現在、冒険者ギルドで千秋とヤヨが揉めていた。
これから受ける仕事の内容についてだ。
「魔物退治っすよ! 魔物退治!」
「危ないからダメですよ。宅配依頼を受けましょう!」
千秋は魔物退治、ヤヨは宅配依頼を受けようとしている。
鈴と千秋に戦いの才能があると分かった以上、効率よくお金を稼ぎ、冒険者として信用を得るなら、魔物退治の仕事がいいと千秋は提案した。
しかし、ヤヨはそんな危ない仕事は受けたくない。隣の村までの宅配依頼を受けようと言ったのだ。
「鈴っちはどっちがいいと思うっすか?」
「蓮水さんはどっちがいいと思いますか?」
そして、鈴と蓮水が巻き込まれる。
「えっと……私はどっちでも」
「……宅配依頼。隣の村では蜂蜜飴が名物と聞いた」
「これで二対一ですね」
ヤヨが勝ち誇ったように言った。
千秋が、「ぐぬぬ」と呻くように言ったが、直ぐに明るい表情になり、
「ところで、蜂蜜飴って名前だけで美味しそうっすね。お小遣い持って行かないとっす」
と一転してとても明るい表情を浮かべた。
その明るさが、他の三人にとっては救いだった。
その時だった。
「なんとかなりませんか! 前まではこの額でも雇えたじゃないですか! 国境町まででいいんです」
「残念ですが、事情が変わりまして。いまはその額では行商の護衛依頼お受けできないんです」
鈴たちより少し幼い、小学生高学年か中学生くらいの少女が受付のお姉さんと揉めていた。
「どうやら護衛依頼のようですね」
「護衛依頼?」
「商人や旅人を護衛しながら目的の場所に送り届ける仕事です。最近、王国に向かう街道に盗賊が出るそうなので、護衛の依頼が増えているんだそうですよ。そのため、依頼料も値上がりして、あんな問題が起きているんですよ。盗賊退治の依頼もあるみたいですね」
「盗賊退治っ! 悪人に人権は無いっすね!」
「なんですか、その名言は。悪人でも司法の下に裁かれなければいけませんよ」
「それより、その護衛の依頼、私たちが受けないっすか? 護衛も宅配も似たようなものっすよ。隣の町までって言うのなら、むしろ村より近いっす」
「でも、盗賊が出るかもしれないんですよね? そんな危険なこと――」
「私たちが受けなければ、あの子、ひとりで帰らないといけないんですよね? 盗賊が出るかもしれない街道を通って」
「……盗賊にとってはかっこうの獲物」
「……はぁ、わかりました。すべての商人が襲われるとは限りませんし、千秋さんの弓があれば盗賊に襲われてもなんとかなります……よね?」
まだ不安な様子だが、ヤヨも折れた。
早速、千秋は行商の女の子のところに行き――
「その依頼、もしよかったらうちたちが受けてもいいっすよ」
千秋がそう言ったのだが、その少女は鈴たち四人を見て、
「チェンジでお願いします!」
即断ったのだった。
「まったく、なんなんっすか。あの子は。うちらの実力を理解していないんっすよ」
千秋は護衛依頼を受け損ねたことで、不機嫌な様子だったが、結局、宅配依頼を受けた四人は、隣の村まで歩いて向かっていた。
「あの子の言うことももっともですよ。考えてみれば女の子五人で移動だなんて、それこそ盗賊にとって格好の標的になりますからね」
「……私たちは実績がない」
「そうだね。護衛依頼って、基本は銀クラス……だっけ? 私たちよりひとつ上の階級以上の人しか受けることができないそうだし」
「うぅ……せめて実力を測定する魔道具があったら、魔道具を測定不能状態にして逸材として一気に有名人になれるんっすけど……」
「魔道具を壊したら弁償させられるからダメだよ」
「それはっすね。予め、『本気を出していいですか?』と聞くんっすよ。測定なんだから、当然『はい、どうぞ』というから、言質を取ったということで魔道具を潰せるっす」
「……どうしても潰したいんだね」
蓮水も少し呆れている様子だった。
「ところで、宅配依頼って、何を運んでるの?」
「手紙ですよ。隣村の村長さん宛ての手紙です。受領印をもらって冒険者ギルドに帰れば依頼終了ですね。普通は、他の依頼のついでに冒険者に頼むそうなんですけど、護衛依頼が増えたせいで宅配依頼を受けられる人間がいなくなって、苦肉の策で単独依頼として私たちにお鉢が回ってきたみたいです」
「盗賊のせいでいい迷惑だね」
「……盗賊は迷惑をかけるもの」
「言いえて妙っすね」
千秋がそう言って、四人で笑った。
二時間くらい歩いたところで、休憩にする。
