【フルボイス】追放されたノーベル賞受賞の科学者、異世界に最強国家を作る ~チート無しで転生するが、現代知識で文明を再興~【エアルドネル戦記】

Naina R. Uresich
Naina R. Uresich

第17-3話 「私は死なない」

公開日時: 2023年5月17日(水) 19:03
文字数:3,636




 奴隷のような、ボロチュニック一枚のカーミット。

 そんな彼女が、シルクのドレスを着たノエミの後ろをついていく。

 10人はいるだろう、兵士たちに守られながら。


『ノエミ。ありがとう。もしノエミがいなかったら……』

『そんなこと、考えなくていいんだよ、カーミット☆』


 親友のノエミに助けられ、また再会できた。

 溢れそうになる涙を抑え、カーミットはノエミに抱きつく。


『うわあああん! ノエミぃ……!!』

『よしよし……』


 頭を撫でられ、暫く立ち止まり、時間が経つ。

 再び歩く頃には、カーミットは兵士のセリフを思い出していた。


『……ノエミ。兵たちはアナタを、公爵夫人って』

『うん。わたし結婚したの。ゴルディ様の命令で』

『エ!? そうでしたか……』

『男子を産まないと、鞭打ちの刑か死刑だって』

『ソ、ソンナ……!』


 たしかに中世では、結婚はただの交渉材料だ。

 自由恋愛なんて存在しない。どんなに好きな相手がいても、諦めないといけない時代だ。

 だとしても……

 

『ワタシたち現代人にとって、好きじゃない相手との結婚は、キツいのでは……』

『しー』


 ノエミは無理のある笑顔で、人差し指を口に当てた。


『近代英語、わかる人いるかもしれないでしょ?』


 カーミットは歯を食いしばった。

 彼女は汚い中世人に犯された。体もプライドも。

 でもノエミも、好きでもない中世人に、人生を奪われたんだ……


(ドウシテ、ワタシたちがこんな目に……)


 静かにただ歩く。石造の街道が続いていた。

 次第に周囲は、石を運ぶ獣人の奴隷たちだらけになる。


『エ? 獣人の……奴隷?』

『思い出すよね、あの日本人の隣の女の子』

『え、いや……王国は、獣人を殺せって命じているのでは?』

『殺す前に奴隷にしてるんだって』


 ノエミはいやそうな顔を、笑顔で誤魔化している。


『ネルソン様は利益至上主義だから』


(あの悪趣味な建築物を、奴隷らに作らせてる……?)


 しかもわざわざ、遥かに格上の宗主国の命令を、半分無視してまで?

 公国と王国の関係性が、余計にわからない。


『ここがネルソン様の屋敷だよ』


 ノエミが門の前に立っている間、わきで待機するカーミット。

 次第に門が開く。更に歩くと、大きな屋敷が見えてきた。

 ノエミが使用人に何かを命じる。


『カーミット、水浴びしておいで。ずっと入れなかったんでしょ?』

『エ? いくら公爵家でも、この誰もが汚い世界に、お風呂があるだなんて……』

『わたしがお願いしたら、次の日には入れてくれたの。ハンガリー式の風呂がいいなーって☆』

『エ。公爵って、いい人……?』


 うふふ、とノエミが笑うと、カーミットは使用人に案内され、広い浴室に入った。

 服を脱ぐ。使用人が、カーミットの体に水を体にかけたが……

 瞬間、鞭で打たれた背中が、死ぬほど痛んだ。


『っ!!』


 カーミットはただ、歯を食いしばりながら、それに耐えていた。

 もう、二度と水浴びなんてできないと思った。感謝しないと。なのに……


『――っ!!』


 どうしても、頭から離れない。

 彼女を犯した男たちの顔と、それを命じた元凶のゴルディの顔が。

 きっと、全員を殺すその日まで、この負の感情は消えない。



 リネンの布で体を乾かしてもらう。

 さらに、メイドに櫛を通してもらった。


(……何か月ぶりでしょう)


 ちゃんとしたドレスを着せて貰えるなんて。


(……まぁ、ドレスは、現代の物に比べると繊維も太く荒いですが)


 でも、この世界ではきっと、トップレベルの服なのだろう。

 と、ドアがノック無しで開く。


『ほう、この女がそうなのか』

『はい、ネルソン様☆』


 小太りの髭おやじだった。

 男はにやにやしながら、カーミットを値踏みしていた。

 カーミットはスカートをつまみ、一礼する。


『……ハジめまして、ネルソン様』


 相手は、この国で一番偉い人間……

 いや、そもそもこの新興国のになった人物だ。


『その年で公国の主になった、偉大な方だと、その名は――』

『そういうゴマすりは要らんよ』


 指差し指と親指で顎髭をいじりながら、男は不快に言った。


『君には死んでもらうんだ。カーミット』

『……っ!?』


 カーミットは一歩下がる。

 火あぶり? 首吊り? 石打ち?


『ノ、ノエミ……!?』


 いや、ノエミは助けてくれない……?

