「「「「ごめんなさい」」」」
四人に謝られ、マーリンはため息をついた。
彼も、まさか宿に迎えに来て、いきなり鈴が壊した扉の修理費を支払うことになるとは思っていなかったようだ。
しかし、ドアの修理費ははした金とまでは言わないまでも、それほど高いものではないのでその場で支払った。
そして、四人はその日も馬車に乗って移動する。
「それで、これから身分証明書みたいなものを発行するんでしたっけ?」
「そうだ。そう時間はかからないから午前中には終わる――」
「あの、その前に服を買いたいです」
「そうですね。私たち、寝るときも制服のままでしたし、着替えは必要です」
「この服のままだと目立つっすからね」
「……服は必須」
四人が言うと、マーリンは頷いた。
彼女たちの服が目立つのは彼も思うところがあった。
「なら、まずはスマホの買い取りを済ませておこうか」
「マーリンさんが服の代金を支払ってくれるんじゃないんっすか?」
「さすがに経費で落ちそうにないからな」
四人は残念そうに笑ったが、そこまでの期待はしていなかった。
千秋がスマホを取り出してマーリンに渡し、マーリンは金貨の入っている袋を渡した。
「袋に金貨が百枚入っている。服を買うのならそれで十分過ぎるだろう」
「五百枚のはずっすが?」
「残りは為替だ」
マーリンは丸めた羊皮紙を千秋に渡した。
これを、これから身分証明書を発行する場所に持っていけば自分たちの口座にお金が振り込まれるらしい
「確かに受け取ったっす。じゃあ、とりあえずこれは四頭分するっすか」
「いいの? 千秋ちゃんのスマホなのに」
「勿論っすよ。四人は共同体みたいなものっすから」
そう言って、千秋はそれぞれ金貨二十五枚をみんなに配った。
そして、四人は自分の財布に金貨を入れる。
「あ、そうだ。マーリンさん、異世界のお金いりますか?」
鈴はそう言って、小銭入れの中にあった五円玉を一枚だけ取り出した。
「ほう、……細工が細かいな。これが異世界の金貨……いや、黄銅か? 何故穴が空いているのだ?」
「紐を通せば持ち運びが楽だから……かな?」
「違いますよ。黄銅の節約ですと偽造防止です」
鈴が適当に語ったことをヤヨが訂正した。
金貨一枚は、ちょうど穴のない五円玉と同じくらいの大きさだった。
それを二十五枚財布に入れた。
「そうそう、マーリンさん。日本では五円玉は、ご縁がありますようにって、良縁のお守りにもなるんです。よかったら大事に持っていてくださいね」
「そうなのか。儂も其方たちとの出会いはいいものだと思っているが、この異世界の銅貨の御利益かもしれんの」
マーリンはそう言って、少し嬉しそうに五円玉を自らに財布にしまった。
そうこうしているうちに、馬車は目的の場所に着く。
店の入口に甲冑の鎧が飾ってあり、異世界に来たという雰囲気とともに、「ここって本当に服屋さん?」という疑問もあった。
「ここは冒険者向きの服屋だ。黒髪の女性はこの国には少ないからな。目立たないように冒険者の姿になってもらおうと思う」
「余計に目立つような気がするけど……」
鈴は西洋甲冑を着ている自分の姿を想像してそう言った。
「中には普通の服も売っていますよ」
「本当っ!?」
店の中に入っていくと、ヤヨの言う通りいろいろな服があった。
女性ものの服だとワンピースタイプの服が多いが、それ以外にもいろんな服が選べる。
「まるでコスプレショップみたいっすね」
千秋は魔法使いが使うようなとんがり帽子を見て言った。
「……サイズが大きい」
小柄な蓮水は、自分のサイズに合う服を探すのが大変そうだ。
その時、店員が現れた。
とてもセクシーな女店員だった。
「いらっしゃい。あら、珍しいわ。可愛らしいお客さんたちね。この店は初めてかしら?」
「「「「はい」」」」
「そう。なら試着してみたい服があったら私に言ってね」
「ちょうどいい。まずは、店員に選んでもらった一着を着ると悪目立ちすることはないだろ。今日はそれに着替えてくるように。あとは好きに買えばいい。儂は馬車で待っておるから」
「「「「はーい」」」」
四人はそう了承した。
マーリンが待ちきれずに店の中に戻ってきたのは一時間後のことだった。
四人とも、それぞれ女店員がお勧めした服に着替えている。
