鈴たちを乗せた馬車は目的の場所に停まった。
その場所は、一見すると町にある大きなレストランのようだった。というのも、その建物にはテラス席があり、一組の男女が食事をしていたからだ。
「あれ? もしかしてお昼ごはん?」
鈴が食事しているところを目敏く見つけ、マーリンに尋ねた。
「昼食は後。ここが目的の場所だ」
レストランで身分証明書が発行できるのだろうか?
と不思議に思いながら、四人はその建物の中に入った。
中もテーブルがいくつか並べられ、食事をしている者たちが目立つ。そして、彼らのほとんどは一様に、先ほど鈴たちが立ち寄った冒険者が着るような服を着ている。
建物の正体に真っ先に気付いたのは千秋だった。
「ここって、冒険者ギルドっすか?」
「そうだ。異世界にもあるのか?」
「ギルドはありましたが、冒険者ギルドは聞いたことがありません。たぶん、千秋さんの見ていたアニメの中に登場するのでしょう」
「ヤヨ先生の言う通りっす」
千秋以外も、ギルドというものは知っていた。
中世ヨーロッパにおける商人や職人の組織のことである。ただし、冒険者という職業が一般的ではない地球において、その互助組織のようなものは存在せず、当然冒険者ギルドというものもフィクションの中にしか登場しない。
「マーリンさん、なんで冒険者ギルドで身分証明書がもらえるんですか?」
「うむ。簡単に説明しよう――サイレント」
マーリンが魔法を唱えた。
「サイレントの魔法は、儂たちの会話の内容が周囲に聞こえなくなる魔法だ」
「聞かれたら困る内容なんですか?」
「うむ。まぁな。説明の始まりとして、昔、冒険者とは、簡単に言えばその辺のゴロツキの集まりだった。規律を守って社会に貢献して戦おうとする者は衛兵に、戦いの才能だけで生きていこうとするものは傭兵になるのが一般的だ。冒険者というのは一攫千金を夢見て、口では大きなことを言いながら定職にも就かずにその日暮らしの仕事をしている奴らがほとんどだからな」
まるで冒険者に恨みでもあるようなセリフだが、冒険者に対して唯一知識を持っている千秋は、「言われてみればそういう見方もあるっすね」と勝手に納得していた。
「そして、そういう奴らに限って不法入国者だったり、犯罪に走ったり、住所が定かでなかったり、税金を納めなかったりする。そういう奴らを纏めて管理しようとする組織が冒険者ギルドなのだ」
「身も蓋もない……あぁ、だから管理するために身分証明書が必要ということか」
「……国の都合」
「そうだな。だが、犯罪抑制に役立っているのは事実だし、それに、今の話はあくまでも冒険者ギルドの発足時の話というだけで、いまではまともな冒険者も多い。新人の教育も熱心だしな」
ゴロツキの集まりと言われて不安に思った四人だったが、最後の話を聞いて安心した。
サイレントの魔法が解除され、五人はカウンターに向かった。
「いらっしゃい。食事ですか? 依頼ですか?」
美人の受付さんが尋ねた。
冒険者登録の受付カウンターに訪れているのだが、お爺さんと女の子四人という組み合わせのために冒険者登録をしに来たとは思わなかったようだ。
「この子たちの冒険者登録を頼みたい」
「……かしこまりました」
女の子四人の冒険者登録は珍しいらしく、一瞬、戸惑った受付だったが、すぐにマニュアル通りに対応する。
「それでは、紹介者様の冒険者カードを確認いたします」
「これでよいか?」
「はい」
マーリンから一枚のカードを渡すと、受付の女性はまたも一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに平静さを取り戻してカードを確認した。
「はい、マーリン様。これなら十分です」
「別の国の冒険者カードでも使えるんですか?」
「異国で使う場合は初回登録は必要だがな。基本となる冒険者カードは同じ構造だから問題ない」
「では、新規登録なさる方の名前を教えてください」
並んでいる順番に、四人は名前を言っていく。
「鈴です」
「ヤヨです」
「千秋っす」
「……蓮水」
「スズ様、ヤヨ様、チアキ様、ハスミ様ですね。かしこまりました。それでは出身地を」
「特秘だ」
四人への質問だったのだが、マーリンが代わりに答えた。
「え?」
受付の女性は困ったように尋ね返す。
「特秘だと言っている」
「か……かしこまりました」
特秘とは、つまりは重要機密により出身地を明かせないという意味であった。
本来ならそんなことを言っても通用しないのだが、マーリンの身分を知っているため、それ以上聞き返すことができない。
