午前中に冒険者ギルドで昨日の牧場での仕事を済ませてから食事をした鈴、千秋、蓮水の三人は、砂糖を買うために商店を訪れた。
だが、目的の砂糖は売っていなかった。
「あぁ、うちとしたことが失敗したっす……異世界では胡椒と砂糖は高級品であることは当然なのに」
高級品のため、貴族用の店にしか取り扱っていないのだとか。
「そういえば、前に冒険者ギルドで食べたお肉も塩味だけだったし、宿の料理でも胡椒は使われていなかったよね」
「胡椒は砂金と同じ重さで取引されるっすからね」
「……高級品なんだ」
ヤヨがいたら、胡椒と砂金が同価値で取引されたというのは都市伝説のようなもので、実際のところは一番価値の高い中世ヨーロッパでも金の七十二分の一、銀の六分の一の値で取引されていた。もちろん、貴重であるには変わりがない。そのことは、この店で売っている胡椒の値段を見ればわかっただろう。
中世ヨーロッパにおいてもこの世界においても、砂糖は胡椒よりも貴重品であるが、それでも、砂金と同価値にはならない。
「仕方がない、代わりに蜂蜜を買っておくっすか」
「でも、生クリームと蜂蜜って合うのかな?」
「……卵と生クリームと蜂蜜があれば……アイスクリームが作れる」
「「アイスクリームっ!?」」
鈴と千秋は声を上げた。
「私、アイスクリームなら作ったことがある! あ、でもアイスってバニラが必要なんじゃないの? ほら、あのバニラエッセンスとか。そのまま舐めたらマズイ奴」
「あれって香りに騙されたら失敗するっすよね」
鈴と千秋の体験談に蓮水も無言で頷いた。
バニラエッセンスをそのまま舐めて、その苦さに悶絶するのは、子供の頃は誰しもやってしまったことのある体験談だった。
「……香りは蜂蜜が出してくれるから大丈夫だと思う」
「じゃあ、鶏卵を買って帰ろうっす!」
鶏卵と蜂蜜、あとアイスクリームに添えるドライフルーツを買って、三人は店を出た。
「そうだ! ヤヨちゃんと四人でアイスクリーム屋をしたら儲かるんじゃない?」
「食文化チートっすね! 確かに面白そうっす」
「……味のレパートリーの研究が必須」
「ホッピングシャワー作れないかな? 噛むと弾ける奴!」
「あれってどういう仕組みなんっすか?」
「……コーラと一緒だと思う。飴の中に炭酸ガスを閉じ込めてる」
「じゃあ、蜂蜜飴の中に炭酸を入れたらホッピングシャワーになるのかな?」
手紙を届けた村で買ってきた蜂蜜飴のことを思い出して言った。
銀貨一枚分も買ったので、まだまだ残っている。
「だと思う。作り方はわからないけど」
本気で異世界初(かどうかはわからないけれど)のアイスクリーム屋を開こうかと三人が考えていたところに、ヤヨが現れた。
「皆さん、やっぱりここにいたんですね」
「あれ? ヤヨちゃんどうしたの? 今日はマーリンさんのところで勉強じゃなかった?」
「それが、天ぷらのレシピを教えていたところで、マーリンさん、お城に召喚されてしまって」
「召喚っ!? 転移魔法陣が発動したっすか?」
「普通に呼び出されたってことだよ」
ヤヨが苦笑した。
そして、四人は揃って冒険者ギルドに移動する。
宿の厨房は、この時間は夕食作りで忙しいため貸してもらえないだろうから、冒険者ギルドの厨房を借りることにしたのだ。
冒険者ギルドでは午後はお酒がメインで軽食しか作っていないから、
「皆さん、どうしたんですか? 仕事を受けて貰えるんですか?」
数日ですっかり仲良くなった受付嬢さんに訪ねられた。
四人の評判は盗賊退治のお陰で認知されるようになったが、一番彼女たちの実力を認めているのがこの受付嬢のエリさんだった。
これまで受けてきた依頼人からの評価は最良二つ、可が一つ。
その可も、宅配依頼を受けている途中に盗賊と遭遇したせいで遅れたことが原因であり、むしろその状態で宅配物を守り切ったということもあり、冒険者ギルド内での評判は上がっていた。
「今日は厨房を貸してほしいんです。ちょっと甘いお菓子を作りたくて」
「甘いお菓子っ!? それって甘いんですか!?」
「甘いお菓子だから甘いよ」
エリは甘いお菓子と聞いて、厨房を喜んで貸してくれた。ただし、試食の権利と共に。
牛乳を収納から取り出したヤヨは、魔術を応用して生クリームを分離させると、それを別のお皿に取り分けた。
その間に、鈴たちは卵白からメレンゲを作っていく。
「これって大変だね……蓮水ちゃん、交代」
「……メレンゲは立つまで混ぜないと……千秋、交代」
「電動泡立て機が欲しいっすね……鈴っち、交代っす」
