【フルボイス】追放されたノーベル賞受賞の科学者、異世界に最強国家を作る ~チート無しで転生するが、現代知識で文明を再興~【エアルドネル戦記】

Naina R. Uresich
Naina R. Uresich

第四章 中世ヨーロッパⅡ The Middle Age

第4-1話 ロスト イン タイム

公開日時: 2023年4月9日(日) 19:00
文字数:4,068





「この世界の王になれ、か」

 

 早苗は、真面目に可能性を考えていた。

 もし亜人の島の王に……

 

「……獣人、ドワーフ、エルフがいるんだね?」

「うん。獣人たちだけなら、わたしの命にかえても、説得すル……」

「ありがとう。でもまず、ここから脱出しないと。しかも3日以内に」

 

 両手を縛っている鎖をガチャガチャ鳴らす。

 錬鉄だ。鋼鉄の10倍は脆い。

 

「ワインビネガーで少しずつ錆びらせれば……いや、それだと2週間はかかるか」


 そもそもこの地下牢は糞尿、虫、ネズミと、かなり不潔だ。

 2週間もいれば、仮に処刑されなくても、病気で死ぬ。

 

「ララ、君も必ず助ける」

「……早苗さま。どうしていつも、わたしを助けてくれるノ?」

「えっ?」


 考えれば、もともと、他人を思いやる性格ではなかったはず。

 

「……前も言ったけど、似てるから」


 そして、普段は絶対に話さないであろう、自分の過去を話した。

 

「僕が前世で死んだ理由は、ある女の子を助けたから」

「……女のコ?」

「迷子で、あまり英語が上手くない、10歳のゲール人の女の子。泣いて怯えていたんだ。君みたいにね」 

「……ご、ごめんなさイ」

 

 ううん、と早苗が続ける。

 

「誕生日に海外旅行に来て、博物館ではぐれたって。幸せそうな子だった。その年齢の時、僕は……」

「……えっ?」


 何でもない、と言って頭を振った。


「一緒にその子の親を探してあげたら、道路の向こうで見つけた。でもその子は、トラックに気づかず駆け出してしまった」


 今でも鮮明によみがえる。

 明らかにスピード違反のトラックが、小さい体を撥ねようと――


「僕が助けないと、その子が死ぬか、重篤な後遺症が残る気がした。だから庇った」


 自分でも、よくわからない行動だった。


「そしたら、僕が代わりに死んで、起きたらこの世界」


 死因は恐らく、手が施せない重症外傷。

 そういって早苗は話を終わらせた。

 

「そ、そっカ……」

 

 しーん、と辺りが静まる。

 なんで過去の話をしたんだろう、と後悔していると……

 

「早苗さまは、その子が好きだっタ?」

「いや、10歳だよ。そんなことあるわけ……」

「……え? わたしより年上だけド」

 

 ふたたびシーンとなる。

 あれ、ララって冗談言うような子だっけ。

 

「ララは何歳?」

「わたしは6歳。獣人は、2歳で成人になル」

「そっか。君は10代後半ぐらいに思ってた……」

「人間はみんな12~14歳で結婚するヨ」


 そういえば史実でも、中世では、早ければ6歳で結婚していた。

 自分が持つ常識を捨てないと。

 

「……あの、で、でモ」

 何故か、ぽっと頬を赤くしたララが続ける。

 

「その助けられた子は、早苗さまのこと好きだと思ウ」

「……そっか」 

 ララの顔は見なかった。

 どんな表情をしているのか、多少は興味があったが……

 

 

 次の日の朝になる。処刑まであと2日。

 早苗がいる地下牢の遥か遠い場所――神殿から、マックスが出てきた。

 

『……信じられないくらい美人だった』 

 昨晩マックスが抱いた、カーテンの向こうから出てきた女性である。

 あんな完ぺきな美人が実在するなんて、この世界はどこかが間違っていた。



『……名前、リンだったよな。また会えるかな』

 王国で成功し、あの美人を妻として迎える。

 マックスはもう、それしか考えていなかった。

 

