翌朝。
目覚まし時計がなくてもいつも通りの時間に起きることができるヤヨに起こされ、四人は町の外に向かった。
もちろん、動物パジャマではなく、昨日の冒険者の服装で。
ただし、その前に、
「日焼け止めよし! 虫避けスプレーよし!」
「異世界に来てまで紫外線と虫を気にするのって変な気分っすよね」
「まぁ、いまある分がなくなるまではしておきましょう」
「……虫を媒介として異世界の病気に感染する恐れがある」
と最低限の日焼けと虫避けの対策は済ましていた。
門から外に出るには手続きが必要だったが、依頼票と冒険者カードがあれば、すんなり町の外に出ることができた。
町の外は厩がある他は、民家もほとんど見当たらない。
ただ、小麦畑では何人かの農民が手入れをしていた。
地図を頼りに、目的の果樹園に向かう。
歩いて三十分くらい経ったところで、果樹園が見つかった。
果樹園の周りは柵で囲われている。泥棒避けか、獣避けか、はたまたその両方かはわからない。
その果樹園の隣に倉庫のようなものがあり、そこが目的の場所だった。
「よく来たな。嬢ちゃんたちが収穫の手伝いをしてくれるのか?」
無精ひげを生やした四十歳くらいの細身マッチョの男がそう尋ねた。
「「「「はい」」」」
「そうか、それは助かるよ。武器は邪魔になるなら仕事が終わるまで倉庫で預かっておくけどどうする?」
「うちは自分で持っておくっすよ」
「私もこのままでいいかな? ガントレットの下、日焼け止め塗ってないから外したら変なむらになりそうだし」
蓮水はナイフはそのまま持っておくことにしたため、鞭と杖を倉庫に預けた。
木製の脚立に立ち、レモンの上の部分を鋏で採って収穫していく。
四人いるので、鈴と千秋、ヤヨと蓮水の二組に分かれ、一人が脚立を支えながら下でフォローし、一人が脚立の上でレモンを採ることにした。
「このレモン、日本で売ってるレモンより大分大きいね」
鈴はレモンを一個切って言った。
直径二〇センチはあるため、レモンと呼ぶのも躊躇われる。
「これはもうセドラっすね」
「セドラ?」
「地中海で育てられているお化けレモンっすよ。これと同じくらい大きいっす」
「地球にもこんなレモンがあるんだ……こんなに大きかったら、カラアゲに絞るとき大変そうだね」
皮も分厚そうなので、力がかなり必要そうだ。
まるで仕事というよりかは体験授業みたいな雰囲気で収穫作業をしていく。
三十分くらいで、千秋、蓮水が管理するそれぞれのカゴがレモンでいっぱいになったため、四人で倉庫に運び、新しいカゴを持ってくる。
ヤヨと鈴が、それぞれ仕事について話しながら歩いていると、鈴があるものに気付いた。
「あれ?」
「どうしたんですか?」
「ほら、あそこの柵の下、穴が開いてるみたい」
鈴が指さした先では、柵の下に穴が開いていた。
「犬が脱走するときに掘るみたいな感じ」
「野良犬が入り込んでいるのかもしれないですね」
「後で報告しておくね」
鈴はそう言った。
その後は上と下で交代して、採取する樹を変え、採取を続けた。
そして昼食になる。
昼食は支給されるらしく、先ほど説明してくれた男が四人分のパンと芋を持ってきた。
「黒パンっすね。昨日焼いたパンらしいっす」
「あぁ、昨日焼いたパンだからちょっと硬いんですね」
「ヤヨ先生も甘いっすね。ライ麦の黒パンは焼きたてより一日経ったほうが美味しいんっすよ。ちなみに、異世界召喚小説では、黒パンは安物の硬いパンで、異世界人に日本人たちが食べているふわふわのパンを食べさせたら感動して、『黒パンなんてもう食べられない』とか言うっすけど、うちはこの黒パンの方が好きっす」
「え、こんなに硬いのに?」
「こっちの方がコクがあるっすから」
「……確かに、これはこれで味がある」
「はい、慣れたら美味しいですね」
「でも、お昼ごはんがパンだけって寂しいよね……」
「……ドライフルーツがある」
「え? これデザートじゃないの?」
「多分、これも食事の一部なんだと思います」
そう言って、ラズベリーのようなドライフルーツを食べた。
甘味と酸味が口いっぱいに広がる。
「うん、これは美味しい。ちょっと宿に持って帰ろうか。夜食にちょうどよさそう」
「確かに、四人で食べても少し余りそうですからね。夜が楽しみですね」
楽しそうに昼食を食べていたけれど、鈴はソーセージくらいあったらいいなぁと思っていた。
その時だった。
――グルルルル。
獣の鳴き声のような音が聞こえてきて、そちらを見た。
するとそこに、四匹の灰色の獣がいた。
「犬……じゃない、狼っす!」
「なんでこんなところに狼が」
「もしかして――」
鈴は思い出した。
柵の下に穴が開いていたことを。
