Operation Chaos Girls 第二話
意外にと言っては失礼だが、あの巡査長の息子にしては可愛らしい顔付きだった。二人組が四曲歌い終わった所で後ろから声をかけられた。
「黄山さんですか?」
「はい?」
声が裏がえってしまった。振り返るときっちりと背広を着た大男が立っていた。警官をしているせいか大男の割に動きがきびきびしている。どうも良子は大男と縁があるらしい。
「えっと、早田さんですか?」
「はい。早田です」
勢い込んで言ったのはいいが誠一はそこで固まってしまった。それほど女性になれているタイプには見えない。
「お食事につれていってくださるのでしたわね」
わざとらしいかなと思いつつも小首を傾げて微笑んだ。
「はい」
赤く成りつつ誠一は大声で答えた。おかげで周囲の人たちが振り向いたぐらいだ。恥ずかしいが何か注目されるのが嬉しい。
「案内してくださる?」
「はい、じゃ、こちらです」
誠一はぎくしゃくと歩き出した。勝手にどんどん歩いていってしまう。舞い上がっているようだ。良子は慌てて後を追う。後ろの方から二人組が優しい愛の歌を歌い出したのが聞こえてきた。
渋谷駅から適度に離れた小さなイタリアンのお店は結構有名な店のようだ。値段の相応に美味しい。店自体は小さいため客は三組だけだ。緊張のあまりかスープ代わりのパスタを食べ終わる頃には二人でワインを一本あけてしまった。良子も酒には強い方だが誠一はもっと強い。ワインをほとんど一本飲んだのだが顔色は全く変わらない。ただ良子との食事に緊張しているため笑顔が固い。
「黄山さんは半導体の設計をされていると聞きましたが、どの様な仕事なのでしょうか」
「どの様なと言われても困るけど」
良子は自分の設計したICが使われている家電や自動車などをあげていく。誠一は口を開けて聞いている。
「凄いですね。本官には全く見当も付きません」
「そんなに難しく無いって。ところで早田さんはいつもそんな話し方するの?そんなに堅苦しくしなくっても。ね、あっ」
良子がウィンクをしたせいで飲んでいたワインが変なところに入ってしまったらしい。誠一は思いきりむせてしまった。みっともない事に鼻から一筋ワインがこぼれている。慌てて良子はハンカチを手に取り差し出した。
「鼻、鼻です」
差し出したはいいがなんと言っていいか判らずそう言った。
「あっありがとう、あっ」
慌てて誠一は手を出した為に良子の手に触れてしまった。慌てて手を引っ込めた時にワインの瓶を倒してしまう。
「しまった」
誠一は慌てて立ち上がる。悪いことに太股がテーブルの縁に引っかかり、テーブルのグラスなどもひっくり返った。ウェイター達が寄ってきて片づけはじめた。
「えあっ」
パニックに成った誠一をぽかんと口を開けて良子は眺めていた。
幸いにその後はやっと落ち着いた誠一だが、顔に大失敗したと書いてある。そのしょげ方が妙に可愛く、見ているうちに笑いが抑えられなくなってきた。思わず忍び笑いをしてしまった。よけい誠一のしょげ方が酷くなった。
「ごめんなさい。でも可愛くて、借りてきた猫ならぬ、借りてきた虎って感じだわ」
「酷いなぁ」
はっきり言ったせいで逆に話しやすくなったらしい。誠一は頭を掻きつつ話し出した。
「本官はよく熊に似ていると言われます」
「確かにね、熊は熊でも森のくまさんって感じだわ。ところでいつでも本官って言っているの」
「えっ……言っていましたか」
また失敗したと顔にはっきりと出て良子はまた吹き出してしまった。
「大体において誠一君は固すぎるのよ、こんな綺麗なお姉さんがいたら襲うのが警官のつとめでしょ」
「はあ」
止まらなくなっていた。自分では止めたいのだが男と呑むと照れくさくなってすぐ姉御風を吹かせてしまう。何件か回った後、渋谷の安いチェーン店の居酒屋で完全に絡んでいた。心の底では悲鳴を上げているのだがどうしようもない。
「大体失礼よ。そう思わない?」
「あの、あっ」
目が座っている。体を隣に座る誠一にぐいぐいと押しつける。わざと胸を誠一の腕に乗せるようにだ。良子は誠一が呑もうとしたビールのグラスをひったくり一気に飲み干す。
「どう?」
誠一の顔の前に顔をつきだした。
「美人でしょ」
「はい」