と順番にメレンゲ作りをしていくなか、魔法で生クリームと蜂蜜を風魔術で混ぜていた。
「「「ヤヨ(ちゃん)(先生)ずるい!」」」
「えぇぇっ!?」
そして、そこからは鈴の指示で卵黄を入れて混ぜ、メレンゲを入れて混ぜ、最後にヤヨが氷魔法で冷やし固めて、完成。
試食タイムとなった。
お皿に五人分のアイスをとりわけ、ドライフルーツを添える。
「これが甘いお菓子ですか。見たことがありません」
エリはアイスを見て驚いた。
「アイスクリームっていうお菓子だよ」
「食べていい?」
「うん、食べてみて」
エリはそう言うと、スプーンで掬って、一口食べた。
「冷たい! 甘い! 美味しい! なんなんですか、これ!? こんなの食べたことがありません!」
「いいリアクションっすね。今度はプリンとかも作って食べさせてみたいっすよ」
「では、私たちも食べましょうか」
「そうだね。冷めないうちに……あ、逆か。溶けないうちに」
「……いただきます」
四人も揃ってスプーンでアイスクリームを掬って、一口食べた。
「「「「あんまーい!」」」」
結局、五人そろっておかわりをし、今日作った分のアイスクリームを全部食べてしまった。
「それで、アイスクリーム屋さんを開こうかって話になったの」
「いいですね、アイスクリーム屋。魔法を必要とする分、真似をする人はなかなか出てこないでしょうし、エリさんの反応を見る限りこちらの世界の人にも受け入れられそうです」
「……でも、冬はどうするの?」
「冬にアイスはあまり売れないかもしれないっすね」
「……関西で有名なアイスキャンディーの店は、冬は回転焼きを売っているらしい」
「「「回転焼き?」」」
三人は引っかかって、言い直した。
「今川焼の別名だね」
「おやきのことかな?」
「大判焼きっすね」
同じ地域に通う学校で問題は起きないと思われがちだが、父親や母親の出身地、転校前に住んでいた地域等の事情により、時折こういう問題は起こってしまうことがある。
その後、四人はそのお菓子の名称から発展して、中には何を入れるのが一番美味しいか? という話になった。赤餡、白餡、カスタードは候補にあがったが、専門店では総菜の入っているものもあるという話題になり、今度はなにを入れたら美味しいかという話題になった。
四人の中で、アイスクリーム屋を開く計画だけが着々と積み重なっていたところで、来客が訪れた。
その男の登場に四人は緊張した。
なぜならその男とは、鈴たちがこの世界にやってきたその日に出会った近衛兵隊長のギュンダー・マイラトスだったから。
「冒険者ギルドで居場所を聞き出そうと思ってやってきたが、まさかいきなり見つかるとは思わなかった。これは神の思し召しだな」
ギュンダーはそう言って笑みを浮かべると、四人に言った。
「元気であったか?」
「ええ……ご無沙汰していますギュンダー様」
ヤヨが立ち上がり、頭を下げた。
「ホルスさんの御怪我は大丈夫ですか?」
「勿論だ。私の部下はあの程度でリタイアするような軟弱な鍛え方はしていないからね。それでも気遣いは感謝する。異世界の女性たちが心配していたとホルスには伝えておくよ」
「それで、今日は何の用事ですか? 私たちに用事……なんですよね」
「うむ、今日は四人にとっていい話を持ってきた。君たちを勇者として、改めて城に招待したいと思ったのだ」
ギュンダーはそう言うと、部下に命じてなにかを持ってこさせた。
アタッシュケースのような箱の中に入っていたのは、四つの腕輪だった。
「これは勇者の証の腕輪です。同じものを陽殿にも着けていただいています。これを見せれば、勇者として様々な特権を得ることができます。貴族にしか行くことができない店も普通に行けますし」
「貴族のお店っ!? 砂糖が買えるっ!?」
鈴はそう叫んだが――
「あ、でもちょっとだけ考えさせてもらっていいですか? 今抱えている仕事もありますから」
鈴がそう尋ねると、ギュンダーは一瞬だけ顔を歪ませたが、しかし笑顔で頷いた。
「勿論です。それでは明日、この場所で話を聞かせてもらうということでよろしいでしょうか?」
「ありがとうございます」
鈴はそう礼を言うと、ギュンダーは笑顔を絶やさずに勇者の腕輪を回収し、帰っていった。
キャラクター紹介:祇園寺蓮水
幼い外見だが、飛び級は一切していない。政治家の娘として生まれ、小さいころから社交界に出ていたせいか、人間の嘘と悪意を見抜く力を身に付けた。千秋にスミスミと言われると怒る。
好きな食べ物:お湯を入れてちょうど三分後のカップヌードル
嫌いな食べ物:かしこまった料理
読み終わったら、ポイントを付けましょう!