『久しぶりだな、ゴルディ』
『……ふ、うふふふふ!!』
2か月ぶりの対面だった。
ゴルディは以前と変わらぬ高圧な――いや、かなり焦りを見せている。
『まさか、魔力無しの人でなしが、またのこの国に現れるなんて……!』
『ゴルディ様、隠れてください!』
手を引かれ、壁に向こうに隠れるゴルディ。
「閣下。さっき女はなんと?」とラルク。
「……かなり怯えている。警戒を」
「わかりました」
ラルクはライフルを、壁の向こうに潜むゴルディに向けたまま、ゆっくりと進む。
その様子を、壁越しに見ていたのか……
『このっ!! 汚い亜人風情が!! 王都に踏み込むとは! 今すぐ立ち去り――』
『いけません! ゴルディ様!』
前に出ようとする太后を、ウィルが止める。
『なにを――』
『やつらは一方的に、遠距離から我々を殺せる。我々はそういう時代から来たんです!!』
『………』
ゴルディは歯ぎしりする。
だがウィルフレッドの言葉を受け入れたのか、身をひそめた。
そんな彼女に、早苗は逆に近づく。
『ゴルディ。あなたが見たがっていた、僕の世界の文明はどうかな』
『……っ! 貴様っ』
『もう10世紀遅れの君の文明では、僕らに勝てない』
『っ!! 兵士たちは何故来ないのです!!』
城の鐘は鳴らない。見ると塔の上の鐘が、壊されていた。
代わりに正門の鐘が鳴り続け、兵たちが誘導されている。
早苗は声を上げた。
『通信技術の無い君たちの限界がここだ』
『……おのれっ!』
だが、悔しいがゴルディは確信した。
正門の兵たちは、もうここには駆けつけてこない。
『こ、こんな夢物語……ありえません……』
『太后!!』
城の中で王を守っていた、少数の精鋭騎士たちが駆けつける。
瞬間、早苗の方角から破裂音。
ビクッと騎士のひとりが、力なくゴルディの隣で倒れた。
『こんなことって……』
静かに、ゴルディは騎士を見る。
兜に、綺麗に小指の指先ぐらいの穴が開いていた。
こんなこと、ありえない。あまりにも一方的な死……
『ッ!!』
ズガズガと破裂音が続く。
ゴルディは身をこわばらせながら、聞いたことがない音が、収まるのを待った。
――精鋭の騎士たちが蹂躙された。
尋常でない程に鋭いなにか――
透明な矢か何かで撃たれ、即死、もしくは重症を負っていく。
『ふ、うふふ……ふふふふ……』
『ゴルディ。まだ伝えてなかったね』
4人の獣人の兵たちに囲まれた早苗が、続ける。
『僕は今、亜人の国、デミニアン共和国の代表だ』
『……!? 亜人の国? 王……ってことですの?』
ふふふ、ふふふ、と。
ゴルディが壊れたように笑いだす。
『こんなこと、こんなことは――』
あってはいけない。
汚い亜人どもが、わたくしたち「ヒト」を超えてしまう……
『……ああああっ!! 神の名において、そんなことはあってはいけないッ!! 神に見捨てられた亜人共がァァ!』
『ゴルディ様!』
力なく崩れるゴルディを、ウィルフレッドは支えた。
そして壁越しに、早苗に近代英語で話しかける。
『サナエ。それ、ライフルだろ。まさか本当に作ってしまうだなんて……』
『ウィルフレッド』
『壁を壊したのは、ダイナマイトか? さすがノーベル賞受賞者だ』
早苗はまったく興味を示さず、本題に入る。
『心菜を連れ戻しにきた』
『ああ……同じ日本人の嬢ちゃんだよな。言う通りにしたら、俺たちを見逃してくれないか?』
『質問に答えろ。心菜はどこだ?』
『サナエ、頼む。もう王国に、アンタに勝てる人間はいない。こいつらは未開人なんだ。慈悲を』
(……なんなんだ)
ウィルフレッドに、まるで話が通じていない。
心菜の場所を言えない理由があるのか。
まさか……
