鈴たちは、城の外まで連れていかれ、さらにそこから馬車に乗せられた。
その間も鈴はずっとむっとした表情を浮かべている。
「ほんっとうに最悪! なんなの、あの男!」
「まぁまぁ、鈴っち。外の景色でも見て落ち着くっすよ」
そう言われて、鈴は怒りながら外を見た。いつの間にかあだ名で呼ばれていることに気付いていないようだ。
立派な街並みだった。ほとんどは壁のせいで中は見えないが、道にはゴミひとつ落ちていないし、馬車もあまり揺れない。
「綺麗な街並みですね」
ずっと落ち込んでいたヤヨが、ようやく笑みを浮かべた。
「たぶん、ここは貴族街っすね」
「貴族街?」
鈴が千秋に尋ねた。
「貴族が住むお屋敷っす。領地を治める貴族の別邸とかもあるっすよ」
「貴族街といえば、サンジェルマン地区等が有名ですね」
「ああ、うちもマモンの実家に行ったときにサンジェルマン大通りは行ったことがあるっす。マカロンの美味しい店があるっすよ」
千秋が手を挙げて言った。それを聞いて、鈴とヤヨの目尻が下がった。
「いいですね、貴族街で高級スイーツ」
ヤヨがそう言うと、蓮水も無言で頷く。
彼女もスイーツは嫌いではないようだ。
「私も食べたいな……そうだ!」
負けじと、鈴も手を挙げた。
「シャンゼリゼ通りとかも有名だよね! マリー・アントワネットとか歩いたのかな?」
鈴ができるだけ賢く見せるように言うと、他の三人は微妙な顔をした
「シャンゼリゼ通りは元々市場や農地でしたし、凱旋通りですから貴族街ではありませんね」
「でも、マリーアントワネットは歩いたっはずすよ」
「……マリー・アントワネットが処刑されたのはシャンゼリゼ通りの東端の広場」
ヤヨ、千秋、蓮水の三人が順番に言うと、鈴は顔を真っ青にして「処刑」と呟いた。
シャンゼリゼ通りの東端にある「コンコルド広場」は、かつては「大革命広場」と呼ばれ、その場所でルイ16世やマリー・アントワネット等の王族や貴族が処刑されたそうだ。
鈴は恥ずかしくて顔から火がでそうになっていたが、すぐに気を取り直して観光気分を楽しんでいた。
まるでヨーロッパ旅行に来たような気分だった。
しかし、その幸せな時間も直ぐに終わる。
「ここで降りろ」
御者に言われ、四人は下り階段の手前で下ろされた。
かなり長い石の階段だった。
「貴族街はここまでっすね」
千秋が言ったところで、馬車が去っていき、背後にあった門が閉じられた。
手切れ金もなければ、勝手にこの世界に召喚したことに対する迷惑料もない。
城の敷居どころか、貴族街の敷居すら跨がせてくれないようだ。
それを思い出し、鈴の怒りが再燃する。
「まぁまぁ。うちはなにかしらの理由をつけて城を出るつもりだったっすからね。あの勇者が変なことを言わなくて無事に残ったとしても、弄ばれた挙句、殺されていた可能性があるっすから。まぁ、勇者の手前、直接殺しはせず、病気にみせかけて殺されるとかっすね」
「……私もそう思う。あの皇帝が言っていたのはほとんど嘘。彼は悪人」
殺されていたという言葉を聞いて、ヤヨの顔から血の気が引いた。
鈴は、さすがにそれは想像力豊か過ぎるのではないかと思ったが、ヤヨには心当たりがあった。
「振り返った時、皇帝は笑っていたんです」
「……あの勇者を自分の思い通りに動かすには、私たちの存在は邪魔だった」
「はい、私もそう思います」
ヤヨの言葉を聞き、鈴は背筋が震えた。
あのまま陽の妾になっていたとしても、邪魔になるとわかれば殺されていたということだからだ。
怒りも冷めたが、さっき抱いていた旅行気分も一瞬で消え失せた。
「ねぇ、これからどうするの?」
階段を下りながら、鈴は三人に訪ねた。
勢いよく飛び出したのはいいが、特別な力を持つわけでもなければ、この世界の文字すら読むことができない四人だけで生き 抜く方法が鈴にはわからなかった。
「そうっすね。とりあえず、服は欲しいっすね。この服装は浮いてるっすから。うちは好きっすけどね」
「確かに学生服のままでは目立ちますね。でも、お金がありませんよ」
「……それなら心配ない」
「そうっすね。適当に歩いていたら向こうから声をかけて来てくれるはずっすから――とまさか待っていてくれているとは思わなかったっすね」
「……私は予想通り」
