【フルボイス】追放されたノーベル賞受賞の科学者、異世界に最強国家を作る ~チート無しで転生するが、現代知識で文明を再興~【エアルドネル戦記】

Naina R. Uresich
Naina R. Uresich

第八章 貿易街イスロール Isrore

第8-1話 使用

公開日時: 2023年4月21日(金) 19:00
文字数:2,575





 あれから3日。

 早苗が予想した、症状が出る日が来た。

 重症化――抗菌薬投与のタイムリミットまであと2日。


「早苗さま……?」


 馬を2人乗りしている。 

 そして、ララの後ろで早苗は咳き込んだ。

 落ちるのが心配で、縄でララに固定されている。


 「……ごほっ、ごほっ」

 乾いた咳と、インフルエンザに近い症状。

 間違いない。致死率90%を超える、肺炭疽の初期症状だ。


「さ、早苗さま。明日にはつくからっ! もう少しだケ!」

「うん……」

 頷いた早苗は、だが胸に強い違和感を感じる。


「……まずいな。予想通りだ」

「エ!」 

「たぶん2日後に高熱が出て、呼吸困難になる。重症化したら、その36時間後に僕は死ぬ」

「……い、いやだっ! いやダ!! どうすれば――」


 ララの体が、病気の早苗以上に震えだした。


「き、昨日は宿で、わたしが買い物してる間も、元気だっタ……」

「そんなものだよ。明日、帝国についたら、最後の1日で注射器とペニシリンを完成させる……それが助かる唯一の道……」

「――うん! 絶対に死なせないっ! 絶対に……ッ!」



 次の日。

 抗菌薬投与のタイムリミットまであと1日。


 早苗とララはようやく、貿易街イスロールIsrore――帝国で唯一、出入りしやすい街についた。

 

「すぐにペニシリンを作る。カビの培養液をろ過して……」


 ブツブツ言う早苗。もう分離機を作る時間はない。

 彼は馬と戦利品を売って、漏斗を買い、宿に向かう。 

 すぐに作業に取り掛かった。


「……まずは固体培地を液体に戻し、濾過する』


 そしてエーテルを加えて混ぜ、ペニシリンをうつす。

 次にマックスの電気で、塩水から作った水酸化ナトリウムを混ぜる。

 すると、ペニシリンが白い粉末になる。


 そんな感じに、ペニシリンの精製をはじめた。



「……よし、1個終わった。どの培地に効果があるかわからない。あと4個、ララ、お願いできる?」

「うん、覚えた!  わたしが作ル…!」

「今日一日、薬剤感受性テストをして、明日結果を見て、注射する」

「大丈夫。早苗さまはきっと助かル!」

「……ありがとう」


 君がいてよかった、と言うと、ふと気になった。

 これが最後かもしれないからか――


「君が僕に尽くす理由はなに? 故郷を救いたいから、とか?」

「……え、違ウ」


 ララは口ごもり、次第に下を向いた。


「……い、言えない。わたしと早苗さまじゃ、立場が違い過ぎるかラ」

「どういう? 気になるけど……」


 早苗はそのまま、ドアに向かう。

 

「……僕は宝石細工店に行く。この世界には存在しない、注射器と点滴器を作ってもらう」


 銀の細工ができる職人なら、作れるはずだった。


「わたしも一緒に行ク……」

「いや、ここでペニシリンをお願い。帰ったら、君の故郷の話をして」


 じゃあ、と言って出ていく。

 ララは嫌な予感がしていた。でも、作業を続けた。



 夜になった。あれから何時間が……まだ早苗は戻ってこない。

 考えたくないが、まさか……


「どこかで倒れたんジャ……」


 考えただけで泣きそうになる。

 たまらず立ち上がり、宿から出ようとドアに手を伸ばすと――


「――あ、早苗さま!」

「ただいま……お湯をすぐ、沸かして……」


 顔色が悪い。明らかに、無理をした顔で平静を装っている。

 早苗はガラス製品と、ポーチをテーブルに置いていた。


「……お湯できた。それハ?」

「注射器と点滴器具。ガラスと銀の。水車で重曹も作れた。あと今は、生理食塩液を作ってる」


 中世の塩には不純物が混じっているので、再結晶化して純度を上げた。

 やり方は、飽和食塩水をゆっくりと蒸発させる。

 とにかく――


「明日、重症化する。その時、この生理食塩液を点滴してほしい。僕の血圧が下がり過ぎて、ショック死しないように」


 泣きそうな顔で、見たこともない装置をララは見る。


「わ、かっタ……」

「やり方は紙に書いた。あと、ララ」


 早苗はふらつきながら、ベッドに座った。


「聞かせて。君の故郷の話」

「え、うン……」


 ララは正直、話したくなかった。

 話した後、彼がどこかに消えてしまう気がしたから。


 それでも話す。

 島の思い出、土地勘、問題点まで……


「なるほど」

 早苗が何やら、買ってきた紙にメモをしている。

 そして次に、ララの過去を聞いてきた。


「つまりララは、世界を見たいから、反対を押し切って島を出た……」

「うん。もっと世界を知りたかった。でも島では「女は子を産む以外のことはするな」って」

「近代化する前は、どこも男尊女卑だしね。あの聖書にすら、女性は権力を持つべきじゃないと書いてあるし」

 

 なんとなく理解したのか、ララが頷く。

 

「わたしが生まれた時、もうお父さんが決めた結婚相手がいた。すごくイヤで、ずっと振り続けタ」

「どうして?」

「獣人の男は力だけで、何も考えてない。わたし、知的な男性が好キ……」

「君は頭がいいもんね」

「……ううん。そんなことないって、最近しっタ…」

 

 ララがこちらを見て、泣きそうな顔をしている。


「君は賢いよ。僕の世界を基準にしても」

「わたし、早苗さまの世界に行きたイ……」

「もし行けたら、いろいろ連れて行くよ」


 でも、と早苗は聞く。


「世界を知りたいから、行きたいの?」

「違う。好きな人が生まれた世界のこと、知りたいかラ……」 

「……そうか」

「わたし、誰かを好きになったの、はじめてなノ」

「……ララ」


 今日のララは、大胆だと感じた。

 普段は言わないことを、そのまま話してくれる。


「わたしは賢くない。本当に頭が良くて、実は優しくて、男なのに綺麗で……私はそんな人を、助けることもできない……」

「そんなないよ」


 ララが唐突に立ち上がって、ゆっくり歩き、抱きしめてくる。

 右手で受け止めると、彼女は上目づかいでこちらを見た。


「……わ、わたし……早苗さまのことガ……」

「ダメだよ」



 言って、早苗はララの唇を人差し指で押さえた。


「僕が死んだら、よけいに悲しいでしょ?」

「……さ、早苗さまは、死ななイ!」

「僕だって死ぬ気はない。やれることは全部やった。でも僕は超人じゃない。体も弱い……」

「だ、大丈夫、だから。早苗さまは大丈夫だヨ……」

「ありがとう。生きたいよ」


 そう言って早苗は、意識が途切れそうになる。


「そろそろ寝るよ。ララも眠いでしょ?」

「ううん、大丈夫」

「そっか。じゃあちょっと、寝るよ……」


 瞼が重くなった。

 やれることはやった。そう思いながら、意識が途絶えていく。



 次の日になる。

 抗菌薬投与のタイムリミット当日。

 今日、ペニシリンを打たないと、彼は死ぬ……





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