そう言うと皆は生暖かい表情でそれぞれ顔を見合わせていた。
「何?」
「お似合いカップルには末永く幸せに仲良く居てほしいじゃん?」
「Vtuberを辞めても関係は続くだろうけど、やっぱりVtuberでいてほしいじゃん?」
「……もしかしてみんなカプ厨だからってこと?」
「大体そう言う事だな。クラスメイトの恋愛事情って楽しいだろ?そんな楽しいコンテンツを潰すなんて良くないからな!」
「ええ……」
こいつら楽しさに全力を捧げすぎだろ。そんな理由でここまで殺気立つのかよ。
「ってことでサクッと解決して仲をより深めてくれよな!あわよくば同棲までしてくれることを歓迎するぞ」
「歓迎しないで。別に付き合っているわけでもないんだから」
「え!?違うのか?」
「当然違うけど」
「あの仲の良さと距離感で!?呼吸の合い方で!?」
「そんな合ってた……?」
仲の良さも距離感は健全そのものだったし、呼吸は別に合っていなかった気もするが。
……ん?もしかしてこいつら水晶ながめが葵だって気づいているのか?
クラスでも葵と俺が幼馴染だって話は隠していないし、仲良くしている姿もたびたび見せていたしな。もしかしてそれを見てってことか?
「ねえ、少し気になったんだけどさ、もしかして水晶ながめの正体って俺が知っている人だったりする?」
「いや、知らないけど」
「どこかの女子高生って事しかわからん」
「そう……」
というわけである程度ぼかした上で聞いてみたが、全然違った。そりゃそうか。
……いや、そこまで熱量があるなら知っていてくれよ。普段の声と全く同じ声だろうが。
その後、皆から柴犬をしっかり叩き潰すことを頼まれ、協力が必要ならいつでも手伝ってくれると言われてその会は終わった。
ちなみにカプ厨の対象がアスカじゃないのかと聞いてみたところ、アスカはカップリングとしては何か違うと言われた。
別に違って良いのだが、何が違うのかは正直よく分からない。やはり年齢差か?
その週の土曜日、九重ヤイバの中の人として柴犬とコラボする日になった。
「頑張ってくれ。そして皆のながめちゃんを取り戻してくれ」
ながめが心配なあまり、樹は配信部屋に来ていた。
俺がしっかりやれるように激励することが目的なのだろうが、放っておいたら勝手に倒れてしまうのではないかと言わんばかりに顔面蒼白で震えているので全く激励になっていなかった。宮崎さんと俺の初配信ですらそんなことになっていなかったのに。
「そんなに震えなくても大丈夫だって。安心して」
「あ、ああ。本当に頼んだぞ」
「分かったから。さっさと外に出て」
そろそろ時間だったので樹を部屋から追い出し、Rescordを立ち上げた。
するとそれを待っていたと言わんばかりの速度で柴犬が電話をかけてきた。それも九重ヤイバのRescordの方に。
九重ヤイバの中の人である友人Yとしてコラボするという名目になっていたのでわざわざ別のアカウントを作った筈なのだが。
スルーも考えたが、一旦取ることにした。
「もしもし。どうしてこっちなんだ?」
『あ、ヤイバ君来てくれたね!ありがとう!!』
「柴犬?今日は友人Yじゃなかったか?」
『あ、そっか。今日は友人Yだったね。ごめんごめん』
「そしてどうしてこっちに掛けた?」
『どうしてって配信をするためだけど?当然じゃん』
「そういう意味じゃない。どうしてこのアカウントに通話を掛けた?」
『え?ああ、つい癖で。ごめんごめん。まあ通話画面を配信で出すわけでもないし、別に大丈夫だよね?』
すっとぼけたフリをしているが、どう見てもわざとである。
ほぼ確実に配信中にヤイバ呼びを挟むし、通話画面を配信にだすだろう。コラボ相手が本物の九重ヤイバであることを示し説得力を高めるために。
「……まあそうだな」
ここで柴犬を否定してしまうと確実に疑われてしまうので流すしかなかった。
『じゃあ今日の配信の最終打ち合わせだけど、事前に送ってもらった回答を元に調整していこっか』
「ああ」
それとなく前世を打ち明ける配信ということもあり、かなり入念な打ち合わせが行われた。
どのタイミングで九重ヤイバ、水晶ながめの要素をうっかりを装って出すのか、どの質問でうっかり事務所への不満を言ってしまうのか等、柴犬はかなり細部までこだわっていた。
水晶ながめの偽の前世となり、本物と成り替わるために相当入念に準備していたのだろう。
俺たちからしたら水晶ながめの人生がかかった配信だが、柴犬からしたら柴犬自身の人生がかかった配信なのだ。声が似ているからと手を抜くわけが無かったか。
それから30分後、打ち合わせが無事に終了した。
『Vtuberをやっている友人Y君、コラボを始めよっか』
「ああ、柴犬。始めようか」
そして、配信が始まった。
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