんなんで。
「ふう。予約は取れたぞ」
「それは結構」
睡雲閣なる旅館は京都の北、洛北とか言うらしいがそっちの方の、鞍馬温泉とかいう場所にあるらしい。というわけでそこに向かうことになる。
「ヘイ! タクシー!」
近くの大きな通りまで出てタクシーを待ったのだが、こちらの人相風体が怪しすぎるせいか、なかなか止まってくれなかった。
「タクシー! タクシーってば!」
リオンはしまいには涙目だった。
【小野篁】平安時代の公家
その奇行から野狂ともあだ名された、9世紀に生きた日本の貴族。昼間日本の朝廷に仕えつつ、夜は閻魔大王の裁判の補佐をしていたという伝説が知られている。京都の六道珍皇寺には、彼が冥府と地上の往還に用いたと称せられる「黄泉がえりの井戸」なるものが今も現存している。
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