公国兵たちを撃退した早苗たち。
今日、ついに次のステップに進む時が来た――
「陛下。帝国との貿易から、帰ってきましたぜ」
早苗を陛下と呼ぶドワーフたちが、引いていた荷台を止める。
皮袋を開くと、大量の大豆が詰められていた。
「よくやった。さすが商人たちだ」
ドワーフは紙を数枚、取り出した。
「売れ残りはこれだけです。陛下の提案で大量生産した紙、好評でしたが……」
「どうした?」
「貴族向けの鎧や剣以外は、あまりいい条件をだされず……」
早苗は袋の数からパッと計算する。
相場の半分も無さそうだ。
「国力が違うと、平等なトレードはされにくい。気にするな」
「陛下……」
「大事なのは、大豆が手に入ったってことだ」
大豆は、亜人の島には存在しない。
銃の次の軍事革命には、必要だった。
「今までで一番、危険な兵器を作る」
それはノーベル賞の起源となり、世界中の軍事に革命を起こした代物。
「ニトログリセリン。ダイナマイトを作る」
「……なんだそりゃ? 坊主」
ドワーフで一流鍛冶師の、ギガが歩んでくる。
「……ダイナマイトは、人類史を変える爆弾だ」
「火薬ならもうあるだろ」
「威力が桁外れに違う。元々は採掘作業に使われていた。トンネル掘削や道路建設」
一息ついて、続きを言った。
「……その後、戦争で大量殺戮するのに使われた」
ギガを含め、ドワーフたちがゾッとする。
「前のライフルより……すげぇのか?」
「比べ物にならないほど、危険だね。だから、これを作るのは、僕ひとりでやる」
とそこで、先程まで黙っていたララが手を上げた。
「それはダメ! わたしモ……!」
「僕ひとりの方がミスをしない」
「でモ――」
「それよりララには、別の大事なものをお願いしたい」
そうして説明すると、彼女は納得して頷いた。
「……わかった! 少し北に行けば、もう雪が降ってるかラ」
「ありがとう。何人か兵を連れていって」
早苗はわざとララを遠ざけていた。
理由は単純で、彼女を危険な目に遭わせたくなかったから。
「あ、王子。わたしなら……」
「ラーサも第一王女だから……」
「大丈夫だよ♪ わたしは役に立ちたいの」
「そうか……」
だが、早苗は不安だった。
少しでもミスをして引火したら、早苗とラーサが死ぬだけじゃ済まない。
と、太い手に腕を掴まれる。
「坊主。そういうのは、俺を誘え」
「……ギガ。君にはライフルの大量生産を頼んだんだが」
「同じものを何度も作るのは、お断りだ! 俺は職人だ!」
「いや、工業化っていうのはそういう――」
説明をするが、ギガは聞き耳を持たない。
「頼むよ! 坊主の知恵で、新しいものをどんどん作りたいんだ! 俺に夢を見せてくれ!」
「……わかった」
「ありがとよ! じゃあ部下を集めて、科学研究所とやらに行くぜ!」
そうして早苗とラーサ、そしてギガと3人のドワーフたちが、ダイナマイトの制作に入る。
材料自体は、硝酸、硫酸、グリセリンと――
グリセリン以外はすでに持っていた。
◇グリセリンの作り方
① 大豆を砕き、60~88℃で熱する
② フレーク状になった大豆を、溶媒抽出法でオイルを摘出
③ 低温で熱しながら苛性アルカリ溶液(草木灰など)を追加
④ 溶液が濃くなるまで15分ほど、熱しながら混ぜ続ける
⑤ 食塩を加え、冷めたら完成
◇
数時間後、早苗はほっと一息ついた。
「できたな。天然グリセリン」
「王子、これ、全然兵器にみえないけど……」
「これ自体は化粧品の材料だからね」
「ええっ! 使いたい♪」
そのうちね、と早苗が言うと、外に出る。
その後ろを、ギガとラーサがついてくるが……
研究所のすぐ近くの川で、早苗は足を止めた。
「坊主、こんな所で何を――」
ギガが言い終える前に、早苗が川に沈めていたガラスの試験管を取り出す。
「十分に冷えてるな」
「王子、それは?」
「冷やした硫酸だよ。これに硝酸をゆっくりと加える必要があるが……」
その時、完璧なタイミングで、かわいらしい声が。
「早苗さま!! 言われたもの完成したヨ!」
ララが駆け足でやってくる。
彼女が、木の板にガラス瓶を縛った物を、早苗に渡してきた。
「ありがとう。すごくよくできてる」
「えへへ」
「あの……王子?」
