前向性健忘症(ぜんこうせいけんぼうしょう)、それが彼女、森目叶向《もりめかなた》の持つ症状だ
ある時点以降の記憶が阻害され、思い出せなくなってしまう
彼女の場合、眠って起きると前日の記憶がすべて失われてしまうのだ
自分の名前、年齢、住所、電話番号、家から学校への道のり、など基本的なものは覚えているらしく、人間の記憶は何とも不思議なものだ
症状が始まる以前の記憶はなくなったわけではない(といっても幼い頃の話だからという症状とは別の理由でほとんど忘れてしまっている)みたいで、自分の名前や親の名前などを忘れることはない
しかし年齢は毎年変わるし、家から学校への道のりなんてのは症状発症以降の記憶だろうと思われるかもしれないが、彼女の場合、何度も何度も繰り返し、同じ記憶が刺激されることで覚えてしまうこともあるようだ
全てそうだというわけではない 覚えられるものもあれば、覚えられないものもあり、その基準もよく分かっていない 症状だけで括れるものでもなく個人によっても事例は様々 まだまだ未知の症状である
「ごめんなさい、誰ですか?」
まあ僕は忘れ去られてしまったんですけどね...
「印田凜真《いんだりま》だよ 昨日転校してきたんだ」
「転校生ですか? すみません、私眠ると前日の記憶がすべてなくなってしまうみたいなんですよ 昨日私と何かお話ししました?」
「あー」
言うか迷ったけど
「付き合ってくださいって」
「はい?」
「森目さんに付き合ってくださいって言われて、僕たち付き合うことになったんだよ」
「嘘つかないでください!!!!!」
怒鳴られた。
「あの...嘘じゃなくて...」
「私知ってるんです 私の記憶がないのをいいことに、あることないこと言い聞かせて、悪いことする人がこの学校にいるってこと! ずっと前に私の彼氏だと嘘ついて私に無理やりキスしようとした人がいたから気を付けてって今朝お母さんが言ってました! あなたなんですね!!?」
「ち、ちがうよ」
「私の彼氏だっていう証拠はあるんですか!?」
「あ、はい」
僕はスマホで撮った一枚の写真を見せた
「これって...」
昨日の放課後、彼女をとある場所まで着れていった
「この公園、私なんか知ってるような...」
「ここで僕たち初めて会ったんだよ」
「え?」
「公園で男の子にいじめられてた森目さんを僕が助けたんだ」
「ほんとに!? 私凜真に助けられてばっか」
名前呼び...! そして森目さんは基本的に敬語を使っていたが、親しくなってくると砕けた言葉を使い始めた かわいい
「そしたら森目さん、あなたのこと忘れないって」
「...ごめん 普通に忘れちゃってたね」
「いいんだよ あの言葉、自分に言い聞かせてたんじゃないかな 明日こそは全部覚えててやる!って」
「...今日のことも全部忘れちゃうのかな」
「...」
「凜真に助けられたことも、こうして凜真の彼女になったことも 何度助けられても、やっぱり忘れちゃうことは変わらないのかな...」
「思い出させてやる!」
「え?」
「僕が思い出させてあげるよ!何度でも!もりm...叶向が僕のこと何回忘れても!」
勢い余って名前呼びしてしまう
「ッ...」
「そして、いつか僕のことを忘れないくらい楽しい思い出で叶向の記憶をいっぱいにして、次の日も、その次の日も、覚えててもらうんだ」
「いいね、それ ひとまず忘れられない思い出その1!」
そう言って、彼女は昔のように僕の頬にキスをする
「写真撮って!」
「え?」
「写真撮って明日の私に見せてよ! 明日の私、彼氏ができたなんて信じないと思うからさ この写真見せて私に凜真のこと、彼氏だって認めさせて!」
「そんな話あり得ません! 無理やりキスさせてそれを撮ったんですね!」
全然信じないやんけ~~!
続く
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