【フルボイス】追放されたノーベル賞受賞の科学者、異世界に最強国家を作る ~チート無しで転生するが、現代知識で文明を再興~【エアルドネル戦記】

Naina R. Uresich
Naina R. Uresich

第8-4話 心臓

公開日時: 2023年4月24日(月) 19:03
文字数:2,204





 あれから何日たっただろう。

 満月の夜、歩けるようになった早苗は、宿の窓から、外を見ていた。

 息を呑む。星空は、宝石のように輝いていた。21世紀では見たこともない。


「早苗さま」

「ララ、ちょうど満月だ。プレゼントがある」


 言って、ララに望遠鏡を渡す。


「これ、前に遠くを見るのに使っタ……」

「この世界ではたぶん、1000年後に登場する、ガリレオ式望遠鏡。倍率は20倍ほど。これで月を見てごらん」


 その言葉に従うララは、笑顔のまま双眼鏡を覗いた。

 月の方角を見る。



「えっ……」

 ララは、言葉を失った。えっ、これが月なの?

 

「山や谷がある。月はまるいチーズじゃなイ……」

「いいね。僕の世界の昔の人も、月はチーズだと思っていた」

「……こんなの、きっと誰も見たことがない」


 ララは息を呑んだ。 


「これでたぶん、ララはエアルドネル初、月の表面を見た人だ」


 王族や皇族でもなく、君が最初だ、と早苗は言う。

 ララが顔を逸らした。

 嬉しそうに、でも涙を抑えようとする。


「早苗さまの世界は、どんな感じなノ?」

「星空はこんなに綺麗じゃないかな。でも夜も、光と音楽で満ちて、街は眠らないんだ」

「……もっと、聞きたイ!」


 うんと頷いた。

 ララは目を輝かせている。


「……ああっ! 走る鉄の箱! 空飛ぶ船!」

「車と飛行機だね。内熱エンジンの再現は苦労するかな。ジェットエンジンは無理。蒸気機関なら……」

「わたし。早苗さまの世界に行きたいなァ……」


 早苗は、子供っぽいララをあやした。


「この世界に似た物を作ろう」

「……うン!」


 そして早苗は、ララから望遠鏡を受け取る。

 そして、自分自身も月を見た。


「しかし、やっと確信できた」

「……かくしン?」

「僕の世界と同じ月だ。肉眼じゃ自信がなかったけど……」


 早苗は望遠鏡を下ろした後、仮説を言った。


「エアルドネルは地球だよ」

「……どういうこト?」

「一日の長さも同じ。星座、北極星があり、夜空も――見える天体も地球に似ている。コンパスも使えた。地磁気も地球同様、南北に分かれている」


 もちろん、四千個以上ある、地球に天体までそっくりな外惑星の可能性はゼロじゃない。だが……

 

「カーミットが言っていた異世界って、やっぱ改変された過去の地球なのか?」

 

 疑問符を浮かべるララに続ける。

 

「もう1人、科学者が欲しい。心菜は物理学者で、専門だ……」

「……心菜さんとカーミットさん、もし亜人の島に行ってるなら、先についてるかモ」

「そっか。明日、島に向かおう。待たせてごめん」

「ううン」


 心菜さんは、美人だった。ララは不安がる。

 早苗さまはまだ、心菜さんが好きなのかな。

 と……


「なんか欲しい物や、やってほしいことある? なんでも一つするよ」

「――エ!」


 信じられないことを言われ、硬直したララ。

 普段はこんなことを言わない彼が……

 これはチャンスなのでは。


(……ち、違うのよララ、落ち着いて。よく考えるのヨ)


 そんな風に必死に悩んだ後、やっと一言。


「……取り置き、ダメ? 将来つかいたイ」

「いいけど、僕に何させるつもりなんだい……」

「え、えええっ!? か、考えてル……」


 言って、ララは早苗の手を取った。


「そろそろ、寝よウ!」

「……そうだね」


 早苗は、ふと気づく。

 人に触られるのを嫌がる彼は、出会ったときからずっと……

 ララには、嫌な感じがしてない。


 きっと前から、僕は……


「早苗さま?」

「……ううん。戻ろうか」



 その時――

 早苗たちの場所から、遥か600キロメートル離れた王国の首都エフレ。

 その城の塔にいる心菜は、ゴルディと対峙していた。


『ココナ様、貴女の聖痕――』


 ゴルディの声に、牢の中の心菜が目をぐるりと回した。


『どこにあるのかしら? 使用人たちに体を洗わせても、どこにもありませんでした』



『さぁ、Zランクなんじゃない?』

『……うふふ、強がりですわ。そんなことはありえない』


 ゴルディは、眉をひそめた。

 この女は、間違いなくSランクで、神から同じ啓示を受けている。

 脅威だ。だが能力がわからず、下手に処分できない。


『……あなたも統一王の啓示を受けたので?』

『どうでしょう』

『……わたくしたち、組みません? 信頼の証に、聖痕の場所を教えあいましょう』

『アンタ、聖痕切り取って、使えなくするでしょ?』


 ウフフ、とゴルディが笑う。


『下品な笑いかた。好きに処刑しなさい』


 そして鼻で笑う心菜が、ハッとする。


『アンタのオスガキ、王になったんだっけ?』

『……侮辱は許しません』

『私は能力は、遠距離から人を殺せる』

『ハッタリです!』


 拳を強く握るゴルディに、心菜は続ける。


『早苗に手を出さないこと。私はそのために、わざわざ戻ってきた』


 ゴルディは言い返さない。この女に、彼女の能力は効かない。

 床のドア――ハッチを強く閉めた。


(――クソ! ウソに決まっています!)


 だが、あの余裕っぷりには、何かがある。


『ウィル、あの女に絶食拷問を』

『……よろしいのですか? もし事実なら』

『ハッタリですもの。そんな力があれば、とっくに使っているはず』


 ゴルディは顎に手を当てて考えた。


『……見張り兵を、あの女が見える位置に置きなさい。拷問中に兵に変化がなければ、遠隔ではない』


 その後はランプオイルでも垂らして、塔ごと焼いて処分すればいい。

 それでSランクが1人消える。ゴルディはそう考える。


『冬までに決着をつける。いいですわね』

『あと1か月ほどですね……』


 心菜の処刑までの砂時計が、動き始めた。

 それは、全てが闇に葬られるタイムリミットでもあった。






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