【フルボイス】追放されたノーベル賞受賞の科学者、異世界に最強国家を作る ~チート無しで転生するが、現代知識で文明を再興~【エアルドネル戦記】

Naina R. Uresich
Naina R. Uresich

第三章 中世ヨーロッパ The Middle Age

第3-1話 微弱性

公開日時: 2023年4月7日(金) 19:00
文字数:2,701





「早苗さま。起きテ……」

 フードを被ったララに、毛布越しに体をゆすられる。

 昨晩はベッドの下をネズミがひっかいていて、眠れなかった。

 小さな窓の向こうから、鐘の音が聞こえる。


「早苗さま。またうなされてタ……」 

「……腹が痛いんだ」


 昨日のフィーストの水に、やられたのだろう。


「……それよりこの鐘は?」

「晩課の鐘。人間の信者たちが、世界樹にお祈りをすル」

「エアルドネルの宗教、マナ教だったか」


 早苗は起き上がる。


「手はもう大丈夫?」

「うン……」

「そうか。信じてくれてありがとう」


 そこで手を胸に当てたララが、微笑んだ。


「ううん。早苗さまが凄くいい人だって、わかるから、心配してなイ」


 そうか、と言って早苗はマントを羽織る。反応しづらい。

 そして着替えると、1階の謁見の間に向かった。

 

 ◇

 

『HEY、サナエ。みんなもう揃ってるぜ』


 嬉々とするマックスの隣まで歩き、辺りを見渡す。

 広い謁見の間だ。なのに、転生者たちと、複数の貴族しかいない。


 と、重いドアが開いた。

 国王らしき中年の男性と、昨日の王妃と5歳の王子。その3人が入る。



『オズゴッド・フリスウィッズ陛下の御前である!』

 今のは大臣の声。

 早苗たちは膝をつき名乗ると、王はマックスを見定めた。

 

『勇者マックス、そなたは既に魔術に覚醒したと聞いた。聖痕を見せよ』

『ハイ』 


 数歩前に出ると、マックスは膝をついて手のひらを出す。

 

『王国3人目のAランクで間違いない』


 オオオオ、と周囲から喝采の声。

 まて、3人目?


『次! 勇者サナエ。聖痕を見せよ』


 大臣に言われると、あからさまに視線が集まる。

 行くしか、ないのだろう。階段を上がる。

 

(……もしここで)


 聖痕がない手を見せたら、どうなる?

 この場で殺される? 予想ができない。

 ゆっくりと手を開く。そこには……

 

 指先ほどの、丸い聖痕があった。

 

『――――――ッ!?』

 見ていたのか、カーミットから声にならない悲鳴。 


『魔術に目覚めれば、Bランクになるだろう』

『ありがとうございます、陛下』

 

 次にララが呼ばれ、少女は手袋をずらした。 


『Cランクだ』


 ララは一礼し、早苗の隣に戻る。

 見ると足は、小刻みに震えていた。

 

『次に、勇者ココナ』

『大臣。彼女には不要です』

 

 そう止めたのは王妃だ。

 国王が最後に言葉を残す。

 

『勇者マックスには、帝国との戦いに参加してもらう。領土を奪還した暁には、城を授けよう』

『必ず成功してみせます』 

『神殿で儀式を受けるとよい。ノエミ、彼の案内を』

『はい、陛下…☆』

 

 マックスが立ち上がり、ノエミのあとについていく。

 よかった、終わった。

 ほっと一息ついて、早苗たちも謁見の間を離れようとするが――

 

『お待ちください』  

 騎士長の声。

 

『サナエとラランサの聖痕には、違和感があります』


 再度、視線が集まる。

 やめてほしい。頬から冷や汗が垂れた。

 

『サナエ。もう一度手を!』

 ウィルフレッドに、手を強引に開けられる。

 

『穴が開いていない。偽物だ』

 どうやって作った? と問われる。周囲が騒がしくなっていった。


『本物です。拭いて確かめては?』

  手拭いでゴシゴシ手のひらを拭かれた。

 だがはそのままだ。この程度では消えはしない。

 

(……サナエサン。その聖痕どうやって?)

