「急にお前らどうした?」
配信開始から30分後、突如としてコメントの速度が速くなった。
「……は?」
その理由は、水晶ながめのそっくりさんこと柴犬が俺のツリッターにリプライを直接飛ばしてきていたというものだった。
配信で触れた手前、無視するわけにはいかないので読むことにした。
「ふむ、裏で通話しませんか?との誘いか。それも俺と?」
どう考えても話す相手は俺ではなく水晶ながめだろ。
「とりあえず受けてやるか。何か進展するかもしれないしな」
この炎上を解決する糸口となればラッキーだからな。
流石に水晶ながめがずっとあの調子だと俺が困る。
というわけで良いぞとリプライに返信すると今からやりましょうと返ってきた。配信中なんだが。
配信終わってからにしてくれとだけ伝えて配信を再開しよう。
「じゃあやるぞ」
それからは一切柴犬に触れることなく配信を続けた。
そして終了後、DMに来ていたRescordのIDからフレンド申請を送り、フレンドになったので即通話をかけた。
『やっと来てくれたね、ヤイバ君』
通話に出た柴犬は、水晶ながめに似た声で俺を水晶ながめと同じ呼び方をしてきた。
「よろしく、柴犬」
初対面でそんな言い方をしてくる30前後の女性等怪しすぎるので斎藤一真としてではなく、九重ヤイバとして接することにした。
『そんな別に配信の時みたいな口調じゃなくても良いよ?素だと全然違うのは知ってるからさ』
柴犬は俺の素をまるで知っているかのような口ぶりで話してくる。
「俺は元々こういう喋り方だ」
『そんな適当なこと言っちゃって。私の事嫌いになった?』
「初対面なんだからそもそもお前の事を好きだったことは無いが」
『いやいや、酷いなあ。何度も何度もお話ししたり遊んだりしたっていうのにさ』
「いつどこでだよ」
『ほら、配信でいっつも話してるでしょ?分かるよね?』
なるほど、そういうことか。
「お前は自分の事を水晶ながめだと言い張りたいわけか」
『言い張りたいわけじゃないよ。だって本物だもん』
「何が目的だ?」
『目的も何も仲良くさせてもらった相手にこの話を伝えておかなきゃなって思ったからだよ』
もしかしてこいつ本当に俺を騙せるとでも思っているのか?
「じゃあ水晶ながめのアカウントで連絡して来いよ」
『そんなことしちゃうと事務所にバレちゃうじゃん?そしたら懲戒解雇待ったなしだよ』
「別に仲の良い相手に正体をばらすくらい良いだろ」
Vtuberというものは前世が存在しようがしまいが解雇の理由にはなりえない。
そもそも事務所所属のVtuberは前世を持っている人の方が多いからな。
まあ、水晶ながめに前世などないが。
『ダメダメ。私はこの機に柴犬としての知名度を伸ばす気なんだから』
「どうしてだ?水晶ながめとしての活動は軌道に乗っている筈だが?」
最近チャンネル登録者数は60万を超え、高校生どころか社会人としても十分すぎるほどの収入を得ている。
ここ最近葵が夕食を担当した時の食材に高級食材が混じっているのが何よりの証拠だ。
キャビアみたいな露骨な食材は出てこないが、肉は国産のスーパーで一番高い牛肉が殆どだし、魚は出てくる頻度が増えた上に鯛や鱚、タコと明らかに季節も値段も気にしていないであろうチョイスが増えた。
葵は気付かれていないと思っているだろうがな。
『確かに軌道に乗っているよ。水晶ながめとして稼いだ額は大きいと思うよ。でも、それが全部懐に入ってきているわけじゃないのはわかるよね?』
一般的に企業勢Vtuberは多大な支援を受けられる代わりに収入の一部を企業に渡す必要がある。
「それは知っているが、ゆめなまはマシな方だろう?」
とはいってもゆめなまは優良な方で、他事務所よりもVtuberの取り分が多いらしいとアスカから聞いた。
『まあそうだね。でもそれはVtuberの中のお話。Vtuberじゃない普通の配信者だったら5%位でサポートを受けられるところもあるし、なんならVtuberよりもお金がかからない』
どうやら柴犬はもっとお金が欲しいという理由で通そうとしているらしい。
「だから柴犬を有名にしたいと」
『そういうこと。水晶ながめが私は柴犬じゃありませんって声明を出してすっとぼけている内に視聴者をこっちに誘導して頃合いになったら辞めるって寸法だね』
水晶ながめ=柴犬でも極悪な話だが、別人なんだからより極悪な話である。なりすましからの乗っ取りのわけだから。
もしかして辺見にリークしたのも柴犬本人か……?
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