ここで失敗すれば、ララを含め獣人たちが全員、皆殺しになる。
なのに――
『待ってくれ、リーダー』
兵士のひとりが、獣人の住処の一つから出てきた。
「いやあああああ!! 助けて!!!」
ケモミミの少女の声。
数時間前まで話をしていた、ラムだった。
耳を強引に引っ張り、男が憤怒する。
『この集落、獣人がいます! あの男が言っているのは嘘――』
言葉を待たず、早苗は即座に連弩で兵たちを撃った。
ラムを救出しようと駆け寄るが――
『この野郎が――ッ!!』
チェインメイルが、殆どの矢をはじいていた。
兵士は、ラムを手放していない。
(――くそっ!)
毒矢が効くまで時間がかかる。
即座に森の中へ駆け出し、退避した。
兵士たちの声が響く。
『あの野郎は敵だ!! 殺せ!!!』
『どうせモグリだ!! ネルソン様は文句言わねぇよ!』
(……ネルソン? 王国の西の公国か)
公国は、王国の属国のハズ。なんでここに……
木々のざわめきの中に、ラムの悲鳴の声が響く。
「いやだあああ! 助けて!! 救世主さま!!」
色は黒だった。
暴れて噛みつこうとするラムの喉元を、男が刺す。
『くそ!! やっちまった! 死んだら価値がねぇのによ!』
暗い赤、濃い血。
刺された首元から、溢れるように鮮血が垂れた。
次第に動脈から、スプレーのように血が吹き出る。
「あ、ああ……」
ラムは痛みに顔を歪ませ、バタリと倒れた。
「……う、ぅ、そ……きゅう、せいしゅ、さ……」
声は掠れていて、聞き取りにくい。
喋るたびに、喉の切り口から、血の泡が立つ。
「……わたし……し、にたく、な、ぃ……」
そして、ゆっくりと息絶えていく。
「………かぞく、ほし……かった……」
動かなくなった屍の目が、まっすぐこちらを見ていた。
(……くそ!!)
間に合わなかった。ラムだけじゃない。
次々と住処に兵が入っていっては、悲鳴が上がっている。
(クソっ! ララは……!!)
心底、恐怖を感じた。
人が死んだ。自分の仲間だった。このままでは、他のみんなも……
と――
「戦うんだ!! 閣下に誓った! 姉さんを――王妃を守れ!!!」
ララの住処の付近では、ラルクたちが槍を持って交戦していた。
獣人たちの身体能力は高い、が――
「クソッ! 鎧を貫通できない」
ガラン、と鈍い鉄の音が響く。
兵士のチェインメイルや重い盾が、木の槍を弾いていた。
(……戦況は不利だ)
早苗は毒矢を装弾し、ララの住処に走っていった。
滑り込むように中に入る。
周囲を探ると、すぐにララが抱きしめてきた。
「早苗さま……!!」
「ララ、無事か!」
確認すると、すぐに袋から銀の板を取り、出口の隙間から出す。
「……それハ?」
「磨いた銀。鏡で敵を見てる」
ラルクたちは? 接戦している。
だが――
「――マズいっ!」
ララを引っ張り、すぐに奥へ避難する。
瞬間、爆音――
燃え盛る炎の音とともに、熱風が、真上を通った。
「あ、あつイ……!!」
「ララ、大丈夫か!?」
「――うん!? な、なにガ!?」
「5人ほど、魔術師がいた」
獣人たちが焼かれ、死にゆく悲鳴が響く。
鏡越しに見ると、逃げ遅れた獣人の子供が、絶命して炭と化していた。
(……これ以上、犠牲は出させない)
布の袋にガラス瓶を入れる。
そして壁に叩きつけ、粉々に。
王都エフレでも、似たような方法を使った。
『………おい!』
大胆に顔を出した。
瞬間、気づいた魔術師らが、一斉に手を伸ばす。
「みんな、隠れろ!!」
獣人たちにだけわかるよう、大声でいう。
黒い霧が、魔術師たちの周辺に集まった、その瞬間。
「―――っ!!」
ぶん――っ、と力強く。
袋を魔術師たちに投げ、ララの手を引いて奥に退避した。
瞬間、爆発が起こる。
先ほどとは違う爆音。
一気に破裂して、即時に音は収まった。
爆発だ。王国語で、悲鳴が響いてきた。
『……あああ!! い、いでぇよぉ』
『め、目が見えない……!』
魔術師たちは、無力化されていた。
体中にガラスの破片が刺さり、パニック状態に……
「今だ!! 反撃しろ!!」
ラルクの命令が聞こえ、獣人たちの雄叫びが轟いた。
◇
最後の敵兵が倒れ、落ち着いたころ、ラルクが顔を出す。
「閣下、敵を殲滅しました」
「よくやった」
「閣下がすぐに気づいたおかげです」
生き残った獣人たちを見渡す。
そのほとんどが、仲間の死を嘆いていた……
「閣下、姉さん、こちらへ」
ララと一緒について行く。
そこには、縄で縛られた魔術師がひとり。
「捕虜か。よくやった」
「これも閣下のおかげです。今まで我々は、一方的に虐殺されていました!」
「……武器の差と、魔法の有無の差か」
その差をこれから、なくさないといけない。
「それより、負傷者の手当てを。ララ、手伝って」
「うン!」
「閣下、案内します」
結果として……
公国兵は死者17人。
獣人(ラー族)は死者27人、負傷者16人となった。
「無力だ……」
今日だけで30人近くの仲間が死亡した。
残った獣人たちは、60人。
「これ以上は、失うわけにはいかない」
必ず、誰もが犠牲にならないような、巨大国家にしてみせる。
◇
チリチリと、炎が燃え盛っていた。
戦死した獣人たちの遺体を、火葬していたのだ。
「……もうこんな光景は、見たくないものだ」
「閣下」
炎に照らされたラルクが、小走りで近づく。
「……捕虜から情報を得ました。やつらは、公国の私兵です。獣人を捕らえ、奴隷として売っているようで」
「そうか」
「ここからが、重要なのですが……」
重たい顔もちのラルクが続ける。
「彼らは、ただの偵察です。7日後に、今の10倍の兵士たちが、侵攻しに来ます……」
「10倍?」
今回は19人だったから、190人。
200人だと思っていいだろう。
今の武器と、残った60人の獣人たちでは、まったく太刀打ちができない。
「……他の獣人たちに、協力を要請するのは?」
「力を示せば可能ですが、今は難しいです」
「そうか……」
このままだと7日後、全滅するのは避けられない。
早苗だけじゃない。ララも当然死ぬ。
もはや、心菜を助ける以前の問題だ……
「さ、早苗さま……」
「大丈夫。心配しないで」
早苗は意を決して、ララとラルクに伝えた。
「すぐに拠点を作り、ドワーフたちを勧誘して、武装する。軍事革命を起こす」
急がないといけない。
7日以内に、外敵に対抗できるだけの力を得る。
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