お菓子と紅茶と異世界召喚!?

~女子高生四人が異世界召喚されたけれど、勇者ではないと城から追放されたので最強冒険者としてのんびり生きています~
時野洋輔
時野洋輔

……貨幣の価値は時代によって変わるそうだby蓮水

公開日時: 2020年9月1日(火) 07:00
更新日時: 2020年11月20日(金) 16:14
文字数:3,271

 千秋が変なことを言ったせいで、マーリンは四人が海兵だったと勘違いしてしまった。

 王国は海に面した国であるが、しかし海軍の力が弱いため、四人が海兵であるのならその知識がぜひとも必要だと言ったのだ。


「佐藤さん、ちょっと変なこと言わないでください。セーラー服は確かに海兵の服を見本にデザインされていますが、いまは一般的な学生服です。先ほどもお話した通り、私たちの国ではすべての国民が十五歳まで教育を受ける権利を持っていて、さらに九十八パーセント以上の人がさらに十八歳まで受け教育を受けるための高等学校に通っていて、これはその高等学校の制服です」


 ヤヨが慌てて訂正した。

 このように話が脱線することも多々あったが。

 その後、マーリンからもこのアルトランド帝国や周辺国の情報をもらった。

 そして、話の流れでマーリンがこの国の人間ではないことも明らかになった。


「うむ、儂はこの帝国の隣の国、ロルキア王国の宮廷魔術師をしておる。今回は勇者召喚の立ち合いということでアルトランド帝国にやってきた。いまは大使館に住んでおる」

「それでは、私たちをその大使館を食客として招いていただくことはできませんか? 代わりに、私たちの国の料理をできるだけ再現してみせます」

「悪いがそれはできない相談だ。大使館に食客として招き入れるということは、即ち亡命させるということになる。そうでなくてもそう取られかねず、帝国の反感を買うのは必定だからな」

「私たちはそのアルトランド帝国に追放されました。つまり、私たちは帝国に必要のない――」

「それでもだ。其方たちの立場は危ういのだ」


 ヤヨの頼みを、マーリンは言下に退けた。それ以上亡命の話をするなと言っているかのようだ。

 ヤヨがそれでも食い下がろうとしたところで、蓮水が割って入る。


「……私たちは現在、皇帝に逆らった逆賊に近い立場にいる」

「陽の妾になるか城を去るか迫られて、言われた通り城を去ったのに? 城に残っていても殺されたかもしれないのに?」

鈴が尋ねると、蓮水は小さく頷いた。

「あの、蓮水さん。本来、亡命とはクーデターで城を追われた王族など政治から排除された人間が行う者ではないのですか?」

「……ヤヨの言うことは正しい。でも、クーデターは起こっていないからアルトランド帝国の力は大きいまま。それに、話を聞くと帝国と王国の間の国力の差は大きく、帝国から私たちの引き渡し要求があったら大使館は即座に私たちを帝国に引き渡す。それなら、フリーの状態で町にいた方が安全。身分証明書と市民権さえあれば」

「市民権を取れるくらいの手筈はしておこう。そのくらいなら手伝える。他に質問はあるかね?」

他の質問と聞かれて、鈴は立ち上がって尋ねた。

「私たちは元の世界に戻れるのでしょうかっ!?」


 その言葉にヤヨたちの表情が硬くなる。

 三人ともそれが気にならなかったわけではない。それどころか、絶対に聞かなければならないことだった。

 しかし、戻れないと断言されたときのダメージを考えると、どうしても二の足を踏んで聞けなかった。

 だが、マーリンの答えは四人の想像とは異なるものだった。


「わからん」

「わからないって、戻れないってことですか!?」

「皇帝は勇者召喚の方法が記された書物を持っている。皇帝によると、勇者を元の世界に戻す方法がその書物に書かれているそうだが、他国の儂に知る術はない」


 そもそも、本当に戻る方法が記されているのかどうかもわからないとマーリンは言った。

 希望があるとも取れるが、しかし城を追い出された鈴たちにとっては絶望的な話でもあった。


「勇者召喚に関する書物は世界中に存在している。皇帝の言っていることが本当かどうかもわからんし、勇者を送還するのに大量の魔力が必要とするのなら、あの皇帝がわざわざ勇者を送還するとも思えん。自分で方法を探すのもひとつの手だ」