(自己血を注入して、凝血塊を皮下に作成した)

(エエっ!?)


 驚愕――というより、多少引かれる。

 まぁたしかに、実臨床では絶対にやらない。


(ソモソモ、注射器なんてこの世界には――)

(昨日の夜、ララと一緒に厨房で作った)

(ハイ!?)

(スズメの大腿骨に穴を開けて、膀胱と一緒に浄化して作った) 

(……! この世界初の注射器ですよ!?  わかってます? 本当は1200年後に誕生するものですよ!? なに気軽に作ってるんですか!)

(……ダメなのか?)


 一息ついた後、カーミットは力強く小声で言った。


(……最高です!!)



 なんてふうに、小声で会話をしてると、玉座が騒がしくなった。

 王妃と王が、話をしているようだが……


『では、神判の準備をせよ』


 王の合図で、鍋を持つ使用人たちが入ってくる。

 

『これより神明裁判で、聖痕の鑑別をする。サナエかラランサ、どちらかが熱湯に10秒手を入れ、火傷がなければ両方無罪。あれば両方有罪とする』

「そ、ソンナの聞いたことない……」

 カーミットの小声。だが早苗は、聞いたことがあった。


(……史実でも、決闘や熱した鉄を持たせた裁判をしていた)

 これが未開の世界、なのだろう。


「さ、早苗さま……わ、わたしガ……!」

「君の手には、肉球っぽい膨らみがある。獣人ってバレる。僕がやる」


 ララが、悲しそうにしゅんとする。

 

『陛下。僕がやります』

「っ!? 早苗。そんなことしたら――」


 心菜の視線が刺さった。


「たぶん深達性Ⅱ度熱傷(Ⅱd)以上になる。後遺症を覚悟するレベルだね」

 神経障害や巧緻障害など、だ。


「バカなの! それならどうして…」

 怒る心菜の手前、ちょうど神判の準備が終わる。

 目の前に置かれた土器の鍋を、目視で測った。


 

(……直径35.5センチ、高さ32.5センチ。20リットルの鍋に84%ほどの熱湯)



 パパっと計算する。中の熱湯は16.8リットルで、人が触れる50℃まで、ざっと1500秒。

 今まで経過した時間を引いても、ダメだ、長すぎる。

 せめて熱伝導率の高い、鉄の鍋なら……


『……陛下、どうか鉄の鍋に。この鍋では神に失礼です』

『ダメだ。はやく手を入れるのだ』


 ダメであった。もう残りの1328秒、時間を稼ぐしかない。


『もし私が無罪だった場合、騎士長におとがめは?』

『勇者サナエよ。このウィルフレッドは我が国の大切な戦力であり――』


 国王がべらべら喋ってくれる。助かった。

 50℃になるまであと1036秒ほど……

 

(大丈夫なんですか、サナエサン……)

(時間を稼いでくれ。あと17分ほどで、人が触れる温度になる)

 

 と、王妃が王に、何かの助言を出している。

 またこのタイミング。偶然なのか……?

 すぐに使用人がその場で火を起こし、鍋を熱しなおす。


「さぁ、お湯は熱された。手を入れるがよい」


 頷く早苗。最後に試したいことがあり、小声を出す。


(……カーミット)

(ハイ?)

(オズウィン王子の足元に、毒蛇がいる)


 瞬間、2人の人物がハッとして、王子の足元を見た。

 1人はカーミットで、もう1人は……


(……王妃)

 聞こえる訳がない距離の上、日本語だった。なのに王妃は確実に聞いて、理解していた。

 そして王が先ほど言っていた、別の2人のAランク、という言葉。


(……最初から聖痕がないことは、隠しきれなかったのだろう)

 仕方がないと、使いたくなかった方法を使う。


 早苗は2メートルほど鍋から離れたところで、ポーチを取り出した。

 瞬間、鼓膜が破れそうになるほどの大きな破裂音。

 灰色の煙が周囲に広がっていった。

 




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