そう言われると良子は笑顔を崩した。
「ご褒美ぃぃ」
目を白黒させている誠一の口に食いつくように口づけをした。丁度さっきのビールが限界だったらしく意識が一気に泥の中に沈んだ。
気が付くと自分のアパートの部屋にいた。頭がぼやけている。きわめて肝臓が強くて二日酔いはしたことがないが、やたらと眠い。しばらく天上を見つめていた。どうやらベッドに寝ているようだ。
「へちゅらぱ」
口元もおぼつかない。しばらくそうしていた。
「えっえ~~」
慌てて飛び起きた。自分のベッドに寝ている。下着姿に毛布をかけていた。何故にと思い辺りを見回す。鏡台の上にメモがあった。酔いつぶれていたので運んだそうだ。飲ませすぎてごめんなさいとあった。
「あ~~」
情けなくて涙がでた。いつもこうだ。間が悪い。調子に乗りすぎる。結果ひとりぼっち。
とはいえ食い扶持は稼がねばならない。のろのろと浴室に向かう。まだ朝は早い。十分余裕を持って会社も間に合う。のろのろと下着を取る。姿見で自分の姿を見た。
「こんなにいい体してるのに」
しみじみと呟いてしまった。たまには役立たせたいものだと思う。それはともかく浴室にはいるとシャワーを浴びた。冷たい水と熱いお湯を交互に浴びると頭が動き出してくる。
「いつもの事よね」
更衣室で体の水気をよくふき取る。姿見を見る。グラビアアイドルのポーズの真似などをしてみる。自分でも馬鹿だなと思うと何となく気が楽になった。
「で、結果は?」
相変わらず美樹は好奇心丸だしの顔をしている。出来るだけ近寄らずに机にへばりついてパソコンで注文書を書いていたのだが、書き終わってしまった。注文書が出来たら発注だ。部内の発注業務を一手に引き受けている美樹の前に行かざるを得ない。注文書のコピーを持って席までいくと目をきらきらさせて待っていた。
「この顔見て判らない?」
「撃沈ですかぁぁ」
「そっ」
折角忘れようとしていたが、また自らの醜態を思い出してしまう。良子の表情を見てやばいと思ったのか美樹はそれ以上突っ込んでこなかった。
良子は席に戻った。席について次の設計図に取りかかろうとしたが気が乗らない。しばらくマウスを手に画面を睨んでいたが立ち上がると部屋を出た。廊下をとぼとぼと歩いていく。同じフロアの休憩室に行き、くたびれた長椅子に座り込む。自動販売機から無糖の缶コーヒーを買いちびちびと啜る。しばらくぼーっとしていると携帯が鳴った。会社の作業服のポケットから取り出した。サブディスプレイを見て固まってしまう。誠一の携帯の番号だ。しばらくサブディスプレイを見ていたが思い切ってフリップを開いて耳に当てる。
「もしもし」
「もしもし早田です」
「黄山です」
怖々と言った感じの誠一の声に冷たい声で答えてしまう。理由は自分でも判らぬ。恥ずかしいのかもしれない。
「良子さんごめんなさい。私が調子に乗って飲ませ過ぎました。女性が酔い潰れるまで飲ませるなんてと、先輩に説教を食らいました」
誠一は謝り続けた。良子に対する不満など一言も言わず謝っている。良子は黙って聞き続けた。ふと左手に持っているコーヒーの缶がゆらゆらとしているのが見えた。目に涙が溜まっている。
「いい人なんですね」
打算も何もなくとにかく謝りたいという口調に、思わず呟く。これが演技なら騙されてもいいかもしれない。
「えっあの、本官はとにかくその謝意を伝えたくて」
黙ってしまう。どうやら良子の呟きを皮肉かなんかと捉えたらしい。電話の向こうで大男が狼狽しているのが手に取るように判る。良子はコーヒーの缶をテーブルに置くと左手で目を拭う。頬が歪んでいるのが判る。泣きながら笑っている様だ。
「大丈夫ですよ。判っていますから。それより私こそご迷惑をおかけしました。私酔うとはしたなく成る時が有るんです。昨日の醜態は忘れてくれませんか?私もこれからは気を付けますから」
「はい。勿論です」
耳が痛く成るほどの大声で誠一が言った為、良子は思わず笑い声を立ててしまった。
「ところで私朝起きたら下着姿だったんですけど、誠一さん何かしましたか?」
少しからかってみたく成りそう言うと、また耳が痛く成るぐらいの大声が返ってきた。
「いえ、本官はそんな事はいたしません。そっその良子さんが」