「あの……答えられるところだけ答えてもらっていいですか?」
「わかった。まず、年齢は?」
「全員十五歳でいいですよね?」
ヤヨが尋ねたところ、みんな頷いた。
「それは助かる。成年なら身元引受人になる必要がないからな」
「え? 私たち成人なんですか?」
「うむ、十五歳で成人として認められる」
この世界では十五歳から成人として認められる。
お酒を飲むことも許されると言われた。
「ご飯の時、未成年だからお水でお願いしますって言ったけど、よかったのかな?」
昨日の夕食でワインが出されたけれど断ったときのことを思い出して、鈴が言った。
「でも、お酒を飲むのはちょっと……あれでよかったと思いますよ」
鈴とヤヨが話している中、さらにマーリンは書き進めた。
「魔法適性は不明、武器適性は……ふむ、武器適性は拳、杖、弓、鞭でよいか」
「え? 適当に選んでもらったんっすけどそれでいいんっすか? うち、弓なんて玩具の弓しか使ったことがないっすよ? 頭の上のリンゴも射落とせないっす」
「……鞭は使ったことがない」
「あの主人の鑑定眼は本物だ。その武器が合うといっているのだからその武器の適性があるということだ」
そう言われて、四人は自分の持っている武器を確認した。
四人ともあまり納得していないようだ。
「ガントレットで相手を殴るのって、不良みたいな気がするよ」
「杖の適性があるのって、魔法の適性があるのか、それとも棒術の適性があるのか……どっちも自信がありません」
「普通、パーティにひとりくらい剣を使える人間がいるもんっすけど……勇者にその役目がある以上は仕方ないんっすかね」
「……鞭は触るのも初めてなのに」
「まぁ、適性というものはそういうものだ。さて、これでよいかの?」
「はい。では、最後に署名をお願いします」
「そうだったな」
マーリンは別の紙に、四人の名前を書いた。
「よいか? これがスズ、これがヤヨ、これがチアキ、これがハスミだ。この通りに書け」
そこには、異世界の文字があった。
どうやら署名は代筆が許されないらしい。
四人とも、これが私の名前なのかと思いながら、それぞれの名前を石板のようなものに書き記していく。
マーリンがそれを確認し、頷いた。
「これでよかろう。頼む」
「はい。では手続きを済ませますからお待ちください」
「うむ。あぁ、そうだ。チアキ、先ほど渡した為替の預金登録を済ませておくといい」
「あ、そうっすね」
「為替の両替と預金ですね。では奥の部屋で行いますから、マーリン様とチアキ様、こちらへどうぞ」
そう言われ、カウンターから出てきた受付さんが奥の部屋に案内していった。
そして、ふたりの姿が見えなくなると同時に、ガラの悪そうな男が中に入ってきた。
「ん? 見ない顔だが、新しい給仕でも雇ったのか? なんか幼児まで混ざっているが」
下品な笑みを浮かべる男に、鈴は否定をする。
「違います。私たちは冒険者登録をしに来ただけです」
「冒険者登録だ? お嬢ちゃんみたいなのが? ははは、これは傑作だ。いつから冒険者は女子供のたまり場になったんだ」
千秋が居たら、「テンプレ展開来たっすこれ! といって喜んでいただろうが、鈴たちはそれどころではない。
「あの、私たち人を待っているんで、失礼してもいいですか?」
「待てよ。俺様が冒険者について手取り足取り教えてやるよ」
そう言って男が鈴の腕を掴んだ瞬間だった。
「辞めてください!」
鈴は咄嗟に腕を引っ張った――次の瞬間だった。
男が前のめりに倒れた。
「え? え?」
鈴は驚き、周囲に助けを求めるように見回した。
「鈴さん、いまなにをしたんですか?」
「私、わからないよ。なにをしたかなんて」
驚いていたのは鈴だけではない。
いまの一連の出来事を見ていた冒険者ギルドの客の誰もが鈴たちに注目していた。
鈴よりも一回り以上大きな男が、彼女の一撃で倒れてしまったのだから驚くなという方が無理である。
しかし、そこで蓮水があることに気付いた。
「……床が抜けている」
そう、男の足下の床が抜けていたのだ。
それにより、床が抜けてバランスを崩した事故という認識が広まり、店内は落ち着きを取り戻した。
一方その頃、店内の喧騒が聞こえてきた奥の個室で、為替の換金手続きをしている千秋は、
「お約束展開を見逃した気がするっす」
と呟いていた。
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