「まあ良いんじゃない?ほら、ながめちゃん凄い美人だったし、同い年だし、滅多にいない同業者だし。何なら最大手事務所所属だから不安定な業界の割には将来が安定してるしね。Vtuber九重ヤイバとしては最高の相手じゃない?」
確かにそうだけども。
「何言ってんだ。バレたらどっちも死ぬぞ」
Vtuber界隈だと同業者の方がよっぽど不味い物件だろ。
「大丈夫大丈夫。君達は前世が無いだろうだから顔バレしてないし。外でどれだけ遊んでもバレないって」
「前世っておい」
前世。一般的には人間として生まれる前は何だったかという占いや宗教以外では耳にしない言葉。
しかしVtuber業界で前世というと、現在のVtuberになる以前にやっていた配信者活動の事を指す。
顔出しは特殊な例以外では完全NGとされているVtuber業界ではかなりデリケートな話題であり、Vtuberに直接その話をするのは一種のタブーとされている。
のだが、こいつはあっさりと触れてきやがった。
「まあまあ、君達の場合は関係の無い話なんだし。いいじゃんいいじゃん」
「確かにそうだが……」
確かに俺と水晶ながめはVtuberになる前に配信者として活動していた経験はない。
しかしそういうのは裏でも話さない方が良いだろ。ふとした時にぽろっと話に出たらどうするんだ。
「で、どうなの?」
「別に何もない。仲は良いから定期的にコラボは行うと思うが、そういった関係になることはない」
羽柴葵と斎藤一真が結ばれる可能性は当然ある。
しかし、水晶ながめと九重ヤイバが結ばれることは未来永劫あり得ない。
「あら、残念」
「だから俺とながめをくっつけようだなんて変な気は起こそうとするなよ?」
「——わかったよ」
「なら良い」
話の分かる男で良かった。
「じゃあ別の話をしよっか。あのさ——」
それから俺とヘストは休憩が終わるまでの間、VALPEX等のゲームの話をして過ごした。
「マスク、良し。眼鏡、良し。染髪、良し」
俺は次の場所へ向かう前、関係者専用のトイレで自分の身なりを確かめていた。
「これなら恐らく大丈夫だろう」
どうして俺はここまで気合が入っているのか。
それは、次の仕事が水晶ながめとのトークイベントだからである。
最初のワードウルフの際は大人数だったことと、お題が万が一にも見えてしまわないようにという理由でながめとの距離がかなり遠かった。
しかし、今回はながめと俺の一対一であり、俺達が話す場所はラジオブースのような形になっているらしい。
つまり真正面から水晶ながめと向き合う事になる。
一応観客を見るためのモニターが間に設置されているらしいが、そこまで大きくないので姿勢よく座れば余裕で顔が拝めるようになっている。
だから俺は変装をしてバレる可能性を減らそうとしているのだ。
今俺は黒いマスクに赤いフレームの眼鏡、服は先日アスカと選んだ葵が知らないもの。
そして髪は一日だけ染められるやつで真っ青だ。
そんな俺は普段白いマスクしか付けないし、そもそも裸眼である。その上染髪は校則で禁止されているので、あの葵ならば俺が斎藤一真であると気付くことはないだろう。
「では行くか」
俺は気を引き締めてからラジオブースへと向かった。
「どうも、九重ヤイバだ」
「あ、よろしくお願いします!どうぞこちらへ~!」
ラジオブースの前に着くと、スタッフの方が何の疑いも無く出迎えてくれた。
確かに服と髪は来た時から変わっていないが、黒いマスクと伊達眼鏡をかけてきたんだから本人確認はした方が良い気がするんだが。
いや、そもそも青髪は珍しいから判別つくか。
俺はスタッフに促され、席についた。
どうやらながめはまだ到着していないらしい。
「こんにちは~!」
それから数分程台本を読んで待っていると、女性が一名ラジオブースに入ってきた。
水晶ながめこと羽柴葵である。
着ていたのはグレーのパーカーにデニム。シンプルだからこそ美人な葵に良く似合っている。
まあ葵のお気に入りなので見慣れているから感動はあまりないのだが。
いつもと違う点といえば、水色のマスクを付けて、真っ黒なサングラスを掛けている所だな。正直かなりダサい。
もっと言えば不審者である。
いや、まあ目的は何となくわかるんだけどな。
九重ヤイバとファンとして接する際に全力でおしゃれした姿を見てもらいたいんだろう。
この間ヤイバ君と話すときに全力で着飾って可愛いって言って貰うんだと意気込んでいたしな。
今の服は葵のお気に入りではあるが勝負服ではないしな。恐らく本命は楽屋に置いてあるんだと思う。
「今日はよろしくね、ヤイバ君」
「ああ、よろしく」
ながめは先に席に座っている人を九重ヤイバだと判断したらしく、挨拶してきた。
どうやら俺が斎藤一真だとバレていないようだ。節穴かよ。
気付かないにしても俺の格好に突っ込めよ。一見ただの不審者だぞ。
「それでは本番1分前で~す!」
そんな不審者2名がマイクの前に座っている事に一切の違和感を覚えていないスタッフの方々はそのままイベントを開始させようとしている。
せめてマスクは外すように指示しないか?
機材トラブルで画面上のキャラクターを動かすために使っているカメラの映像が出たら不味いとか考えているのだろうか。
そもそもVtuberは顔を隠していたら何も動かないぞ。
「ながめ、マスクとサングラスは外しておけ。カメラが機能しない」
「あ、そうだった!」
仕方ないので俺がながめに呼びかけ、マスクを外させた。
ちなみに俺はマスクを付けたままである。今回使う衣装は忍者風で、顔を布で覆っているものである。そのため俺はマスクがあっても支障はない。
デビュー2,3か月位の時期に冗談半分で樹に発注しておいて良かった。
「それでは5秒前!4,3,2,1,スタートです!」
スタッフの合図と共にモニターの電源が入り、観客の姿と共に声がヘッドホン越しに届いてくる。
『ワ~~!!!』
『うおおおおおお!!!!』
『ヤイバ~!!』
『ながめちゃ~ん!!!!』
「っ!」
観客の生の姿なんて初めて見るはずなのだが、どう考えても見覚えしかない顔が数個あった。
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