幼いころ、母親と買い物に行く時、いつも寄る場所があった。
週に一度訪れる大きなスーパーの屋上には屋上遊園地があり、ゲームコーナーとスナックコーナーが展開されていた。
ここで、母はいつもコーヒーのアイスクリームを買って食べるのだ。
ここで、私は50円のわたがしを作って食べるのだ。
スナックコーナーの横には、わたがしを作る機械が置いてあって、50円玉を入れるとザラメが投入され、見る見るうちに雲のようなわたあめが溜まっていくのだ。
それを、機械横に置いてある割りばしで巻き取って、食べるのである。
綿菓子製造機には、綿菓子の作り方という説明書きが書いてあり、その通りにしてみるものの、まるでうまく作ることができず、ぺちゃんこのフェルト生地のようなものが完成した。
「ハハハ、何それ、変なの。」
母親の笑い声が多少気になったものの、わたがしそのものは美味しかった。
不格好なわたがしづくりがすっかり身についたとある日、先客がわたがしを作っているのを見た。
いつもは、自分と似たり寄ったりの不格好なわたがしが完成するのだが、その日は違っていた。
綿菓子製造機の説明書きには、たまってくるわたを、割りばしで掬い取るように絡めましょうと書いてあった。
綿菓子製造機を動かす人は皆、その説明書きに従って、わたがしを作るのが常であり、私もそれを律義に守っていた。
ところが、その日の先客は、割り箸を上下に動かすことなく、機械の器の縁の部分に置いたまま、指先で軸をくるくると回していたのだ。
割り箸を軸にしてわたが絡まり始め、クルリクルリと実にテンポよく回って、大きな丸いわたがしになっていくのを目の当たりにした。
わたがしづくりの技術が飛躍的に向上したのは、言うまでもない。
その日以降、私は丸くてふわふわで大きなわたがしを作ることに夢中になった。
割り箸を回す速度、絡めるべきわたのポジショニング、割りばしを回し始めるタイミング……。
いつしか、完璧にわたがしを作れる、プロフェッショナルとなったのだ。
高学年になって、お小遣いを握りしめてゲームコーナーに行き、何度友達のために丸いわたがしを作った事だろう。
噂が噂を呼び、他学年の子供まで一緒になって、ぞろぞろとゲームコーナーに向かった日もあった。
私が中学になる頃、大きなスーパーは閉店することになり、綿菓子製造機もなくなってしまった。
私は、プロの技を披露する場を失ってしまったのである。
ずいぶん時間がたったある日、思わぬところで技を披露する機会がやってきた。
焼肉の食べ放題店に、幼い私が夢中になっていた綿菓子製造機が設置されていたのである!!!
値段も変わらず、50円だった。
幼い娘の目の前で、自分の技を披露する事となった。
おりしも、私が初めて綿菓子製造機と出会った頃の学年と同じである。
ガチャン、ばん!ごぉおおおお……
50円玉を入れると、ザラメが自動で投下され、内部の機械が豪快に回る音が響いた。
みるみる白い雲が溜まってゆく。
それを、くるくると軽快に割りばしで絡めとってゆく……。
「うわあ!!!!すごい!!!!」
まんまるの、大きなわたがしが完成した。
私のテクニックは、20年の時が過ぎても失われることはなかったのだ。
「お父さんもやるー!!!」
旦那もわたがしづくりにチャレンジしたのだが、昔私の作ってしまったフェルトのようなものしか作れなかった。
「ハハハ、なにそれ、変なの……。」
思わず笑ってしまって、はっと気が付いた。母親と同じセリフを、吐いている。
「いいじゃん!!!形は変だけどおいしいもん!!!」
私は何も母親に言い返さなかったが、旦那はしっかりと私に言い返してきた。
そうか、こういうところが、違うんだな。自分と旦那の違いをぼんやりと認識した。
それ以降、わたがしづくりは私の担当となった。
上手に作れる人がいると、人というものは、頼ってしまいたくなるらしい。
「お母さん、お願い!」
「はいはい。」
わたがしづくりは、嫌いではない。
「つくって。」
「はいはい。」
むしろ、楽しいし、大好きだ。
「お母さん、助けて!!!」
「……はい?」
だが、限度というものがあってだな!!!
なぜか、子供会のわたがし屋でフラワーコットンキャンディを作る羽目になるとかさ!!!
なぜか、市民祭りでジャンボわたあめ作る羽目になるとかさ!!!
二・三本のわたがしならいくらでも快く引き受けよう、だがな!100本も作ると、衰えつつある肉体の方が悲鳴を上げる羽目に―!!!
「いやー奥さん、めちゃめちゃ上手ですね、旦那さんから教えてもらってさあ、いやーホント助かる、ありがと!!!」
「は、ハハハ……!!!」
そして私はまた何も言い返せず、乾いた笑いを返すだけにとどまり―!!!
「お母さん、納涼祭りも頼むねだって―!!!」
「ちょ!!!何勝手に頼まれてきてんだ!!!!」
今年も私は、腱鞘炎になることが……決定している、模様で、ある。
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