あの時は野良犬が入り込んでいると思っていたが、いまならわかる。
あの穴を掘ったのは犬ではなく狼だと。
狼は牙を剥き、こちらに少しずつ近付いてくる。
「……背中を向けたらダメ。でも、目を合わせてもダメ。後ずさるようにゆっくりと倉庫に向かう」
蓮水が冷静に指示を出し、鈴たちは頷いた。
徐々に倉庫に向かっていく。
だが、冷静に行動できたのもそこまでだった。
ある程度距離が開いたところで、狼が一斉に走ってきたのだ。
こうなったら、もう逃げるしかなかった。
後ずさりではなく、背中を向けて走る。
ある程度距離があったので、ここからならギリギリ倉庫に逃げ込める。
そう思った。
しかし、ヤヨが木の根に躓き、転んでしまった。
「ヤヨちゃん!」
鈴は咄嗟に考えた。
狼が果樹園に入り込んだのは、穴があることに気付いていたのに、昼食前に報告をするのを忘れていた自分のせいだと。
せめて、ヤヨの逃げるだけの時間を稼いでから私も逃げよう。体力には自信があるんだから。
鈴はそう思い、踵を返した。
「ヤヨちゃんに手を出すなぁっ!」
ヤヨに迫りくる狼に対し、鈴は威嚇するようにそう叫んで拳を振るった。
次の瞬間、狼は鈴の拳に当たり、木に激突し、昏倒したらしく動かなくなった。
「…………」
「「「…………」」」
狼を殴り飛ばした鈴、そして仲間を殴り飛ばされた狼の間に沈黙が流れた。
そして――
「キャンキャン」
とまるで負け犬のような声で狼たちは一斉に穴から逃げようとした――その時だった。
一本の矢が狼に命中した。
鈴が振り返ると、そこには弓を構える千秋の姿がいた。
弓を持ったこともないと言っていたのに、彼女は見事に動く狼に矢を当ててみせたのだ。
「え? え?」
死を覚悟したヤヨだったが、目の前で起きたことが理解できない様子で混乱している様子だった。
「……南無」
蓮水は、木に激突した狼が死んでいることを確認し、冗談ではなく真面目に祈りを捧げた。
「まさか柵の下に穴が開いているとは。しかし、グレーウルフをこうも簡単に倒すとは、女の子でも冒険者なんだな」
グレーウルフを解体できないと言ったところ、果樹園の男はそれならグレーウルフを引き取ると言ってくれた。一匹につき銀貨一枚、二匹で銀貨二枚だ。
相場はわからないが、決して安く買いたたいているわけではなさそうだと判断し、その値段で引き取ってもらった。
思わぬ臨時収入だ。
あと、危険にさらしたお詫びとして、ドライフルーツを少しと、レモンをいっぱいもらった。
宿に戻った四人は、レモンを床に置いた。
「レモン、どうする?」
「蜂蜜漬けとかしたいっすけど、蜂蜜は高いっすからね。とりあえずそのまま食べてみるっすか?」
「……切ろうか?」
蓮水がナイフを持って尋ねた。
「あの!」
ヤヨが大きな声を上げ、そして失敗したかのように顔を真っ赤にした。
そして、今度は小さな声で言う。
「あの、鈴さん、狼に襲われたときは助けてくれてありがとうございました」
「いいよいいよ。私も無我夢中だったし、それに元はといえば、穴に気付いたのに報告が遅れた私も悪かったんだし」
「それで……鈴さんのあの力、なんなんですか? 千秋さんも、弓は使ったことがないって言っていたのに簡単に狼に当てましたよね? なんでですか?」
「それは……わからないよ」
鈴は本当になにがなんだかわからなかった。
さっきも言った通り、無我夢中で行動したら、狼を殴り飛ばしていたのだ。
「だから、力に覚醒したんっすよ」
「……中二病?」
「違うっすよ。ほら、あの勇者は剣をプラスチックのように軽いと言って振り回してたっすよね。あれは剣の適性が高いからできるんっすよ。そして、きっと鈴っちは、拳武器の適性が高いんっすよ。だから、うちももしかして弓の適性が高いんじゃないかって思って打ってみたら、ああなったっす」
「じゃあ、私も杖を持っていればあんな無茶ができたってことですか?」
「そうかもしれないっすね。杖だから魔法かもしれないっすが。マーリンの爺ちゃんも杖を使って魔法を使ってたっすから」
千秋はそう言って、「ファイヤボール!」と唱えた。
当然、そんな方法で魔法は発動しない。
「敵を殴り飛ばす才能……どうせ才能があるのなら、料理とか裁縫とかそういう才能がよかったな」
鈴は少しイヤそうに、そう言ったのだった。
キャラクター紹介:百束鈴
弟大好きな高校一年生。共働きの両親に代わって、弟の世話をしていたために、家事スキルは主婦レベル。
ただし、勉強は苦手。
好きな食べ物:メロンパン
苦手な食べ物:トマト
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