Operation Chaos Girls 2 With you forever 第三話
翌日から遠征の準備が始まった。遠征の最大の目的は海だ。そして行けるのならその先だ。他にも地図の作製や地質調査や生き物などの調査をする。遠征の機材は拠点としている街にある物でそれなりに賄えそうだ。ただ地図作製の為の装備が望遠鏡とEVのトリップメーターだけなので誤差は大きそうだ。電磁石を使い鉄線を磁化して方位磁石を作ってみたが、この星もしくは今の地球は、磁場が弱いのか、または磁場の反転期なのか安定して方向を指さない。まあ行って戻れればいいので気にはしない事にする。だいたい時計も無いので、正確な時間が判らない。地球ならともかく、ここが他の星だとしたら自転速度も違うだろうし困ったものだ。
ともかくいろいろと準備がありそれに七日間かけた。準備や計画はそれこそいくらでも時間はかけられるが、ある程度で打ち切った。準備の区切りが一週間になったのは習慣かもしれない。
「戸締まり出来ないけど、仕方がないわね」
「まあな。泥棒もいないだろう」
「私たちが来るかも」
「その時はその時だ」
何となく名残惜しいが出発する事にした。街の門をEVで出る。今のところ一番海に近いと思われる方向に進んでいく。夜間に星の周回軌道を観測して、その中心と思われる方向を一応北とした。今は南に進んでいる。EVの運転は八十キロメートル毎に交代する。運転をしていない方が周囲を観測して地図を作っていく。もっともあいも変わらずまっ平らな荒野なため地図を作る方は相当暇だ。EVの一番電費が良い時速八十キロメートルで直進し続けているが何も変化がない。交代の度に一時停車し周囲の土壌を調べるがこちらも変わらず生物の痕跡は無い。
「予想ではそろそろ海が見えてもいいはずよね」
出発から六時間、六度目の交代をして、今運転しているのはアリスだ。
「ま、千キロメートルという距離は予測だからな」
「そうだけど、なんか退屈だわ」
「そうかい。でも退屈しのぎの手段もないしな」
「どうせなら、私たちが襲ってこないかしら。私、私の首を切断するの好きよ」
「色情狂の上、殺人狂とは手に負えないな」
「酷いわね。でも殺人狂じゃないでしょ。私たち人間じゃないし」
「人類の末裔と主張したのは君だよ」
「それはそれ、これはこれ」
「これだから女は」
「ひど~い。性差別よ。ジェンダーフリーじゃないといけないのよ」
「はいはい」
その日はアリスの運転の番が終わった所で日が沈んだ。移動はそこまでにした。まずアリスの機能を使いEVを充電した。そのあとは野営の準備だ。EVの横に五人用のテントを二人で立てる。中にエアマットを敷いて、二人で横になった。アリスはさっさと裸になったので、私も服を脱ぎ二人で乱数の発生に努めた。アリスが満足したところで並んで寝そべり空を見る。テントの入り口は開けてあるので星がよく見える。
「ねえ、新しい星座を作らない?」
「いいね。何を作ろうか」
「身近な物で、例えばあそこの七個の星。長方形を二つくっつけたように並んでいるから、自動車座」
「身近と言えば身近だね。じゃあそこの七つ星は斧座」
「昔なら生き物の星座から出来たけど、今はいないもんね」
地平線から登った星が相当高くなるまで二人で星座作りを続けた。
「もし転送機があって地球に行けたら、今の星座を広めたいわね」
「ああ、広める相手が居たらな」
「居るわよ」
アリスはむっとした顔で睨み付けた。
「でも転送装置の先はどこに繋がっているんだろうな」
「多分地球よ。ここは蠱毒の壺の中。私達の戦闘データーを待っている人が絶対いるわ」
「そうだといいがな。さ、もう寝よう」
「冷たいわね。まあいいわ、おやすみなさい」
「おやすみ」
翌日の朝、出発して百五十キロメートルほどEVを走らせたところで変化があった。地平線あたりの茶色い大地の色が少し薄くなった。私がEVを止めると助手席のアリスが高倍率の双眼鏡で観察を始めた。望遠機能が付いている目だが、倍率はそれほど高くないため双眼鏡を持ってきている。
「なんか肌色の物がうねうね動いてる。見て」
