「いい話だと思ったんですけど、なんで保留にしたんですか?」
ギュンダーが去ったあと、ヤヨが尋ねた。
アイスクリーム屋の話で盛り上がったが、ヤヨや鈴の目的は日本への帰還。
そのため、勇者として勇者召喚の情報を得られるのは、いい機会ではあった。
「うん、いい話だと思う。でも、なんか、イヤな予感がしたんだよね」
「野生の勘っすね」
「他人を野生児扱いしないでよ」
私は狼に育てられてないよ、と鈴は文句を言った。
そして、鈴は断った理由を再度考えたが、やはり勘としか言えない。
「……私も断った方がいいと思う。あのギュンダーという男、嘘をついている」
「そうっすね。腕輪っていうのが怪しいっす。あれ、もしかしたら強制的に他人に従わせることができる魔道具かもしれないっすよ」
「そういえば、あの腕輪から魔力的な力を感じました」
魔法についてマーリンから教育を受けたヤヨは、魔力の流れを感じる手段も学んでいた。
四人は宿に戻り、対策を練る。
「ギュンダーさんが冒険者ギルドに訪れるのは三日後らしいけれど、断ったらなにをされるかわからないよね」
もしもあの場ではっきりと断っていたら、いまごろ強硬手段に出られていたかもしれない。
「保留にして時間を稼いだ鈴さんの判断は正しかったということですね」
「……野生の本能」
「もう、蓮水ちゃんまで野生児扱いして。狼を殺した私は母殺しになっちゃうじゃない」
「鈴っちが倒した狼は雄だったっすけどね」
「これからどうしましょう……腕輪を着けずに勇者として……っていうのは無理ですよね?」
「その場ではなんとかなっても、寝ているときとかに無理やり着けられる可能性があるっすよ」
「……他国に逃げる」
大使館への亡命は、マーリンに既に断られている。
他の国の大使館にはコネはないし、そもそも逃げ込んだところでマーリンに言われた通り、帝国からの要請があれば、関係の悪化を恐れ、鈴たちを差し出すことにするだろう。
他国に逃げようと思えば、国境を超える必要がある。
幸い、荷物はヤヨの収納魔法があるから持ち運びに苦労することはない。
「でも、私たちだけで逃げられるのでしょうか?」
「……しっ」
千秋は宿の外を見た。
「どうしたの?」
「バルコニーに出ないと見えないっすけど、どうも部屋の裏側を見張られているみたいっす。どうやら、うちらを意地でも逃がさないみたいっすね」
そう言われ、ヤヨは「そんな……」と息を飲んだ。
見張られているということは、ヤヨたちのことをギュンダーはまったく信用していないということになる。
それはつまり、あの勇者の証という腕輪が、首輪と同じ役割を持っているという千秋の想像が正しい可能性が高くなるということだった。
ヤヨも決意を固める。
「逃げるなら屋上から屋根伝いに逃げるのはどうでしょうか?」
「屋上から? 確かにさすがに屋根から逃げるのは相手も想像していないと思うっす。さすがはヤヨ先生!」
「じゃあ、宿の人に屋上に続く鍵を借りてくるよ」
「ダメです。既に帝国の人から宿の人に話がいっているかもしれません。ここは――」
ヤヨが大胆な計画を話した。
その後、四人はその後、いつもの日常を装いながら買い物をし、冒険者ギルドに行き、そして宿に戻ってからも、宿の食堂で夕食を取り、寝室で寛いで、夜の八時頃にランプを消した。
そして、夜明け前に行動を開始する。
「静かにお願いします、鈴さん」
「出来る限り……」
鈴はそう言うと、正拳突きで鍵のかかった扉を壊した。
破壊音が響く。
「静かにって言ったのに」
「静かに破壊って思ったより難しいんだよ」
屋上に続く扉を壊したことで、下の階にいた人たちに気付かれた。
騒ぎを聞きつけ、宿の人間が気付くのも、そこから見張りの兵に話が伝わるのも時間の問題だ。
「急ぎましょう」
隣の建物は宿よりも高い建物だったが、蓮水が鞭を使って縄とし、順番に上っていく。
「スミスミ、パンツが丸見えっすよ」
千秋が小さな声で蓮水に言った。
「……パンツはいいが、スミスミ言うな」
一番上を行く蓮水はそう言って足をバタバタさせた。
「ふざけていないで真面目に逃げましょう」
ヤヨは困ったように言う。
「真面目に逃げるって、なんかパワーワードだよね」
鈴はそう言って、振り返ると壊した扉を見た。
扉の弁償代は、マーリンが予め支払ってくれている一カ月分の残りの宿代で十分お釣りがくるだろう。
幸い、屋根伝いで逃げているところは誰にも見られなかった。
そして、四人は大通りに出て、町の外に通じる門を見た。
「さて、この後は門を出るだけっすね。こういう場合、セオリーだと荷馬車の中に隠れてっていうのが基本っすけど」
「もう、千秋ちゃん。ちゃんと話したでしょ! 門を出る時は普通に、依頼書を見せて外に出るって。失敗しても問題ないように、失敗時の補償金のないゴブリン討伐の依頼を一緒に受けたじゃないですか」
そうすることで、鈴たちが町の外に出たことはバレてしまうが、しかし門で揉めることなく外に出ることができる。
「わかってるっすよ。ちょっとした冗談っす」
と千秋が言ったところで、蓮水は小さく「……グッジョブ」と千秋を褒めた。
鈴とヤヨの顔は緊張しきっていて、このまま門に近付けば、なにか隠し事があるのではないかと怪しまれる可能性があった。
だから、千秋はあえて緊張をほぐすように言ったのだ。
いつもふざけているわけではない。
「じゃあ、さっき蓮水ちゃんのパンツを見て茶化していたのも理由があったの?」
「あれは、スミスミのパンツを見て、つい、うちのなかにあるエロ親父成分がうずいただけっす」
「あはは……」
正直に言われて、鈴は苦笑した。
さらにリラックスできたようだ。
「じゃあ、行きましょう」
四人はそう言って、門に向かった。
東の空が明るくなってきた。
そろそろ急がないと。鈴たちが部屋を抜け出したことがバレたら、門にも手配が回ってくるかもしれないからだ。
幸いにして、鈴たちへの手配はまだまわっていないようで、夜明け前で仕事のモチベーションがあまり高くない門番は依頼書を見るとすんなり町の外に出る許可を出した。
「よかったね」
鈴がそう言った。
その時だった。
四人が門を出たところで、十人以上の兵と、そして見知った男が一人待ち構えていた。
「よう、久しぶりだな。なにをしてるんだ?」
兵と一緒にいたのは、鈴たちと一緒にこの世界に召喚された勇者――斉木陽だった。
ここまでお読みくださいまして、ありがとうございました。
次回からは有料作品となります。
もしよろしければ、これからもお読みいただけたら幸せです。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!