慌てると本官と言う様だ。
「私がどうしたの?」
「その」
「覚悟はついたから言ってください」
「暑いって言ってどんどん脱ぎ初めて、その、下着姿で」
「下着姿で?」
良子のこめかみが痙攣する。何かしらやったらしい。
「あの、良子さんは酔っていた訳ですから」
「はっきり言ってください」
「ベッドに本官を押し倒してキスした所で眠り込んでしまって。本官は何もしていません。その後毛布を被せて」
「言い訳させて。私はその、普段はそんなふしだらな訳じゃなくて」
言っていて説得力が無いなと思いつつ、冷や汗かきかき良子は言い訳を続けた。
「久ぶりのお酒でしたので悪酔いしちゃって。ねっ」
「そうですよね。久しぶりのお酒なら悪酔いもしますよ。本官だってします」
そこで二人して黙ってしまう。耳をすませていると携帯からは街の雑音が聞こえて来る。どうやら誠一も仕事中らしい。
「良子さん」
「はい」
またいきなり声がしたので、少し前かがみ気味だった良子は思わず上半身をぴしりと立てた。
「これからもよろしかったらお付き合いしてください」
携帯に何か雑音が入ったのは誠一が頭を下げたからだろう。その光景を想像して自分の顔の緊張が解けて行くのが判る。駆け引きなど出来ない人らしい。いい人はいるものだ。
「はい」
「よかった。本官は仕事中なのでこれで失礼します」
「はい。ではまた週末」
そこで携帯を切った。いまごろ週末という言葉が誠一の頭の中でぐるぐる廻っているだろうと思い、頬が緩んだ。
「へぇ週末ですかぁ」
わざわざ舌足らずに話しているのがみえみえの声に良子の全身が硬直する。声の方向に顔を向けると美樹が企み顔で仁王立ちしていた。
「どこから聞いていたの?」
「始めから最後まで」
おかげで翌日には良子がいる建物に入っているどの部署に行っても、婚約おめでとうと言われてしまった。
そんなこんなで私生活が充実すると仕事も上手くいく物だ。その日の昼にだいぶ前からの懸念だったICの不良調査に進展が見られた。
「面白い化合物」
普通ICの回路設計が専門の技術者は化学式が読めない者も多いが、良子は科学一般に詳しい。大体大学の専門は有機化学だ。分析センターから届いた報告書をコーヒーを啜りつつ読んでいる。最近良子が扱っている不良品の解析レポートだ。ICはシリコンの回路をプラスチックの皮が包んでいる。その皮にひびが入るという不良が多発して問題と成っている。解析レポートによるとひびが入ったICのプラスチックには特定の元素がある比率で含まれているとあった。
「燐かしら」
「どうした黄山君」
声がかかったので見上げると課長がいた。
「パッケージクラックの原因は燐らしいです」
「そうか」
課長は報告書を手に取ると読みはじめた。
「客の方はそれほど心配していないが原因究明は必要だからな」
「はい」
「では頼む」
課長はそう呟くと自分の席に戻って電話をかけはじめた。しばらく報告書を眺めていた良子だがそのうち飽きてきた。立ち上がると作業着と報告書をひっつかみ廊下に出ていく。
「婚約おめでとう」
「だから違いますよ」
いくら否定しても皆信じてくれない。これだけ派手にデマを流されれば普通怒りもするが、美樹の狸顔を思い出すと何故か怒る気が起きない。これも人徳かなと思いつつ廊下を進んでいくと実験室の表札が眼についた。実験室の入り口の戸のカードリーダーに社員証を通すと軽い電子音が鳴った後鍵が外れる音がした。戸を開くと無人の実験室に入って行き、奥の実験台の前まで来る。ここは良子が使っている実験台で、ステンレスの上張りはぴかぴかに磨き上げられている。机の上の資料入れの引き出しの一番下のスライドを引くと、ポリエチレンの袋に入ったICがいくつか出てきた。一見まともに見えるICだが、顕微鏡で見ると表面にヒビが入っていてそれは中身の半導体まで届いて悪さをしている。
「さてと。合成してみるか」