『……すでに……処刑したのか?』
『………』
抱えていたゴルディを下ろし、騎士長は両手を上げ姿を現した。
『撃たないでくれ。頼む』
『答えろ。心菜を処刑したのか!?』
『……火事が起こった。空中牢が焼けちまったんだ』
『ウソだな!』
早苗は思い出した。
たしかにここに来る前、外壁の外から火が見えた。
『あれは、事故で起こるような小火じゃない』
明らかに人為的に、中にいる人間を焼き殺そうとしたもの。
『……心菜は、僕の前世の恋人で、この世界で僕以外の、たったひとりの科学者だった』
『さ、サナエ……!! 頼む!! どうか!!』
早苗が背中に回した右手で、合図を出す。
ラルクと獣人の部下2人は、トリガーに力を込めはじめた。
「閣下、ご命令を」
「こいつらは心菜を殺した。これからおびき寄せるから、姿を出した瞬間、撃ち殺せ。特に白髪の女は確実に……!」
早苗にはわかっていた。
心菜が殺した犯人は、ゴルディしかいない。
『ウィルフレッド。同じ現代人のよしみだ。捕虜にするから、王妃を連れて出てこい』
『あ、ああ……!! 助かる! ありがとう!』
そうしてウィルフレッドは、手を上げながらゆっくりと壁の背後に手を伸ばす。
そうして数秒後、力なくガックリとするゴルディを、支えながら出てきた。
「……全員、構えろ」
ラルクが命じ、獣人たちが狙いを定めた。
ウィルフレッドは冷や汗を垂らしながら、片手でゴルディを支えて近づく。
ラルクのカウントダウンが聞こえた。
「3……2……1……」
「さよならだ、ゴルディ。心菜に手を出したことを、一生悔やめ」
早苗が冷たく言うのと同時に、ラルクが叫んだ。
「撃て!!」
バババッ、と。鼓膜が痛むほどの銃声が、一斉に響き渡る。
ゴルディへの一斉射撃は、瞬く間に彼女の脳と胴体を貫通し、息の根を止めた。
否、止めた、ハズだった。
「か、閣下! これは……!?」
ラルクの声が震えた。
間違いなくゴルディを狙ったハズ。
なのにその弾丸は、途中から弾道をずらし、真後ろの壁に直撃したのだ。
『お、おい、早苗……嘘だよな……今、撃って……』
「――っ!」
早苗は懐から即座に拳銃を取り出すと、全発、ゴルディ目掛けて発砲する。
ギガがライフルの後、手を失う前に作ってくれた物だ。
だが同じく、弾は全て弾道を変えて、背後の壁に着弾する。
「――変だ! 全員隠れろ」
早苗が命じて、獣人らが壁に潜み、装弾する。
(……おかしい。この距離から、全てを外すわけがない)
確かに訓練不足だが、ここにいるのは、獣人たちの中でもっとも、銃の扱いに適性があった精鋭隊。
(……何かの力で、弾丸が弾道を変えた?)
21世紀にも存在しないだろう、未知の力で。
と、周囲が唐突に暗くなり――
「ッ!」
ズガ――ッ! と大地が揺れる音。
早苗たちが居たところに、巨大なクレーターが出来ていた。
半径2メートルほどあろうか。地面が完全に抉られる。
ラルクの叫び声が響いた。
「閣下!! ご無事で!?」
「あ、ああ……!」
ラルクが抱えて退避してなければ、即死だった。
強い衝撃で砂埃が舞い、目が痛む。
治まる頃に再度見るが――
「これは……手……?」
上空を、地面を叩きつけた後の、巨大な手が浮いていた。
その手が再度ふり上げられ、早苗たちを狙おうとしている――
「し、信じられない。これは……!」
自分の目を疑う。
目の前に現れたのは、30メートルを超えるであろう……
「巨人、だと……」
その巨人の目は、明らかに早苗たちに敵意を向けていた。
再度、巨大な手が襲う。
マズい、死ぬ――
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