ドライフルーツと水筒に入っている水での休憩だ。
魔法瓶の水筒の中には井戸水と四分の一に切ったレモンが入っていて、いまも冷たい。
「はぁ、なんで井戸の水はこんなに冷たいんだろう」
「地下水は外気温の影響を受けないからみたいですね」
「レモンを入れてよかったっすね」
「……レモン水は正義」
「採れたてのレモンは防カビ剤とか使っていないから安心ですよね」
「お母さんもそれが心配で、レモンを使うときはいつもタワシで洗ってたなぁ」
四人が笑っていたその時だった。
千秋が突然立ち上がった。
「どうしたの、千秋ちゃん」
「嫌な気配がするっす」
そう言って彼女は矢筒から矢を取り出し、弓に番えた。
ヤヨが樫の杖を強く握りしめ、蓮水は鞭を握った。
鈴もドライフルーツを飲み込み、拳を構える。
風で草木が揺れる音が聞こえてくる。
「勘違い……だったらいいんですけど」
「いや、確かに気配がする――そこっす!」
千秋が矢を向けたその先の茂みが動いた。
現れたのは武装した男たちだ。
「勘のいい娘たちだ。そのままいってくれたら、この先の橋で挟み撃ちにできたんだがな」
「その姿……大道芸人って感じじゃないっすね」
「……まさか、盗賊?」
「御明察だ。町に続く街道で商人を襲っていたんだが、警戒が厳しくなったからな。狩場を変えた途端に若い女の子四人、しかもこの帝国では珍しい黒髪の女の子ときたもんだ。これは高く売れるぞ」
「ひひひ、ひとり金貨何枚になるだろうなぁ」
「小さい子は高く売れないんじゃないか?」
「そういう子供が好きな物好きもいるからな。傷つけるんじゃないぞ」
「味見くらいはいいよな?」
盗賊と思ったら人さらいだった。
命の危険はないが、危険であることには変わりがない。
「動くなっす。うちの矢が火を噴くっすよ」
「やれるものならやってみな。素人の矢なんてこの大盾で防いでみせるぞ」
一番大きな盾を持っている男が笑いながら言った。
その笑いにかぶせるように、千秋が笑みを浮かべる。
彼女が矢を放った次の瞬間、矢は大盾の横に僅かに出ていた男の手の肘に命中した。
「ぐわ……」
「大盾の持ち方が未熟っすね。功夫が足りないっす」
盾の持ち方と功夫とは全く関係ない。
「くそっ、なんて矢速だ。お前ら! あの女は厄介だ! 殺さないように射かけろ!」
そう言うと、脇にいた弓を持っている盗賊たちが、千秋に向かって矢を射た。
その前に鈴が割って入ると、飛んできた矢を全てガントレットで捕まえた。
鈴は矢を全部千秋に渡した。
「海道一の弓取りっすね!」
「えっと、確か海道一の弓取りって、今川義元のことだよね? 縁起が悪いからやめてほしいな」
「大丈夫っす。とあるゲームじゃイケメンっすから」
「そういう問題じゃないよ」
鈴にとって、今川義元は桶狭間の戦いで織田信長に殺される戦国武将でしかなかった。
イケメンだろうと美少女だろうと、殺されるのは嫌だ。
「くそっ、矢を全部捕まえるとは、あの女も只者じゃない! お前ら、囲め! 数で対処しろ」
集団で取り囲もうとする盗賊たちだったが、パチパチと弾けるような音とともに彼らはその場に倒れた。
いつの間にか二人の近くにいた蓮水が鞭で打っていたのだ。
「……なるほど、これが適性」
「スミスミもやるっすね!」
「……スミスミ言うな」
蓮水が千秋を睨むように言った。
「なんなんだ、こいつら。ただの女じゃないのか」
大盾の男は、肘に受けた矢を抜いて言った。
「改めて覚悟するっすよ。盗賊殺しの二つ名はうちのものっす」
「千秋ちゃん、殺したらダメだよ。あの、できれば逃げてくれませんか? 追いかけませんから」
「……全員気絶させてから人を呼びに行くのもまたよし」
大盾の男は狼狽していたが、あることに気付いて笑みを浮かべた。
「へっ、勝ち誇るにはまだ早いぞ」
男がそう言ったときだった。
「キャァァァァっ!」
ヤヨが悲鳴を上げた。
振り返ると、盗賊の仲間がヤヨを捕まえていた。
キャラクター紹介:佐藤千秋
フランス人の母と日本人の父の間に生まれたハーフで、フランスからの帰国子女。
アニメが大好きで、昭和のアニメから最新のアニメまで一通り見ている。
名字が平凡なことを少し気にしている一面も。
好きな食べ物:マカロン
嫌いな食べ物:イカ墨スパゲティ
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