鈴の姿は拳闘士のような服装。身軽そうな服装で胸の部分にだけ最低限の鎧をつけている。拳にはガントレットが装着されていた。
ヤヨは魔術師のような服装。白いローブを纏っていて、樫の杖を持っている。元々の眼鏡のお陰で、インテリっぷりに磨きがかかっていた。
千秋は狩人タイプ。鈴よりも身軽そうな姿で、スカートの丈は制服よりもさらに短いが、脚の大部分は長いソックスでカバーしている。背中に弓を背負っていて、矢筒を腰に下げていた。
蓮水はレンジャータイプ。厚手の服で、腰には短剣と鞭が付けられている。
「……なぜ武器まで買っているんだ?」
「千秋ちゃんが、冒険者の真似をするなら武器は必須だって。店員さんにも勧められましたし」
「ええ、適性に応じた武器を見繕ったわよ」
「なるほど、それはわかった。それで、その大量の服は?」
カウンターの上には、大量の服が置かれていた。
「馬車で店に来られる機会はそうそうないから、運べる手段があるうちに買っておこうってみんなで話してこうなりました」
「……これでも厳選した」
「この三倍は試着したっすからね」
「なるほど……この世界の女性も異世界の女性も、買い物好きなのは同じということか」
マーリンは遠い目をしてそう言ったのだった。
馬車の中は荷物でいっぱいになるかと思いきや、そうでもなかった。
マーリンが使うことができる収納魔法という魔法により、亜空間に入れることができるからだ。
初めての魔法に、四人は感動した。
「魔法って箒で空を飛んだりカボチャを馬車に変えたりとかそういうものだと思ってたけど凄いね」
「亜空間というのは異世界のようなものなのでしょうか? それともブラックホールのように圧縮……でも元の大きさに戻るとなると……質量はどうなっているんでしょうか」
「……四次元ポケットみたい」
「収納魔法はテンプレの便利魔法っすね。是が非でも覚えておきたいところっす」
収納魔法は、四人が泊まっている宿の部屋分くらいの物をしまっておくことができる魔法だ。
「収納魔法の修得には魔法の才能があるものでも修得に十年はかかると言われている。そう簡単に使えんよ」
そういうマーリンはどこか誇らしげだ。
「他にも魔法があれば見せてほしいっす」
「うむ、よかろう。目的の場所に着くまでなら……とはいえ、馬車の中なのであまり派手な魔法は使えんが」
そう言うと、マーリンは先端に宝石があしらわれている杖を収納から取り出した。
そして、力を加えると、杖の中から小さな氷の粒が零れ落ちる。
「これが水と冷気の融合魔法の氷魔法じゃ」
「「「「おぉっ!」」」」
四人は拍手をした。
「やっぱり魔法にはイメージが重要なんっすか?」
「そうだな。水の魔法を使おうと思えば、まずは水を生み出すイメージが必要になる。通常、攻撃に使えるような強力な水魔法を使おうと思えば水辺の近くでしか使えないが、魔力により空気中の水分を集め圧縮させることで水を生み出すこともできるのだ」
「え? 圧縮? 温度差じゃないんですね」
鈴が思わず尋ねた。
「温度差? どういうことだ?」
「あ、ごめんなさい。私の家の近くの公民館に空気から水を作るウォーターサーバーが設置されたんです。その説明を思い出してつい」
「詳しく話してくれないか?」
「えっとですね。空気から水を生み出すには、まず吸着フィルターっていうのに水を吸わせて、それをヒーターで蒸発させるんです。それで蒸発させた水が外気に触れることで、温度差が生じて水ができる……みたいな話でした」
「待て……吸着フィルターというのはよくわからないが、水をくっつけるものだろう。温度差による水……そこまでの温度差を生み出すとなると水を作るだけなら効率が悪いが、しかし氷魔法なら、冷気を生み出す時に発生する反動熱を利用することで効率よく水を生み出すことができるのではないか……うむ……」
マーリンはそう言うと、杖を構えた。
すると、先ほどと同じように氷の粒が落ちた。
「これは……なるほど、確かに魔力の消費が少なく済むわけか」
「えっと、よくわからないけれど氷、今度作るのならこの中にお願いします」
鈴はそう言って、水が入っている水筒をマーリンに渡したのだった。
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