そう言いながらヘストはバッグからパソコンを取り出し、
『俺の好きなVtuberは雛菊アスカだ。普段はアスカのアプローチを拒否しているが、アレは本当に好きになってしまわないためだったんだ。すまない、ファンの皆』
再生したのは俺の声だった。
「何だよそれ!!!」
しかし俺は決してそんな言葉を放ったことは無い。そもそもそんな気持ち等一切ない。
「さっき言った通り僕が作ったよ」
「音声加工技術にも限度があるだろ」
いくら音声を加工したとしても人間そのものの声を作り出すのは現代の技術じゃ不可能だ。
最近はVtuberを元にした音声ソフトが誕生しており、確かに本人の声に似ているのだが、作られた物であるという所からは抜け出せていない。
だが今流されたのは俺の声そのもの。機械で作ったとは微塵も感じさせない完璧な出来の物であった。
「得意だからね。ちなみに他の人のもあるよ」
そう言ってヘストはイベントに参加しているメンバーの音声を次々に流し始めた。
全て本人の声にしか聞こえなかったが、どれもこれも流石に本人が言うわけがない言葉ばかりだったので作ったと考えるしかない。
「すごいな……」
言わせている言葉はアレとして技術には感服せざるを得ない。
「ちなみにチャンネルに色んな人の音声があるから見てね」
「ああ、見てみる」
「で、本題に戻るんだけど、一番かわいい人を教えてくれるかな?」
「でもそれとこれとは関係ないだろ」
一応俺が言ったわけではないと否定すれば炎上は回避できる筈だしな。
「まあまあ、考えてみてよ。僕のチャンネルに一番かわいい人は誰かを正直に話した動画が上がってもさ、それを皆ヤイバ君が言ったって信じると思う?」
「どういうことだ?」
「言葉の通りだよ。僕は色んな人の声を加工して作ることが出来るんだからさ、君が本当に言っていたとしても僕が作った偽物だと勘違いしてくれるよ」
「なるほど」
確かにヘストが俺の声を作ることが出来るのなら今ここで誰かを指名したとしても炎上することはないな。
もし俺が本当に言っていると思われたところで否定すれば納得してくれるはずだ。
「ってことでさ、ささっと言っちゃってよ」
「そうだな、一番かわいいのはな……って危ない。何言わせようとしてるんだ」
危うく口車に乗っかる所だった。どの道言ったら駄目だろ。
「なるほど。水晶ながめちゃんだね。やっぱり歳が近い方が良いのかな?でもあれか。雛菊さんとしょっちゅうコラボしてるしそういうわけでもないのかな」
「何故決めつけてるんだ!」
まだ何も言ってないだろ。確かにかわいいのはながめと言おうとしたが、言ってないだろ。
「言ったじゃん。な……って。今回なが付く女の子ってあの子しか居ないよ?」
「くっ……」
まだギリギリバレていないと思っていたのに。こいつ目ざといな……
「あ、認めるんだ」
「もう言い逃れは出来ないだろ」
そもそも録音されているんだから後から聞き返されたらバレるしな。
「なるほどね」
「ただ、ネットに上げるなよ」
正直ネットに上がっても問題は無いが、念のために釘を刺しておく。
「大丈夫だよ。録音はしてないし」
「は?じゃあ今のやり取りはなんだったんだよ」
俺の文句を聞いたヘストはスマホを操作して、
「良いよ」
とスマホに語りかけた。すると、
『これはこれは良い話を聞かせていただきました』
『ナイスヘストちゃん!』
『これは有能』
と見知らぬ女性の声が複数聞こえてきた。
「誰だよこいつら」
声が良いのでVtuberか歌い手あたりの人としか予測がつかない。
『『『『%&$#%#“”#$%&‘(!!!!』』』』
「同時に喋るな」
恐らく自己紹介をしているのだろうが、同時に話しているせいで何も聞き取れない。
『『『『%&$#%#“”#$%&‘(!!!!』』』』
「学んでくれ」
自らの主張が激しいのか、俺の指摘を受けた後も我先にと自己紹介をしていた。
「僕が紹介するね。今rescordで通話しているのは『ゆめなま』の人たちだよ」
「ながめの所属事務所か」
「そうそう」
「そいつらがどうして通話に居るんだよ。話したことすらないぞ」
なんなら相互フォローになっているかどうかすら怪しい。
『それは勿論ながめちゃんを応援するためさ!』
するとやたらキザな口調の女がそう言ってきた。
「応援って」
『当然恋愛だよ!是非とも君とながめちゃんにはくっついてもらいたいんだ!』
「お前ら一応アイドルだろうが」
『大丈夫!私達芸人集団って言われてるからね』
「開き直んな。せめて志はアイドルであれ」
本人が自分の事を芸人だと言い始めたらアイドル終了だぞ。
「というわけで、ゆめなまの皆に頼まれて通話をしていたんだよ」
「なるほどな。じゃあ録音はしていないんだな」
「勿論。個人的に気になるから毎回こういう質問を皆にしているけど、流石に媒体には残さないようにしてる。危ないからね」
「はあ……まともに付き合わなければ良かった」
「じゃあ、切って良いかな?」
『うん!』
『またね!』
『良いよ!』
「またね~」
そう言ってヘストはスマホをタップし、切断した音が聞こえた。
「ってわけで、今後は色々されるかもね」
「面倒なことになったな……」
葵をからかいたいという都合上、決して正体がバレてはいけないというのに。
恐らくあの感じだと俺と葵をリアルで対面させようとしてくるよな……
厄介な敵を作ってしまった。
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