アリスが双眼鏡を渡してくれたので地平線を見てみる。確かに肌色というのが適切な何かが蠢いている。地平線の向こうは全てそんな色になっている。
「何だろうな。あれが海かな」
「そうだと思うけど、不気味よね」
「とにかく行ってみよう」
「少しずつ進みましょう。一キロメートル刻みで」
「了解」
速度を時速三十キロメートル程に落としてゆっくりすすむ。一キロメートル進んでは止まり双眼鏡で観測する。近づくにつれて細かいところも少しずつ見えてきた。肌色とは言ったが、どちらかと言うと皮膚を剥がした動物の筋肉がうねうねと動いている様に見える。アメーバという情報も有ったが、それよりずっと硬そうだ。あと十キロメートルほどで海岸線と言うところでまた変化が起きた。
「ねえ、なんかあのうねうね近づいて来てない?」
アリスが双眼鏡を渡してきたので覗いてみた。確かに水平線というか肉平線というか、そんな物が少しずつ陸にせり上がり近づいて来ているように見える。ただ速度はそれほど速くないようだ。
「とりあえず近くまで行って観察しようか」
「そうね」
アリスが同意したので私は車を進めた。
「なんか凄いわね。波打ち際というか肉打ち際というか」
あと五百メートルほどで肉打ち際というところでEVを止めた。二人で車外に出てて観察するためだ。さっきまでは近づいて来た肉打ち際は少しずつ遠ざかり始めている。
「見たところ筋肉だな」
「そうね。なんかあれなら上をEVで通れそう」
「だな。ところで肉平線のあのあたり少し出っ張っていないか?あれ細胞の塔じゃないのか?」
「どこどこ」
「あっち」
指を差したが身長が低い彼女は見えないようだ。そんな訳で肩車をすることにした。
「結構重いよな」
「乙女に失礼ね。金属とプラスチックなんだから仕方が無いでしょ」
アリスは太ももで私の首を締め付けた。臭覚は感覚とリンクされていないが良い匂いがする気がする。
「あっ、確かに盛り上がってるわね。双眼鏡」
「ほい」
双眼鏡を手渡すとアリスはじっと肉平線を見始めた。
「大当たり。この高さだとよく見える。盛り上がった肉塊の上に何か建物のような物がある」
「そうか。するとどう行くかだな」
「そうね。降ろして」
アリスを下に降ろすと、首に飛びついてきた。
「これで地球に行ける」
「そうだね」
「何か感動が無いわね」
「これでも感動しているんだが、それを表す機能がそれほど実装されていない」
「地球に行けばバージョンアップできるわ」
「そうだね。それにはまず行く方法だ」
「じゃ肉の海の調査ね。もう少し近づきましょう」
アリスはEVの助手席にさっさと乗り込んだ。私は肩をすくめると運転席に座りEVを発進させた。百メートル毎に止めては観察を続ける。近づいていっても肉の海に変化は無い。肉打ち際から五十メートルほどまで来たところでEVから降りて直接調べることにした。じゃんけんに負けたのでまずは私が行って調査をする。アリスには運転席でいつでも発進できるように待機して貰う。何か棒状の物が無いかとEVを見回した。フラグを立てるために使った折りたたみ式のポールがあるのでそれを手に取った。
EVから降りると肉打ち際にゆっくり近づいていく。特に変化は無い。あと一メートルのところでまずは止まった。肉打ち際は極ゆっくりとした速度で前後している。もう少し近づいてみた。あと三十センチメートルのところで止まった。延ばしたポールで肉塊を突っついてみる。弾力がある感触が伝わってきた。突っついても触覚にあたる物は無いらしく肉塊に変化は無い。ゆっくりと前後しているだけだ。あまり変化が無いので一旦アリスの所に戻る。待機しているEVの助手席に座る。
「で、どんな感じ?」
「意外としっかりしている。上を歩いて行けそうだ」
「じゃ、行ってみる?」
「途中で沈んだら悲惨だな」
「そうね」
アリスは顎に指をあてて目を瞑って考え始めた。仕草が可愛い。
「今までの情報を紙に残してから試した方がいいわ」
「紙?」
「紙というか何かに記録を残して。もし失敗した場合に、他の私達への情報は残してもいいんじゃない?」