報告書を手にとると、実験室の奥の小部屋に向かった。微かに戸の向うからトランスの唸り声が聞こえてくる。最新式の有機合成装置だ。近接電界効果によりありとあらゆる有機物を合成してくれる。戸を開けると高圧注意の札がやたら張ってある筒がいっぱいある機械があった。もともと電子顕微鏡から発展したこの機械は取り扱いが難しく、大体物質合成を良子の部門でやる者も少ないので良子専用の機械に成っている。作業用のコンソールの前に座るとキーボードに手を置いた。スクリーンセーバーが元に戻りテキストだけの味気ない画面が映し出された。良子がキーボードを叩き出すと画面に命が吹き込まれた。色とりどりのウィンドウが開き、グラフィックが舞って行く。報告書の推定化学式を参考に不良原因らしき物質を入力していく。しばらく試行錯誤を繰り返し望ましいデーターができた。もっともしばらくと言っても一時間は経っている。少し目が痛いので鼻の上の方を揉んでから立ち上がった。奥のロッカーから原料に成る薬品のカートリッジを機械にはめ込み、キーボードを叩いた。狸が画面で踊り出し合成中と出た。残り時間は約四日、月曜日の朝に成る。
「じゃお願い」
狸に向かって投げキッスをしてから、恥ずかしく成って赤くなった。浮かれているわねと思いつつ小部屋を出て机に戻り、ICにヤスリがけを始めた。
良子の週末はいつもはだらだらと昼まで寝ている事が多い。だがその土曜日は朝から目がぱっちりと冴えていた。いつもより一時間早く起きると更衣室に向かう。われながらいい体よねなどと呟きつつ姿見の前でパジャマと下着を脱ぎ捨てる。右手を頭の上に持って行き左手を軽く股間を隠すように置いてポーズなどをとってみる。さすがに恥ずかしく成り苦笑をしつつタオルを手に浴室に入りシャワーを浴びた。
「もしもって事もあるし」
ボディーソープのポンプを押して手にいっぱい取ると鼻歌交じりに体中に伸ばして行く。結構体臭はキツい方なので陰部や脇の下などを丹念に擦るとぬるま湯で流した。その後熱くて肌が赤くなるようなお湯と水を交互に浴びて気分をしゃきっとさせた。更衣室で水気をよく取ると裸のまま寝室に戻りタンスの姿見の前に立った。
「顔はともかく、プロポーションは完璧よ」
思わず両手を握り締めて呟いてしまい、また赤くなってしまう。恥ずかしそうにバスタオルを身体に巻き付けてベッドに座った。しばらくぼけっとしていたが、やがて立ち上がるとタンスの下着入れの引き出しを引く。いつもの白い大きめのショーツに手が伸びたがそこで止った。横にはほとんど身につけた事がないピンクの細めのショーツもある。しばらく考えていたがそのうちバスタオルがはらりと落ちた。慌てず騒がず下を見てついでに陰部の辺りを見て考え、いつもの白い下着に手が伸びた。
結局下着はいつもの白、スカートとブラウスはピンクの落ち付いた柄の物にした。
「うわぁ~~膨張してるぅ」
もともと大柄な良子だがピンクの服装のせいで姿見の中で余計大きくみえた。もっとも誠一は相当大男なのでそれなりにお似合いだろう。
「さてとしっかり朝ご飯食べなくちゃ」
とりあえず脱いでジャージ姿に着替えると鼻歌交じりにキッチンへ向かった。
食事が終わり片づけを終えて落ち着いた所で少し心配になって来た。ダイニングの椅子に座るとコーヒーを啜りつつ頬杖をつく。
「浮かれ過ぎかな。大体二回目のデートでドライブは早すぎかな」
昨日誠一から電話で週末のお誘いが来たのでとっさにドライブをおねだりした。軽自動車ですけどそれで良ければと言う事で、もちろんそれでいいと答え朝からこの騒ぎに成った。
「家でDVDを見ているより健康的よね」
自分で無理矢理納得すると寝室に戻りまた着替えて鏡台の前に座った。たっぷりと時間をかけた薄化粧が終った所で丁度玄関のベルが鳴った。
「はぁ~~い」
自分でも可愛い声だなと思いつつ玄関に向かった。
「堅い人だな」
翌日の朝目が覚めると良子は布団の中で呟いた。結局昨日は海辺のテーマパークで一日過ごし食事もその中のレストラン、夜は八時にはアパートに送り届けてくれた。その時初めて会った日酔って無理矢理押しつけた合い鍵を返してきた。とても紳士的で嬉しかったと言えば言えるが今一歩物足りない気もする。
「まっスリルとサスペンスを求めちゃいけない人だしね」
と言いつつも何か物足りない良子はしばらく天井を睨んでいたが、やがてのろのろと上半身を起こした。ピンクのパジャマに包まれた胸が揺れる。頭を掻くと立ち上がりのろのろと浴室に向かった。シャワーを浴びて頭をすっきりさせると寝室に戻り服を着始めた。
