鎖を壊した早苗を見て、ララが目を見開いた。
「早苗さま……! どうやっテ!?」
「塩化第二鉄だよ」
彼は自分の足の鎖を壊しながら続ける。
「もともと王国の製鉄技術は未熟で、脆い錬鉄を使ってるから――」
「え、さんカ……?」
「……まず、塩水を吹きかけて、赤錆を多く発生させた」
皿を手に持つと、ララが不思議そうに見る。
「でもそれ、漬け物……」
「うん。漬け物の塩分」
ああ! と理解される。
「その後は、塩酸で鉄錠を脆くして、発生した成分で内側の鉄も溶かす」
「……エ?」
「錆に、僕の胃液をかけたってこと」
嘔吐しまくって、内容物がなくなった後に出る、透明な液体。
pH1.5の強酸だった。
「ああっ! だからずっと吐いてタ!」
「いや、そこは実際に具合が悪かった……」
だが、まぁいいか。
「……す、すごい。早苗さまなら何でもできル」
「………」
全身が解放された早苗は、棒状の鉄の拷問具を取り、ララの鎖に叩きつけた。
次第に彼女も忌々しい鎖から解放される。
「……うううっ。さ、早苗さま。ありがとう。2回もわたしを鎖かラ……」
しかし早苗は聞いていない。
そのまま出口の扉まで歩くと、呆気なく扉を開けた。
「……えェ!?」
「カーミットにお願いして、ラッチが閉まる部分に繊維くずを詰めてもらった」
「……ああ、ああァ」
ララが腰を抜かして、尻もちをついた。
「……神さまみたい。間違いない。救世主さまなんダ」
「ララ、行くよ」
◇
その頃、カーミットは……
使用人の服を着て、食事を乗せた大きな木箱を持っていた。
塔を上がる。凄まじく重いので、休憩をはさみながら。
エアルドネルには電気がなく、城の住人ですら、日が沈むとすぐ寝る。
人気は少ない。
「……ヨシ」
警備兵はいない。必死に工作した甲斐があった。
ドアの前に着くと、パンを千切って隠していたカギを取り出す。
そしてハッチ(地下扉)を全開にして、下の空中牢を覗いた。
中には、豪華な椅子に腰をかけている心菜が。
「誰……?」
「カーミットです。ココナサン、逃げましょう」
カーミットはロープを垂らすと、心菜はそれを体に巻いた。上に引き上げる。
「……はぁ。ありがとう。早苗は?」
「サナエサンは、あなたを助けろって……」
「――ハァ? あのバカ、自分が45億人の命を背負ってる自覚がないの!? 自分の立場をわかって――」
「しーー! 静かにしてください」
心菜が、頭が痛そうに舌打ちした。
「助けに行くわよ」
「無理です! 神に誓いました!! アナタを逃がすと!」
「あのねぇ……」
「サナエサンは、ココナサンが人類の希望だって……」
「それは、あいつの誤解……! ああ、もう!!」
イライラと、周囲を歩く心菜。
「あいつだけは替えが効かないのよ!」
「ワカッテマス。明日の処刑の時、警備が薄くなります。その時に助けましょう」
「はぁ、クソ!」
心菜は憤怒するが、根気負けする。
カーミットは箱から兵士の服を出すと、心菜に渡した。
◇
「ドウドウと歩いてください」
エフレの街を歩く、心菜とカーミット。
辺りは暗い。風は冷たく、月明かりだけが照らす。
首都エフレの街は、酔っ払いが数人いるだけで、静まり返っている。
「こんな方法で出るなんて……」
「運ぶの重かったです」
2人の女子は重い、王国兵のチェーンメイルを着けている。
兜で顔を隠したまま、堂々と正門から出た。
「……ココナサン、このまま平地に出ます」
「わかった。明日、必ずアイツを助けに行くわよ」
心菜の救出は、ここで完了したのだ。
◇
その頃――
地下牢から脱出した早苗たちは、近くの厨房に向かっていた。
「さて、どうやって逃げるかだけど……」
早苗は厨房の物をあれこれ、袋やバスケットの中に入れた。
さらには……
「トウモロコシ!? この世界にもあるのか」
「あ、たぶん王国の南でしか取れなイ……」
そうか、と言った早苗は、トウモロコシをすりつぶした。
終わると革の袋の三つのうち、一つ渡す。
「ララ、頭部の怪我を覆って。絶対に傷口をさらさないで」
「……うん、わかっタ」
早苗は残りの二つの袋で、顔と左手を覆う。
そしてすぐに汚臭が漂う、床のある場所へ。
「ララ、この袋を持ってて。中身は換金できる。下に降りた後、袋の中は濡らさないように」
「……あ、スパイス」
「もし僕が途中で死んだら、ひとりで進んで、中身を売ってお金にするといい」
「――えっ!! いやだ! 早苗さまが死ぬなんて!」
静かに、と人差し指を立てる早苗。
彼は厨房の廃棄用の穴……つまりゴミや汚物を流す、下水への蓋を開く。
城の1階にだけは、下水があるとカーミットに聞いた。
鼻が曲がりそうな汚臭が広がる……
「こんな糞溜めの真上が厨房だなんて、腹を壊すに決まってる」
それでも、ララをゆっくりと穴の下に降ろした。
「この下水は川に繋がっていると聞いた。ここから、川に逃げる」
「……う、うぅ! ……はィ」
ララは、何かを言いたげにソワソワしている。
気にせず、早苗も飛び降りる。
ぐちゃ、と着地の衝撃で、汚物が全身に飛んだ。
「はぁ……日本に帰りたい。風呂に入りたい……」
真下には汚物だけじゃない。動物の骨や皮――
病気で調理されず、廃棄処理されたのだろう。
「マスクも必要だったな……」
そのまま2人は、狭く暗い地下を進む。
何も見えない……が、後ろのララには見えているようだ。
「……み、みぎれ、ふ」
ララに指示されながら、息を殺して歩き続ける。
途中で道が狭くなり、ほふくして進む。全身が汚物だらけになり、ゾッとした。
この数日間で悪臭に慣れたが、それでも気絶しそう。
(……何でこんな目に)
と、目の前を何かが塞いでいた。
「……これは!」
ララに待機するよう命じる。
どかさないと、先に進めない。
危険物か? じっくりと観察するが……
「―――っ!!!」
一瞬で、全身に鳥肌が立った。
正体不明の動物の死骸。絶対に触れてはいけない。
時間をかけて観察する……
だが腐敗して、なんの動物かもわからない。
「……くそ、やっかいな」
袋で覆った手で、死体をどかし続ける。
腐っている為、触った所からドロッとちぎれていく。
結構な時間がたって、ようやく進めるようになった。
「ララ、死骸には触れず、急いで進んで!」
うん、という返事と共に、彼女が後をついてくる。
次第に、川の音が聞こえてきた。
バチャンと下水道から出て、川に落ちる。
「ぷは―――!」
早苗はすぐに上流側に移動し、潜水しては、何度も体を洗った。
辺りを見ると、 月明かり、森、平原――
「や、やった! 早苗さま!! 外に出タ!!」
あはは、とララが子供のように笑って、抱きしめてくる。
早苗は反射的に彼女を引き離そうとしたが、途中で思いとどまった。
「さて、心菜たちが向かったのはどのあたりだか……」
いや、その前に、悍ましい自分の格好を見る。
「まず体を洗おう。その後、君の故郷に行く」
「……うん! わたし、ずっとついてク……」
そうして2人は、森林の中を歩いていった。
必ず作る。亜人も、転生者たちも、みんなが安心して暮らせる場所を。
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