 マーリンはそう言ってお茶を最後まで飲み干した。

 思わぬ励ましの言葉に、鈴は少しだけ元気が出た。

 それで話が終わりかと思ったところで、千秋があるものをテーブルの上に置いた。


「それは?」

「スマートフォン――うちたちの世界の最新型の通信機っす」

「さっきヤヨ殿が話していた、魔法を使わずに遠くの人間と会話ができるという機械か?」

マーリンの質問に千秋は肯定も否定もせずに、黙々と操作する。

「これはいま取った写真というものっす。映像を記録し、保存することもできるっす。電池が切れるので、そろそろ使えなくなるっすが」

「なるほど、これは素晴らしい……が、わざわざ儂に見せるために取り出したということはあるまい? どうするのかね?」

「これを買い取ってほしいっす。そうっすね、とりあえずマーリン殿が支払える限界のお金で」


 その話を聞いて、マーリンは考え込む。


「わからぬな。先ほどヤヨ殿から伺った話では、ハツデン技術がない我々の世界では、そちらのデンキセイヒンなる魔道具に似た物は一切使えないというではないか。もうすぐ使えなくなるというのなら、それを買い取るメリットがない」

「……発電技術がないのはいまだけ。あなたは私たちの話を聞いた。直ぐには無理だが、数十年――少なくとも百年以内には発電技術は確立する」


 蓮水の言葉に、鈴はハッとなった。


「発電技術が確立するためにも、電気製品を作るにも、見本となるスマートフォンがあるかないかで技術の発展速度は大きく異なります」

「……そのくらいあなたが気付いていないはずがない。必要なさそうなフリをしたのは、私たちから安くスマートフォンを買おうとするため」

「あぁ、そっか。あのバカ勇者もスマホを持っているだろうから、このスマホをマーリンさんが王国に持ち帰らなければ、数十年後には電気技術においても王国と帝国の間に大きな差ができるってことだね」


 鈴が気付いたように言うと、マーリンはため息をついた。

 蓮水の言う通り、マーリンはスマートフォンを必要としていたのだ。


「しかし、いろいろと考えているようだが、儂が無理やり、それこそ殺してでもスマートホンを奪おうとするとは考えていなかったのかね?」

「……私たちの立場が危ういと言ったのはあなた。この国内で私たちを害すれば、帝国から付け入られる口実になる」

「……まったく、儂もヤキが回った。ただの子供だと思って甘く見ていたようだ」


 結果、二人の間で取引は決まった。

 翌日、スマートフォンは金貨五百枚で買い取られることになった。金貨一枚がどれくらいの価値があるかは鈴にはわからなかったが。

 いまは持ち合わせがないので、後日の支払いとなるが、交渉はうまくいったと言っていいだろう。

 何故か鈴が代表として握手を交わし、マーリンは四人を宿まで馬車で送ってくれた。


 宿は食事つきでひとり大銅貨二十枚。

 道中、マーリンから、貨幣は小銅貨、大銅貨、銀貨、金貨と四種類あることを教えて貰った。

 その価値は国ごとに異なるが、小銅貨十枚で大銅貨一枚、大銅貨十枚で銀貨一枚、銀貨五枚で金貨一枚という計算らしい。


「金なら一枚、銀なら五枚みたいだね」


 鈴が思ったことをそのまま口に出す。


「その点について、ヤヨ先生はどう思われるっすか?」

「先生って、同い年だよね、千秋さん」


 ヤヨは少し呆れたように言うと、しかし学校の先生みたいに説明をした。


「地球における金と銀の価値とあまり変わらないんじゃないかなって思います。中世ヨーロッパでは、純銀と純金の価値は一対十二くらいだったから。勿論、それは絶対というわけじゃなく、たとえば昔の日本では一対三で取引をしていたという時代もあったし、古代エジプト文明の時代は金より銀の方が価値が高かったこともあります。さらに昔の時代なんて、金よりも鉄の方が五倍も価値が高かったみたいです」

「じゃあ、タイムマシンが完成すれば大儲けできるね!」

「……時間移動を悪用したらタイムパトロールに捕まるよ」

「うっ、確かに」


 蓮水の思わぬ反論に、鈴はたじろいだ。

 一方、マーリンは内心、「異世界では時間移動の理論が完成しているというのか……まさか……」と青ざめていたのだが、蓮水以外の三人は気付くことはなかった。

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