「いらっしゃい」
昼までのんびりと過ごした後、良子は課長のマンションを訪れた。四つ駅で離れている。リモートロックを外してもらい入ると三階に上がった。部屋の前に来ると呼び鈴を押す。細い声と共に戸が開き、色白で細面の顔が迎えてくれた。貴子だ。白い肌にセミロングの黒髪がよく似合う。
「お邪魔します」
極々品の良い貴子の前に出ると、良子も上品に成ってしまう。お辞儀をすると中に上がった。勝手知ったる他人の家と言うべきか、良子はダイニングキッチンまで勝手に行くと勝手に座った。
「課長は?」
「お買い物よ。すぐに帰ってくるから。そう言えば良子ちゃんお見合いしたんですって」
貴子が淹れてくれたお茶を啜っていた良子は危うく吹き出しそうに成った。貴子はと言うととても嬉しそうに微笑んでいる。
「上手くいっているらしいって、美樹ちゃんが教えてくれたの。仲人頼まれるだろうから準備しておいた方がいいって」
「ほんとに美樹ったら」
「やっぱり今回もデマ?」
「いえ、その」
貴子に真面目な顔をして聞かれると、話さない訳にもいかない気がしてしまう。結局洗いざらい話してしまった。
「お巡りさんなら固くていいお仕事だし、逃がす手はないわね。とてもいい人みたいだし」
「はぁ」
「じゃ早速仲人の用意しなくっちゃ。良子ちゃんはスタイル良すぎだからウェディングドレスの方がいいかしら」
普段は家に閉じこもりがちであまり近所に友人もいないせいか、貴子は良子が来るとやたら陽気になる。しばらく勝手に話していた貴子だが急に真面目な顔に成った。
「あの、良子ちゃん」
「なあに」
貴子が何か言いにくそうにしているので、良子は微笑んで首を傾けた。
「良子ちゃん子供好きだし子供いっぱい産むよね」
「気が早いなぁ。でも結婚したら絶対二人は産むわ。だって私は小さい時、周りに子供ほとんどいなかったでしょ。寂しかったから」
「あの、もし良かったらどちらかの子の名づけ親をしていいかな。私自分の子は駄目でしょ」
「そう、うん、いいわ」
「ありがとう良子ちゃん」
貴子の顔が綻んだ。
「でもまだ気が早いわよ。付き合って五日よ」
「あら、善は急げって言うでしょ。それに良子ちゃんの身長とプロポーションにあう人ってなかなかいないわよ」
「まあそうだけど」
「それに、これで竜一さんを取られなくてすむわ」
「あ~~ん、意地悪。許してよ」
「いや。一生苛めてあげるから」
二人がじゃれていると竜一が帰って来た。
「あなた早速仲人の支度しないと」
「そこまで行っているのか。今度主任に昇格が決まっていたが、すぐ寿退社だね」
竜一もごつい顔を笑みで崩しつつテーブルに着いた。
「それは無いですよ」
「できちゃった婚とか」
「まだ手も握っていません」
良子は一時間にもわたってからかわれ続けたが悪い気はしなかった。それに貴子が楽しそうにしているのが何よりも嬉しかった。しばらくすると三人で買い物に出かける事に成った。と言っても近所のスーパーに夕食の買い物に行くだけなのだが、貴子がやけにはしゃいでいた。結局いつもなら持ち切れないほどの食材を良子達に持たせてマンションに帰った。
「やっぱり一姫二太郎よね。良子ちゃんなら四人は楽々ね」
「四人は大変だな」
夕食の後もやはりその様な話題が続いた。
「じゃ、隣に移ってこない?子育て手伝うわよ」
「うん~名案だけどお金無いし」
本当はお金なら有るのだがそれは秘密だ。貴子たちを信じない訳ではないがあまり知られない方がいいだろう。
「さてとそろそろおいとまするわ」
「そうね、ひき止めちゃったら、彼に怒られるわ。今頃アパートで待ってるわよ」
「意地悪」
「もちろん。良子ちゃんは私の大事なおもちゃなんだから」
立ち上がり玄関に向かう良子について来た貴子はそう言って嬉しそうに微笑みウィンクをした。でも上手くいかない。両目を瞑ってしまう。おかげでまた三人は笑った。
「じゃお邪魔しました。おやすみなさい」
「おやすみなさい」
「また明日」
「はい課長」
良子は勢い良く頭を下げると玄関から出ていった。
つづく
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