「まあそうだな。じゃ本拠地に一旦戻りますか」
「そうしましょ。運転代わって」
「はいはい」
二日かけて街に戻ったが、街に特に変化は無かった。街の中を再度探したがやはり記録媒体になる物はノートぐらいしかない。仕方がないので、今まで得た情報を全てノートに写していった。その作業に二日かかった。その後また準備に二日かかり、四日後私達はまた海に向かって出発した。二日後に肉打ち際に到達した。肉打ち際は何も変わっていなかった。前回訪れたときのタイヤの跡もそのままだ。今回は前回来たときと比べていくつか装備を用意した。まずはタイヤが太い自転車を二台だ。肉打ち際から肉の塔までは三十キロメートルぐらいはあるだろう。この星が地球と同程度の半径を持つ星だったらだ。歩いて行ってもいいが、時間は短縮したい。肉の塔が移動していたとしたら、ある程度の速度も必要になるだろう。
二人でEVの屋根から自転車を降ろし、車内から大きなリュックを取り出した。水と登山道具が入っている。肉の塔は高さがはっきりしない。近くまで行っても登れなかったら困るので用意した。
「さてと、行きますか」
「そうね。その前にもう一度。もしこの肉の海が敵対的な動きをした場合、判ってるわね」
「一人だけでも肉の塔を目指す。そして転送装置の元に行く」
「そう。どちらかが目的地にたどり着ければ何かが変わるはずよ」
「そうだな」
二人で自転車にまたがるとゆっくりと肉打ち際に向かって進んでいく。十メートル毎に止まりながらだ。私達が近づいても肉打ち際は特に変化が無い。ゆっくりと蠢いている。私達は肉打ち際まで十メートルまで来てまた自転車を止めた。
「覚悟はいいかい」
「いいわよ」
私が先頭でアリスが後ろを付いてくる事にした。ゆっくり進むと自転車の前輪が肉打ち際に触れた。そのまま進んだ。予想したとおり自転車が乗っても沈まない。五十メートルほど進んだところでアリスに声をかけた。
「いいぞ」
「判った」
私がゆっくり進むと直ぐにアリスは追いついた。横に並ぶ。
「安全のため縦列で進むんじゃ無いのかい?」
「折角のサイクリングよ。並んで行きましょ。何かあったらその時よ」
アリスはウィンクを送ってきた。あい変わらず外見は完璧だ。
「はいはい、素敵なご意見ありがとう」
「ほんと真面目ね。地球に着いたら、性格直した方がいいわ」
「女王様の仰せの通りに」
「そこはお姫様よ」
そう言ってからアリスは明るく笑った。確かに笑う機能は欲しいものだ。今は無いのでそのまま進む事にした。
警戒しながらゆっくり進んだので、肉の塔はゆっくりと近づいて来た。肉の塔はそれほど高い物ではないようだ。せいぜい五メートルと言ったところだ。以前アンドロイド体の力をセーブせずにジャンプした際七メートル程飛び上がれた。そのまま入れそうだ。なんとなく気分が良くなった。思わず歌が出た。
「海行かばあ」
歌ってから、水は無いし水死は無いなと思い返す。状況とあっていない気もする。それに音痴だ。正確に言えば音程は合っているのだが、歌に聞こえない。私に魂がないなどという理由からかもしれない。
「その歌、何?」
「昔の日本の歌だよ」
「あ、そう。お母さんなら知っているかな」
「お母さん?」
「多分モデルのお母さん」
「そうか。ずいぶん近づいて来たな」
「そうね」
ゆっくりと言っても自転車でゆっくりだ。ずいぶん近づいた。肉の塔までの距離は、身長から概算したところ三十キロメートル程度と予測していた。それほど間違っていなかったようだ。概算の際この星の直径を地球と同じと仮定したので、ここはそれほど半径が違わない星のようだ。
近づきつつある肉の塔は名前通りの物だった。後二十メートルほどの場所まで近づいたところで止まり観察する事にした。直径十メートル、高さ五メートルほどの細胞塊の上に小さな建物が乗っている。少し細胞塊は震えているが、建物自体は振動してない。建物と言っても立方体の形をした白い塊にドアが一つあるだけのシンプルな物だ。
「さてとどうする?」
「私の方が軽いから、あなたを足場にしてジャンプして上に移って、上からロープを下げるのでどう?」