早苗は渡されたものを、ラーサに見せた。
「温度計だよ。これから必要になる」
作り方は、
① 筒状のガラスにエタノール(本当は水銀の方がいい)を入れる
② 沸騰したお湯に入れ、膨張した所に100度と目印をつける
③ 氷水に接触させ(島の北)、収縮した所に0度と目印をつける。
④ 完成。
「ありがとう。じゃあララは休んで……」
「え、またなの……? わたしは早苗さまと一緒にいたイ!」
「あのさ、王子」
耳元で、ラーサに小声で言われる。
「……ララさんは危険でも、王子の近くにいたいと思うよ」
「はぁ……」
危険だから、本当はララだけじゃなく、ラーサとギガにも休んでいて欲しいのだが。
「わかった」
背後にいる条件で、ララの見学を許可した。
そうしてニトログリセリンの調合をはじめる。
ニトログリセリンの作り方はこうだった。
(C3H5(OH)3 + 3HNO3 + H2SO4 = C3H5(NO3)3 + 3H20 + H2SO4)
① 13 mL の硝酸を冷やす
② 39 mL の硝酸を入れて、ゆっくりと混ぜる。
③ 10~15°C に冷やす(温度計を使おう)
④ ゆっくりとグリセリンを追加。この間も30℃以下を保つ。
⑤ 優しく10分ほどかき混ぜる。するとニトログリセリンが酸溶液の上に浮かぶ。
⑥ ニトログリセリンを摘出して、重曹(帝国で作った)の中に入れて、安定化させる。
⑦ ゆっくりと慎重に、ニトログリセリンを重曹から摘出する。
「よし、完成だ」
ラーサたちに教えながら作っていた早苗が、鉄の板を取り出す。
そうして1滴だけニトログリセリンを鉄に垂らして、火を近づけた。
すぐに青い火柱が燃え上がっては消えた。
「……おお! 凄イ!」
「だが坊主よ、これぐらいなら大したことないんじゃ……」
「ならギガ、君がテストするといいよ」
早苗は紙にニトログリセリンをひとつ垂らして、地面に置いた。
「その紙をハンマーで叩いて」
「へいへい」
早苗はララの耳を塞いだ。
やる気ないそぶりで、取っ手の長いハンマーで叩きつけるギガ。
瞬間、強烈な破裂音と共に、紙が破裂する。
「……お、おお!! なんだこりゃ!? とんでもねぇぞ!!」
「一滴でこれなんだ。増やしたらどうなると思う?」
「はは…!! 正解だったぜ、坊主!! こんなの、エアルドネルを根本的に変えちまう!」
坊主についてきてよかったぜ、とギガに言われる。
だが早苗は無反応で、フラっとしていた。
最近はほぼ徹夜で、作業しっぱなしだ。
「っ! 早苗さま……!」
「坊主、休めよ。あんまり嬢ちゃんを心配させるな」
「まだダメだ。時間がない……」
「王子。わたしたちがやるからさ♪ 紙に書いてくれれば、ギガさんたち読んであげるから」
「……そうか」
確かにこの状態で続けたら、ミスを起こしそうだ。
早苗は、少し休むことにした。
……もうすぐだった。
心菜を助けるため、王国に進軍する準備が、もうすぐ整う。
「…………」
ララと寝室に戻り、静かに目をつむる早苗。
ララに髪を撫でられていた。
「おやすみなさい、早苗さま」
◇
「…………」
あれから、何時間寝たであろう。
早苗は目を開き、ゆっくりと立ち上がる。
ギガに、千切れた右手を渡された。
「ぼ、坊主……」
「―――っ!!」
なんだ、これは。ギガの手? なにが起こって……
一気に眠気が消え、外の燃え盛る火炎の音が鮮明になる。
何があった。寝てる間に、爆発音が聞こえた気はしたが……
「早苗さま!!! 大変!!」
家の周囲から、叫び声や悲鳴が聞こえる。
そんな中、顔を真っ青にしたララが駆けつけ、ギガの腕を布で押さえる。
「ギガさんが……ギガさんが……」
「どいてくれ……嬢ちゃん……」
ギガがララを退け、布を取ると、一気に血がボタボタ床に垂れた。
痛みに顔を歪ませたギガが、断面を見せてくる。
「み、右手が……無くなっちまったんだ。ぼ、坊主なら、治せるよな……?」
「ギガ……お前……」
「なぁ、そう言ってくれよ……1000年後から来たんだろ? 俺の利き腕なんだよ……」
燃え盛る火炎の音だけが、周囲に響いていた。
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