「ガハハハ、まさかあんな雑魚を倒しただけでこんなに金が貰えるとはな」
貴族御用達の闘技場で、陽はオーガという魔物と戦った。
なんとか捕獲したものの、兵たちの手に負えないので退治してほしいという依頼だった。
遠目でオーガの姿を見た陽は、最初、恐怖で身がすくんだ。しかし、ギュンダーでも余裕で倒せる魔物だと聞いて、陽は戦う気になった。
陽はギュンダーとなんども模擬戦を行ったことがある。
最初はギュンダーのフェイントの攻撃に苦労させられたが、戦うことに慣れてからは一太刀も攻撃をくらったことはない。
実は、ギュンダーには皇帝から、陽の機嫌を取るために手加減するように言われていたのだが、そんなことを知らない陽は、ギュンダーでも倒せるのなら自分でも余裕で倒せると思った。
そして、実際、陽は余裕でオーガを倒してみせた。
一週間、食事を与えられておらず弱り切っていたオーガだったため、勝てるのは当然なのだ(それでも一般兵だと負けてしまうくらいには強い。そんなことを知らない陽はますます上機嫌になっていく。
「やはり俺様は最強だな。くくっ、女もよりどりみどりだし。電気も水道もガスもコンビニもないし、スマホの充電もできないし地獄だと思っていたが、ここは天国のようだな。使えないスマホがこんな豪邸になるんだもんな」
マーリンが千秋に教えられてスマホの有用性に気付いたように、アルトランド帝国も同じくスマホの研究が必要だと判断していた。
だが、その代わりに、日本にいたら一生住むことができないような豪邸をもらったので、陽は別に怒っているわけではない。
むしろ、電池の切れたスマホなんて役に立たないガラクタだと思っていた。
ただ、この豪邸は最初から陽のものになる予定であり、かつ陽をこの地に縛り付ける道具であることに彼は気付いていない。
「ヨウ様。ギュンダー近衛兵隊長様がいらっしゃいました」
「ギュンダーが?」
メイド長に通すように言うと、ギュンダーが部屋に入ってきた。
「よう、どうしたんだ?」
「聞きたいことがあってな。勇者殿と一緒にこの世界に来た四人の娘のことだ」
「四人の娘? あぁ、あいつらか」
最初は、自分の妾になることを断ったことに腹を立てていた陽だったが、いまはすっかり忘れていた。
「彼女たちは戦いの達人なのか?」
「いや、知らないな。会ったのもあの日が初めてだし。あいつらがどうかしたのか?」
「彼女たちは冒険者になった」
「冒険者か。お似合いじゃないか」
アルトランド帝国の教育で、陽も冒険者がどういう職業なのか理解している。
国の兵が相手にするような大きな事件ではない、たとえば雑魚の魔物の討伐や、商人の護衛、掃除やお使いのような雑用をこなす者のことだと、間違ってはいないが偏見のある説明を受けていた。
「そして、その者たちは冒険者になった次の日にはグレーウルフを、さらに次の日には盗賊たちを倒している」
「なに?」
狼と盗賊。
どちらも陽たちにとっては大したことのない相手だが、それでも日本人にとっては脅威となる。
「人を襲う狼か。日本だとニホンオオカミって狼がいたそうだが、絶滅してるしな。犬とでも勘違いしたんんじゃないか? それに、盗賊といってもチンピラだろ?」
陽は笑いながら言った。
本当はニホンオオカミだけではなくエゾオオカミという狼もいたし、そもそもニホンオオカミは狂犬病に感染したりしない限り、人を襲ったりはしない。どちらかといえば、現代のアライグマやカラスのほうが凶暴だったりする。
「逃がした魚はでかかったってか? どちらにせよ、勇者である俺様より強いってことはないだろ?」
陽はそう言って笑った。
だが、陽の言ったことは的を射ていた。
逃がした魚は大きい。
アルトランド帝国は、鈴たちが勇者でないとわかった時点で解放してしまったが、そのために正確な強さを判断することができなかった。
勇者ではなかったとしても、それに準ずる強さを持っているのかもしれない。
しかも、その四人のうちの一人、ヤヨは足しげくロルキア王国の大使館に通っているという。