 ◇

 

 処刑まであと2日。

 痛みで目が覚めた早苗は、自分の左手を見る。

 

「Ⅰ度火傷だな……」

 皮膚が赤くなり、痛い。だが大丈夫だ。


 が、問題はそこじゃなかった。 

 床を目掛けて、派手に嘔吐する。

 

「……ううっ、病気が悪化してる」


 眩暈と吐き気が同時に襲う。

 不衛生な環境での、経口摂取後の下痢と嘔吐。

 苦しい。前世なら救急車を呼ぶレベルだ。


『サナエ』

 ウィルフレッドの声だ。

 昨日、左手を熱湯に押し入れた本人が、ドアを開け地下牢に入る。


(……ドアのカギは、古いウォード錠か)

 脱獄するには……

 まず腕の鎖を外し、あのドアを開け、さらに脱獄経路を確保しないと。

 しかも病気と戦いながら、あとたったの2日で。

 

『うっ……お前……』

『……ウィルフレッド、医者を呼んでくれ。じゃないと公開処刑の前に、僕は死ぬ。王妃に死なせるな、と言われただろ?』

『死ぬだと? 何を根拠に――』

『今朝も下痢だった。粘血便だ』


 感染性胃腸炎、コレラ、ノロウイルス、いろんな鑑別が挙がる。

 だが、恐らく……


『俺はお前らの言語を話せるから、拷問官として呼ばれただけだ』

『……拷問?』

『鞭に打たれながら、神への許しを乞うんだ』

『このままだと今日僕は死ぬ。死んだら拷問もできないぞ』

 

 再度嘔吐すると、騎士長は観念して牢を出た。

 しばらくすると、ローブを羽織った司祭を連れてくる。

  まて、これが医者なのか……?


『これは呪いですな』

 医者は聖油を手に付けて、こちらを向く。


『さぁ、おでこを』

『……じいさん。手で触れて奇跡で治療、なんて言うなよ』

『あってます。さぁ、おでこを』


 絶望する早苗。

 中世では、病気は罪のせいだと信じられている。

 つまり同レベルのエアルドネルにも、まともな医療はない。


『ちゃんとした診察を……』

『占星術を用いた診察ですか? 私の専門では――』

『いや、そうじゃなくて』

『病は罪の呪いなのです。聖職者の奇跡と、お祈りなしには、治りません』

『いや、消毒もしてない手で触るな。……おええっ!』

 

 再度嘔吐するが、すでに出せるものがない。

 

『はやり、呪いですな……』

『さ、細菌やウイルスの概念がないからな。……薬は?』

『ポーションなら』

『成分は?』

『水銀やヒ素です』

『……殺す気か?』


 因みに史実だった。

 ゲームによく出るポーションの原料は、水銀とヒ素や細かくした宝石。

 ただの毒を、中世人らは喜んで飲んでいた。

 他にも中世では、ラブポーション(精力剤や惚れ薬)を、流産した胎児のエキスから作っていたとか。

 早苗は、真っ青な顔で続ける。

 

『……自己診療しよう。赤痢だよ』


 晩餐で飲んだ水や、この汚物だらけの地下牢が原因だ。

 はぁ、と間の抜けた声を医者は返す。


『細菌性赤痢ならニューキノロン系に生菌整腸薬と補液。アメーバ赤痢ならメトロニダゾールが欲しいが……』


 何を言ってるんだこいつ、という顔をされる。

 早苗は遠い目をした。

 

『ないよな、そんなの。この場合、経口補液で自然治癒を祈るしかないが、この世界は水そのものが汚染されてる』

『そうですね。ですので、祈りをささげてください。あと呪いは血液に溜まります。なので、瀉血で血液を出せば――』

『もう帰っていいよ』

 

 医者が帰っていく。異端として弾圧しないだけでも、いい司祭なのだろう。

 だが早苗は絶望した。できることがほぼない。

 

「う、ううう……早苗さま……」

 ララは泣いていた。

 自分とは真逆で、共感性が強い、いい子だ。

 気にせず、ウィルフレッドが立ち去ろうとする。

 