「了解、お姫様」
二人とも自転車を降りると、肉面にそっと倒して置いた。残りの二十メートルは歩いて行く。肉の塔の二メートルほど前まで来た。
「じゃ、ジャンプするから。足場になって」
「了解」
両手をバレーボールのレシーブの時のように組んで軽くかがんだ。そう考えてからバレーボール自体を知らないのに気がついた。私に入っている情報は結構いい加減らしい。ただ、足場としては使える格好なのでそれ以上考えるのはよした。アリスは背中のリュックを肉面に置いた。たしかに背負ったままでは私の顔に当たってジャンプの方向がずれそうだ。
「じゃ、行くわよ」
アリスは軽く飛び跳ねて、両足を私の組んだ手のひらの上にのせた。
「とう」
かけ声をかけて、足を思い切り蹴り飛ばす。私もタイミングを合わせて両手を跳ね上げる。反動で私の両足は肉面に少し食い込んだが、沈み込むほどでは無かった。アリスは綺麗に舞い上がった。金色の髪と銀色の肌が陽光にきらめいて妖精のように見える。作成者の美的センスかモデルがいいのか、ともかく美しい。そして金色と銀色の妖精は、建物の屋根に舞い降りた。
「辺りを確認するわ」
「了解」
アリスは周囲を見渡した。特に変わった物は見えないそうだ。四つん這いになると屋根を触って調べ始めた。
「屋根の素材はセラミック。私達が入っていた卵と同じ素材だわ」
「厚みは?」
「二十センチメートルぐらい。ただ卵と違って、壊れるように出来てない」
「じゃあ、ドアから入るのがよさそうだな」
「そうね」
アリスは今度は屋根の端までゆっくり行って下をのぞき込む。
「建物の周辺は三十センチメートルぐらいコンクリートみたいな物で整地されてるわ。整地というか、蓋というか。とりあえずまずは上に来ない?」
「了解」
私の返事と共にアリスは立ち上がった。
「OK、いいわよ。ロープ投げて」
私のリュックに入っているロープを取り出し、先端に水のボトルをくくりつけ投げ上げた。ボトルはほぼアリスの目の前にとんでいったので、簡単につかめたようだ。
「引っ張り上げるから私のリュックもお願いね」
「はいはい、お姫様」
建物の上に上がると周囲がよく見えた。とは言っても肉平線とEVを置いてある砂浜ぐらいしかみる物は無い。建物はセラミック製で表面の色が少しくすんでいる。表面がざらざらしているのは滑り止めかもしれない。出来てからどのくらい時が経ったかは判らない。
「さてと、中に入りますか」
「そうね」
建物の屋根の端にきて下を見る。私が引っ張り上げられた時、肉面に被さったコンクリート状の床を軽くけってみたが、感触はしっかりした物だった。多分おりても大丈夫だ。どっちが先に降りるかだが、何でも先にやりたがるアリスが先に降りる事になった。無論私の方が軽いからという理屈をつけてだ。
「じゃ、ロープ持っていて」
了解お姫様というのも飽きてきたので、黙々と作業をすることにする。アリスはリュックを屋根に置いたまま、ロープの中頃を握った。片方の端を私が腰に巻いて踏ん張る。アリスはロープの反対側を投げ下ろした。ロープが建物に当たる硬い音がする。アリスはロープを掴みゆっくりと建物の壁を蹴りつつ降りていく。すぐに下に着いたらしい。ロープが少し軽くなる。
「この足場結構しっかりしている。体重かけてみる」
「少しずつだぞ」
「了解」
声と共に手にかかる重みが少しずつ軽くなる。やがてロープの重みしかしなくなった。
「問題無いわ。降りてきたら。屋根と同じ素材だし、厚みもたっぷりあるわ。二人乗っても大丈夫よ」
「じゃあ、リュックを降ろすよ」
ロープを腰からほどく。出来れば屋根に固定しておきたいが、出っ張りはまったく無い。仕方ないのでロープを私のリュックに入れた。アリスのリュックを持って屋根の端まで行く。上からのぞき込むとアリスが投げキッスをしてきた。とりあえず無視をする。
「ドアを開けてからの方が良くないか?」
「その前に投げキッスしたんだから反応してよ」
「はいはい、素敵でございます」
「もう。ともかく降りてきて。ドアが開かないのでお知恵を拝借したくって」