それだけでも、王国にとってあの四人は価値のある人間という証拠になるのではないかと警戒していた。
陽の部屋を出たギュンダーは、給仕たちに、引き続き陽の見張りをするように命じると、四人について調べ、何か手を打たないといけないなと考えた。
「それで、ヤヨ先生は魔術を使えるようになったんっすか?」
その日の夜、早速千秋は、ヤヨにそう尋ねた。
鈴と蓮水も興味津々に尋ねる。
「はい……少しだけですが」
そう言うと、ヤヨはなにもないところから樫の杖を取り出してみせた。
三人は、
「「「おぉぉぉぉっ!」」」
と声をあげ、そこで千秋はあることに気付いた。
「そういえば、スミスミって、声をあわせるときはいつもより声が大きいっすね」
「……スミスミ言うな。空気くらい読める」
恥ずかしいことを指摘されたのか、蓮水はそう言って俯いた。
「ヤヨちゃん、凄いよ! 収納魔法って覚えるのに十年かかるって言ってたよね? もう使えるようになったの?」
「はい。あ、マーリンさんには黙っていてくださいね。あの人の前ではまだ見せていないので。使い方の理論を教わっただけなんですよ」
「え? なんで?」
「修得するのに十年かかるような魔術をヤヨ先生が一日で使えるようになったら、マーリン爺ちゃんの自尊心が潰れるからじゃないっすか?」
「……ロルキア王国側から危険視される恐れがある。アルトランド帝国側にバレたら城に連れ戻されるかも」
出る杭は打たれるというが、打ち切れない杭は引っこ抜かれる。
勇者としての引き抜きならまだしも、拉致となったら困る。
ヤヨが弟子でありながら魔術の才能をマーリンの前で見せなかったのは英断と言えるだろう。
「そうだ、ヤヨ先生! 収納でしているものは時間が止まるっすか?」
「ええ、そうみたいですね。正確には時間が止まるのではなく、時間の干渉から隔離されている感じですね。収納したものを取り出すのは、パソコンでいうとショートカットにアクセスして引き出すみたいなものなんですけど、元のファイルの場所が変わったらショートカットが使えなくなるのと同じで、収納したものが変形したら取り出せなくなるから、時間を止めている……そんな感じですね」
「ヤヨ先生……」
千秋は真剣な眼差しでヤヨの手を取り、そして言った。
「その説明、なんか中二病っぽいからうちは好きっす」
「そうじゃないでしょ、千秋ちゃん!」
鈴は千秋を引き離して本題に入った。
「実は、今日、牧場でいっぱい牛乳をもらったんだけど、どうしようかなって話してたの。収納魔法の中の時間が止まるのなら、中に入れてもらえるかな?」
「はい! あ、魔法で冷やして飲んだり、温めて飲むこともできますよ」
「そんな魔法も覚えたのっ!?」
「はい。基本的な魔術もだいたい使えるようになりました」
「……魔法と魔術ってどう違うの?」
「ほとんど同じですよ。魔法は魔術を含めた魔力を使う分野すべてのことで、主に攻撃に用いられる魔法を魔術、回復に用いられる魔法を法術と呼ぶそうなのです」
「同じ理科でも、原子や分子に関係するものを化学、重力とか力学に関係するものを物理というようなものってこと?」
「そう言ったらわかりやすいですね。あと、遠心分離の技術に応用して、生クリームも作れそうですね」
「「「生クリームっ!?」」」
甘味を欲していた三人が、またも同時に声をあげたが、
「あの、生クリームがあっても砂糖がありませんから、甘いクリームはできませんよ」
と言ったので、三人は落胆したのだった。
「今日は商店はもう閉まっているから、明日砂糖を買いに行こう!」
「「おぉぉぉっ!」」
「あ、私は明日もマーリン先生に魔術の理論と文字を教わりにいくので、買い物はお任せしてもよろしいですか?」
「うん、生クリームの美味しい作り方、頑張って覚えて来てね!」
「お料理教室じゃない……と思うんですけど」
講義の後、大使館の料理人に酒に合う料理のレシピを教えているため、完全に違うとは言えない。
ヤヨは少し困ったように笑ったのだった。
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