『騎士長、待ってくれ。この左手の腫れは、深達性Ⅱ度熱傷(Ⅱd)以上の初期症状だ。細菌が入れば、今日僕は死ぬ。処刑日には間に合わない』

『そうは見えんが』

『左手の鎖だけでも外してくれ』 

 

 もちろんⅠ度火傷なので嘘だ。


『信じられん……』

『僕は前世では、研究医だ』


 これは本当だった。

 はぁ、とため息をつくウィルフレッドが、左手の鎖を外す。

 やった、と思った矢先、新しい鎖が左足に。


『逃げようなどと、思うなよ』

『……ありがとう。あと本当にワインを、できれば古いヤツ。ラムかウォッカならなおいい』

『貴様、調子に――』

 『飲むわけじゃない。火傷や頭部の消毒用に欲しい。ダメなら死ぬほど痛むが、酢でもいい。頼む……』

『ダメだ。だが、水なら許可しよう』

 

 その水が汚染されているのだが……

 

『……最後に、嘔吐しすぎて胃袋に何も入ってない。死ぬ前に何か、食べ物を』

『はぁ』

 

 ウィルフレッドが、つかつかと近寄って重い声を出す。


 


『この国では、平民は年に数回しか肉を食えない。晩餐で食べたような物は出ないぞ』


『……じゃあ、漬け物を。故郷でよく食べた。死ぬ前に故郷を思い出したい』

『ピクルスか。それぐらいならいいだろう』

『あとは、栄養分がある液体。あと2日生きる為にくれ。芋の煮汁でいい……』

『はぁ。あとで持ってこさせる』


 ウィルフレッドは仕方なく同意し、そのまま立ち去る。

 彼が出ていったタイミングで、泣いているララを見た。

 

「う、うう……早苗さま……どうすれバ……」

「ララ。もう泣かないでくれ」

 

 少しすると、誰かが階段から降りてくる。

 カーミットだ。彼女は水の入った小樽を置いて、出ていく。

 彼女はさらに瓶に、ジョッキ、そして漬け物を持ち、再度戻ってきた。

 目の前で、懺悔される。

 

「サナエサン……!! 本当にごめん!! ワタシのせい」

「いや、誰のせいでも……」

「イヤ、違う!」

 

 彼女は大きい声を出して、続けた。

 

「これはワタシのせい! ウィルフレッドにサナエサンたちを見逃してってお願いして、聖痕がないことを教えたから……」

「ああ、そうか」

 

 そういうことか。

 それでも正直、王と王妃のあの感じを見た限り、バレていた。

 

「……コレ、沸騰させた水です」

「本当は蒸留水が欲しいが……」


 カーミットに飲ませてもらう。ヘドロのような味だ。

 と、いくつか物を出される。


「すぐ上の階の、厨房から盗みました。チーズやパン。食べます……?」

「ありがとう。いや、これ……」

「アア! スミマセン、ダメになってました。いらないですよね……?」

 いや、いる、と言って早苗は続けた。


「心菜は?」

「ココナサンは東の塔、空中牢です。牢獄なのに、王族の私室と同じレベルです」

「なるほど」


 そういえば王妃、心菜にランク付けはいらないと言っていた。

 何かあるのだろう。

 カーミットが決意のこもった目を向ける。

 

「……今日、懇願しようと、王妃の部屋に入ったんです。書斎に筆記帳がありました」

「え?」

「コウ書かれていました」

 

 話をまとめると、筆記帳に書かれていのは―― 


 ウィルフレッド=バーグマン 忠誠心が高い。

 カーミット=ジーメン 反逆の意思あり。いずれ処刑に。

 ノエミ=リアーリ 反逆の意思、全くなし。安全。

 マックス=グッドウィン 承認欲求が高い。

 サナエ=アサカ × 亜人。処刑に。

 ラランサ × 亜人。処刑に。

 ココナ 不可。Sランクの可能性あり。

 

「……なんだ、それは」

 話を聞いて、寒気が走るのを感じた。





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