「わかった」
まず屈んでリュックをアリスに渡した。その後足から下へ降りた。建物の表面がざらついているおかげで、滑りにくい。建物の屋根の端に手でぶら下がった後、思い切ってそのまま飛び降りた。着地した感触はしっかりした物だった。
「ねっ。ずっと下までセラミックみたいよ」
「そうだな」
屈んで下を触ってみる。厚みは五十センチメートル以上ある。今度は立ち上がると目の前にドアがある。ガラス窓などは無く、内部は見えない。ドアに触れてみるとこれもセラミックだ。ただ厚みは二センチメートルほどだ。ドアの向こうには空間があるようだが、それ以上は判らない。ドアノブも白いセラミック製だ。
「あれ」
ドアノブを回すと、何か外れるような音がした。
「開きそうだぞ」
「私も回そうとしたけど」
「二人がドアの前に立つと鍵が開くのかもな」
「センサー付きね。入ってみる?」
「その為に来たんだろ」
「そうだけど、鍵が勝手に開いたらその向こうに待つのは罠、それがセオリーよ」
「考えすぎさ」
「じゃあ、お先にどうぞ」
「はいはい、お姫様」
私は肩をすくめるとドアノブを押した。殆ど音も無くドアは内側に向かって開いていく。建物の中は暗かった。外からの光で見たところ何も無くがらんとしている。視野を赤外線に切り替える。
「ほう」
「何?」
「車のシートみたいなデラックスな椅子が二つある」
「どこどこ」
アリスは私を押しのけて、建物に入っていく。自分で罠があるとか言っていたのにのんきな物だ。まあ、好奇心があると言ったほうが怒られないだろう。アリスに続いて建物に入った。車のシートという第一印象はほぼ正しい。リクライニング機能付きの車のシートが床に固定されている。向かって右側のシートの椅子の肘掛けの上に操作パネルのような物がある以外はただの椅子だ。
「これ、何かしら」
「転送装置の椅子なんだろ」
「何か投げやりね」
「まさか椅子が二つとは思わなかったからな。で、どうする」
「転送装置なら行ってみましょ。二人一緒に」
「そうだな。君とどこまでも」
「そういうこと」
アリスはにっこり笑うと椅子を調べ始めた。その場で立っているのもなんなので、反対の椅子を調べる事にした。私の調べている椅子は本当に単なるリクライニング機能付きの椅子らしい。配線らしき物も表には出てない。
「座ってみるよ」
「いいけど、一緒に座らない。転送のトリガーだったら困るし」
「了解、お姫様」
屈んで調べていたアリスは立ち上がるとわざと腰をふりふり椅子の前に立つ。
「ねえねえ、もしこれがなんかの罠で二人とも破壊されたら心残りでしょ。最後にする?」
「インフォマニア」
「ひど~い。こんな美人が誘ってるのに。いいもん。向こうに着いたら捨ててあげるから」
「はいはい」
「まあ、いいわ。じゃあ準備して。カウントダウンは三から。ゼロになったら座る。いい?」
「いいよ」
アリスも椅子に座れるように前を向く。私も横に並んだ。
「手つながない。もし転送先が違ったら困るでしょ」
転送先が違ったらどちらかの手が切断されそうだが、それを言うのは野暮だろう。私はアリスの右手を左手で握った。
「じゃ3、2、1、0」
二人で同時に座った。
「何もおこんない」
五秒後アリスが声を上げた。
「まあ、操作パネルはそっちだろ。操作してみたらどうだい」
「そうね」
少し不安なのか右手は離さず、アリスは左手だけで操作パネルをいじり始めた。
「あっ、ついた」
部屋が操作パネルのディスプレイの照り返しで明るくなる。
「えっ、秒読みを開始しますだって」
「中止は出来ないのか」
「判らない。もう行きましょう。シートベルト締めて」
「おう」
私とアリスは慌ててシートベルトを締めた。四点式のシートベルトなので少し時間がかかったが、何とか締め終える。それがトリガーとなったらしい。操作パネルから声が聞こえた。そしてアリスが手をつないできた。
「5、4、3、2、1、0」
辺りがぐにゃりと変形した。
つづく
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