鈴たちは迂闊だった。
盗賊たちは、この先の橋で挟み撃ちにするという計画を立てていた。
それはつまり、盗賊たちの仲間が別にいる可能性が高いということでもあった。
「へへへへ」
ヤヨを捕まえて不気味に笑う男の手にはナイフが握られている。
鈴が走っても間に合わない。
蓮水の鞭の範囲の外。
唯一攻撃できるのは千秋だけだ。
だが、千秋は弓を構えようとして躊躇った。
彼女の腕なら、ヤヨではなく盗賊だけを、さらに言えば、ナイフを持っている手の甲だけを射貫くことは可能だ。
そうすれば、その隙に鈴がヤヨを助け出すこともできただろう。
しかし、実戦経験の無さが彼女たちに千載一遇のチャンスを不意にさせた。
万が一、盗賊に当たらなかったら? 万が一ヤヨに矢が当たったら?
そういう最悪の想像が、千秋に弦を引かせなかった。
「おっと、動くなよ! 動いたらその嬢ちゃんがどうなっても知らないぞ。まずはその武器を地面に置け」
結局、三人は武器を足下に置いた。
ヤヨはとても辛かった。
元々、この宅配依頼を受けようと千秋を強引に説得したのはヤヨだった。
そのせいで盗賊に襲われたのに、自分はまったく動けなかった。
それどころか、こうして三人に迷惑をかけている。
(私に杖で戦う才能がある……本当なら力を貸してよ……私に力を貸してよ!)
ヤヨが心の中でそう叫んだ――その時だった。
彼女が持っていた樫の杖から紫色の靄のようなものが溢れ出した。
と同時に、その靄は盗賊たち全員に襲い掛かり、気付けば盗賊たちは全員昏倒していた。
「凄い、これ、魔法っすか?」
「魔法とは違う感じがするけど――ヤヨちゃん!」
盗賊だけでなく、ヤヨもまた倒れていた。
「ヤヨちゃん! ヤヨちゃん!」
鈴の声にもヤヨは反応せず、倒れていた。
ヤヨが目を覚ました場所は、彼女にとって初めての場所だった。
頭が痛い。
昔、インフルエンザにかかったときよりも酷い症状だ。
お酒を飲んだことはないけれど、二日酔いってこんな感じなのかな? とヤヨは思った。
「ここはどこだろ?」
宿ではないのは確かだった。
宿のベッドよりも遥かに寝心地がいいベッドだった。
もしかして、盗賊に捕まって……と思ったが、隣で椅子に座っていた千秋を見て、ヤヨはほっと息を漏らした。
「ヤヨ先生、『知らない天井だ』って言う場面っすよ」
「千秋ちゃん……はい、知らない天井ですけど、ここは?」
「王国の大使館っす。ヤヨ先生が倒れたんで、ここまで運んで来たんっすよ。鈴っちとスミスミは、ここまで一緒にヤヨ先生を運んでから、急いで村に向かったっす。届け物が途中だったっすから。さっき、冒険者ギルドの人から連絡があって、盗賊たちは全員捕まったそうっす。気絶した状態で放置してきたから逃げられているかもと思ったっすけど、ヤヨ先生の魔術が強力だったっすよ」
「あれは魔術などではない。ただの魔力の塊だ」
そう言ったのはマーリンだった。
「マーリンさん、帰ったんっすか?」
「うむ。盗賊たちの様子を見てきた」
「あの、魔力の塊ってどういうことですか?」
「ヤヨ。お主は杖から魔力の塊を放って盗賊全員にぶつけた。本来、魔力をぶつけるというのは、仲間の魔術師や法術師の魔力を回復させるために使う。つまり、敵に使う物ではない。だが、その魔力の量が膨大過ぎて、魔力の処理能力が追い付かずに意識を持っていかれた。あの様子だとあと数日は目を覚ますまい」
「それって、魔力を測定する魔道具に魔力を使いすぎて壊してしまうようなものですか?」
千秋が言っていた話を思い出し、ヤヨが尋ねた。
「その通りだ。実際、お主が魔力測定用の魔道具を使えば壊してしまうことになるだろう。絶対に使うでないぞ」
それを聞いて、千秋は「流石ヤヨ先生っす」と尊敬のまなざしを浮かべた。
「ちなみに、ヤヨ、お主は魔力切れで倒れた。今日中には立って動けるようになる」
「あの、マーリンさん。まだあと数日はここにいるんですよね」
「そのつもりだ」
「その間、私に魔術を教えてもらえませんか? 代わりに、マーリンさんにはまだ話していない地球の知識を渡します」