「おぉ、スミスミも言うっすねー」
「……スミスミ言うな」
蓮水が千秋に文句を言った。
待ってくれているという意味を鈴は直ぐに理解できなかったが、階段の下に馬車が停まっていることに気付いた。
「あの馬車――」
「蜂須賀さん、何かわかるの?」
「うん、たぶん、謁見の間で見かけたマーリンさんのものだと思う。肩当ての紋章が同じだから」
そう言われて鈴は肩当てのことを思い出そうとしたが、それどころかマーリンという名前の人のことすら思い出せなかった。
自己紹介されたわけではないので、王様の周りにいろんな人がいて、名前を呼びあっていたなという感想しかでてこない。
だが、階段を降りる四人を確認したように馬車から降りてきた人物を見て鈴は思い出した。
王様に向かって文句を言っていたお爺さんだった。
マーリンは四人をじっと見ている。
そして、鈴たちが馬車の前に来ると一言告げる。
「話がある。付き合ってほしいが、なにか食べたいものはあるかの?」
四人は顔を見合わせて声を揃えて言った。
「「「「スイーツが食べたいです」」」」
旅行気分はなくなっても甘い物は別のようだ。
個室のあるカフェに四人は案内された。案内といっても、目と鼻の先にあるような店で、馬車を使うどころか歩いて一分もかからない場所だった。
貴族街近くのカフェとあって、時折貴族もお忍びで訪れるらしい。
四人の前には帽子の形をしたパンのような焼き菓子が切り分けられて、それぞれの皿に盛られた。粉砂糖がかかっている。
四人は同時にそれを食べた。
香ばしいアーモンドとサクランボ酒の香り、そして粉砂糖の甘味が口の中いっぱいに広がる。
「おいしいー」
「中に入っているのは干しブドウっすね」
「……美味」
「とても美味しいです」
ヤヨはその断面を見てさらに言った。
「クグロフに似ているかもしれませんね」
「クグロフって?」
「食べたことはありませんが、五百年くらい前にあったヨーロッパのお菓子だそうです」
ヤヨが説明をすると、マーリンは興味深げに尋ねた。
「これはこの国で最近生まれたばかりの甘味だが、なるほど、勇者の国では五百年も前に作られていたのか。勇者の国の文化は興味深――」
「ねぇ、佐藤さん佐藤さん」
「あ、スズっち、自分のことは千秋でいいっすよ。みんなも名前で呼び合ったほうがいいっすね。こういう場所だと、名字は貴族だけのものの場合があるっすから」
「じゃあ、千秋ちゃん、この飲み物、カルピス牛乳の味に似てない?」
「カルピスって水で薄めるものじゃないっすか?」
「え? うちではいつも牛乳を使ってたけど、みんなはしないの?」
「牛乳の臭みが消されるので人気があるみたいですよ。私は炭酸水で割っています」
「……味噌汁に入れる」
「「「おぉっ!」」」
思わず感嘆の声があがった。
「スミスミは通っすね」
「……だからスミスミ言うな」
「お味噌汁に牛乳を入れた相性汁というものもありますからね。同じ発酵食品だから牛乳より相性がいいかもしれません」
「ごほんっ……」
マーリンが咳をして、脱線していた話を元に戻そうとする。
それにヤヨが合わせた。
「マーリン様、本日はお招きいただきありがとうございます。それで、用事というのは、私たちの国について知りたい――そういうことでよろしいでしょうか?」
「その通りだ。無論、謝礼は支払うつもりでいるし、知りたいことがあれば可能な限り教えよう。とりあえず、近くの宿に一カ月間泊まれるように手配する約束をする……それでどうかな?」
ヤヨは頷くと、自分たちの国について可能な限り説明をしていき、質問にも答えていく。
文化――国の歴史や慣習のこと、そして料理や食材のことも。
ヤヨはできるだけわかりやすく説明したが、銃や火薬など武器に使える物の仕組みについては何も答えなかった。悪用されるのを恐れているのだろう。
「ところで、四人は同じ服を着ているようだがそれはいったい?」
「お、いいところに目を付けたっすね。これはフランスでも大人気のセーラー服っす! 海兵の服をモデルに作られた服っすね」
「なんと、其方たちは海兵であったのかっ!?」
マーリンが驚き声をあげた。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!