 当然か。中世の女性には、後世に名を残す権利すら与えられていない。

 ただの子供を産むための道具。

 公爵夫人だってそうだ。ただ後継者の男子を産むだけの機械で――


『もう、ネルソン様ったら☆』

『ハハッ! 冗談が過ぎたな』

『……!』


 カーミットがゆっくりと警戒を解く。

 すぐに、ネルソンは真面目な顔に戻った。


『だが事実だよ、王国から処刑の命令が出ている』

『……ソンナ!  でもこの公国は、独立国だから』

『はっ! 独立国だ?』


 くだらない、と椅子に腰を下ろすネルソン。


『ただの王国の属国だよ』

『……ドウいうことです? てっきり王国との関係は悪いと』

『もともとは公国は、経済活動が活発な、商人や職人組合の自治都市だった』


 ネルソンがゴブレットを持つと、ノエミがワインを注ぐ。


『王国が、俺たち商人を支配するよう、立派な鎖をつけただけだ』

『ソレは……』

『トップの俺ですら、持っているのは徴税権だけ。裁判権や、千人以上の軍隊を持つことすら許されない』

『…………』

『妻の頼みでも、お前を裁判にかけることすら、できないのだよ。ゴルディが君を殺せと言ったら、従うしかない』


 カーミットは絶句した。

 ノエミと公爵の後ろ盾があっても、もう拷問されない程度の話だ……

 結局、ワタシは殺される。これも運命……


(……アハハ。コレも、神の試練?)


 いや、違う。これはあの女、ゴルディが仕込んだことだ。

 神の試練じゃない。


(……この未開の地に、ワタシを救う神はいない)


 テルアビブの女子高生だったカーミットは、世俗的(ヒロニーム)でそこまで信仰心がない。

 エルサレムの髭を伸ばした正統派(ハレーディー)のように、理不尽な試練を受け入れられない。


『……ネルソン様。どうして公国は、王国に頭が上がらないのでしょう?』

『そいつはマナ教のせいだな、カーミット』

『……!』


 カーミットが、顔を上げた。


『マナ教は血統主義。つまり王家を崇めるためのものなんだ。農民や俺たち商人は迷える羊だから、ゴルディやオズソン王に従え、と教えられている』

『ツマリ、独立したくても、信者たちが反対する……?』


 そこで椅子に腰を下ろしたノエミが、ニコニコする。


『そうよ、カーミット☆ わたしもあの後、部屋で勉強してたの』


 ノエミが、マナ教の正典を渡してくる。

 近代英語で書かれていた。


『ハジめて見ました。司祭のトップや、貴族しか持ってないマナ教の正典……』


 カーミットは読み始めるが、まとめるとマナ教の内容はこうだった。

 ・『神』とは『世界樹』のこと。

 ・『魔法』は神が人々に与えた恩恵。

 ・『聖痕』は神と人々を繋げるもの。

 ・『王家』は神の代理人。故に……

 ・『人々』は王家に導かれるべき。


『……ナルホド』

『これを、半数以上の農民たちが信じてるの☆』

『ひっでぇもんだろ?』


 唾を吐いて、ネルソンはつづける。


『独立なんてしたら、暴徒に内部から壊されちまう』

『ハイ。宗教的権威は絶対ですからね』


 そうして、カーミットはゆっくりと顔を上げた。


 その瞳には、光を宿していない。

 悪魔に乗っ取られたように、引きつった笑いを見せる。







『……でもワタシなら、この宗教、ぶっ壊せますよ』


『は? 何言ってるんだ。そんなことできるわけ――』

『ううん、ネルソン様。カーミットは本当のこと言ってるよ☆』


 公爵の方に手を乗せ、膝をつくノエミ。


『カーミットは前世で、ノーベル平和賞を取ってるの』

『なんだそりゃ?』

『もっとも優れた人間に与えられる、最高級の権威なの』


 カーミットは静かに頷いた。

 取ったのは早苗が死んだ1年後で、彼はワタシを知らないが。


『具体的には、前世の世界で最も、解決が難しい問題(パレスチナ)の一つを、非暴力で解決しちゃった人なの☆』

『ハイ。ワタシが言いたいのは――』


 カーミットは、再び悪魔の様な表情を見せた。


『ワタシなら、停戦も、開戦も引き起こせます』

『……ほう』

『ただし公爵。アナタの協力が必要です』


 そしてカーミットは、ネルソン公爵に計画を話す。

 ついにこの時が来た。彼女の能力を、遺憾なく発揮させる時が――

 を聞いたネルソンは、思わず吹き出した。


『ふはっ! ハハハ!! マナ教が言う悪魔って、お前のことだな、カーミット! お前は魔女だよ! 間違いねぇ!』

『……公爵、どうです? やりませんか? ワタシたちは永遠の権力を得る』


 再び髭をいじっていたネルソンは、ニヤっと笑った。


『ノエミ、面白れぇな、コイツ』

『気に入ってもらえてよかったです☆』

『いいぜ、カーミット。やろう』


 だが、と人差し指を立てるネルソン。


『ただし条件がある』

『ナンですか?』

『農民たちがマナ教を信じている理由は、世界樹の存在だ。まよえる子羊たちは、奇跡にすがる』

『……ハイ』


 それは、地球の歴史でも一緒だった。

 

『つまり、お前も奇跡を起こしてみろ。それが条件だ』


 そしてカーミットは、あることを命じられた。



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