「話していない知識というと、武器の知識か?」
「いえ、お菓子のレシピです。とても美味しいお菓子のレシピがいっぱいあります」
ヤヨが言うと、マーリンは首を横に振った。
「儂は甘い物はあまり好きではない」
マーリンはそう言って、ヤヨに背を向けた。
やっぱりお菓子のレシピじゃダメかと思うヤヨに、マーリンはさらに続ける。
「酒にあう料理があるのなら、それで手を打とう」
「はい! いっぱいあります!」
こうして、マーリンとヤヨの間に数日間限定であるが、師弟関係が結ばれたのだった。
ヤヨがマーリンの元で訓練をしている間、鈴たちは仕事をしていた。
四人が倒した盗賊たちはかなり有名な盗賊団の下部組織だったようで、そのため鈴たちの冒険者ギルドのランクも銅ランクから銀ランクに上がった。
銀ランクは冒険者の中で一番数が多いと言われている。
「魔物退治の依頼を受けたかったっす」
「まぁまぁ。蓮水ちゃんの適性から頼まれたから」
鈴たちは現在、牧場で馬の毛並みを整えていた。
しかし、今回の仕事はこれがメインではない。
というより、鈴と千秋はあくまでもおまけで、メインは蓮水だ。
鈴の適性の鞭の本領は、動物のしつけにあったからだ。
鞭の音に反応して、放牧されていた牛たちが全員自分たちの牛舎へと戻っていく。
「いやぁ、あの子、小さいのに大したものだね。あの暴れ牛たちが自分から牛舎に戻っていくところなんて見たことがないよ」
牧場で働く若い男が、鈴たちに言った。
「本当っすね。まるで牛の女王様っす」
「ははは、それはいいや。最近は牛肉が高く売れるようになったからね。そういえば知っているかい? 勇者様が召喚されたこと」
「それは、もうイヤというくらい知っています」
鈴が少し機嫌が悪くなった。
陽の話はあまり聞きたくなかった。そうでなくても、勇者に関する話題は、自然と鈴たちの耳に届く。
兵隊長との一騎打ちで一方的に勝利したとか、皇帝から貴族街に豪邸を賜ったとかそういう話ばかりだ。
「そうか、まぁ有名だからな。その勇者様が、なんでも近々、ドラゴン退治に行くそうなんだ」
「ドラゴンっすか!?」
千秋が反応を示した。
さすがに鈴でもドラゴンのことは知っている。
日本語で言うのなら竜。十二支のひとつにも挙げられる竜だ。
ただ、日本の竜とファンタジー世界のドラゴンは大きく異なる。
鈴のイメージだと、ドラゴンといえば翼の生えたゴジラのようなものだった。そんな自衛隊も通用しないような相手に、剣一本で立ち向かえるとは思えなかった。
「この近くに住んでいるんっすか?」
「王国との国境の近くの森で目撃例があるそうなんだ。もっとも、盗賊たちが流したデマだろうってみんな囁いているがな」
ドラゴンを相手にするとなると、国の軍をもってしても手に余る。
そのため、ドラゴンが生息する森の中には迂闊に軍を出すことはできない。そのため、森の中にドラゴンが出るという噂が流れれば、そこにいる盗賊たちは軍に怯えることなく商人を襲うことができるというわけだ。
「じゃあ、勇者はそんな本当にいるかどうかもわからないドラゴンを探すために森に行くってことっすか?」
「そうだな。まぁ、ついでに森の中にいるゴブリンでも退治するんじゃないか? いるかどうかもわからないドラゴンを探すより、ゴブリンを倒してくれたほうが俺としてはありがたいな。あいつらは牧場を襲ってくるから」
結局、やっていることは雑用ということだと鈴は知って、
「勇者も意外と大変なんだね」
と呟いた。
キャラクター紹介:蜂須賀ヤヨ
入試の成績一位の才女。日曜日は一日中Wikipediaのリンクを辿って知識を収集するという(Wikipediaに三度ほど寄付もしている)ちょっと変わった趣味を持っていて、知識の幅は授業の内容だけにとどまらない。すでに学校で配布された教科書も一通り目を通している。
好きな食べ物:栗ご飯
嫌いな食べ物:グリーンピース
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