鈴たちの前に現れた男は、自らを近衛兵隊長のギュンダー・マイラトスと名乗り、彼女たち五人を謁見の間へと案内した。
謁見の間では王様っぽい男と、他にも重鎮と思われる人たちが待ち構えていた。
鈴たちは横一列に並ばされる。
最初に金髪の少女がその場に跪き、続いてヤヨと背の低い子も跪いた。
鈴も遅れて跪くが、男子生徒は立ったままだった。
(ちょっと、空気読みなさいよ!)
鈴が無言で圧力を送ろうとするが、彼は素知らぬ顔で――実際圧力など伝わっているはずもなく――王様っぽい男に言った。
「これはなんかのイベントかアトラクションか? だったらもう帰りたいんだが」
さっきまで批判的だった鈴だが、彼の質問を聞いて、内心「よく言った」と褒めた。
これが現実と認められない部分が鈴の中にまだ残っていたからだ。
「帰ってもらっては困る。其方たち勇者は我が世界の希望の光。魔王を倒してもらう勇者であり、そのために多大な犠牲を払って召喚したのだから」
「とは言ってもな。あんたの設定に乗らせてもらったら、勇者……だっけ? そんなことを言われても実感がないわけで」
「なるほど――そうだろう。しかし、勇者として召喚された者には特別な力が備わっている。ギュンダー」
「はっ!」
ギュンダーはそう言うと、腰に差していた剣を抜いた。
五人に緊張が走る。
だが、ギュンダーは抜いた剣を構えることなく、そのまま男子生徒に渡した。
「勇者殿、名前は?」
「斉木陽だ。しっかし、随分と軽い剣だな。プラスチックか?」
そう言った男――陽は剣をぶんぶんと振るってみせた。
まるでゴムバットを振っているようである。
「ふっ、軽いか」
ギュンダーは面白そうに笑って言った。
「ホルス、勇者サイキの相手をしてやれ」
「陛下の御前ですが」
ホルスという男は戸惑っている。
王様の前で試合をするというのはあまりないようだ。
「構わん。許可は得ている」
「かしこまりました。お相手お願いします、勇者様」
そう言ってホルスも剣を抜いた。
「おいおい、待てって。俺、中学では剣道の授業もサボっていて」
「安心下さい、寸止め致しますので」
ホルスがそう言って剣を突いてきた――その時だった。
陽はその剣を一瞬のうちに払いのけ、逆に突き返していた。
ホルスの金属の鎧は打ち砕かれ、血が飛び散った。
「ひっ」
ヤヨが真っ青になり顔を背けた。
彼女だけではない、鈴たちも顔を背けている。
そして、彼女たちは気付いた。
これはもう、イベントやアトラクションなどではない。
VRで、この血の持つ錆びた鉄のような臭いが再現できるわけないと。
「ヤバイ――誰か、早くホルス殿を医務室に」
ホルスは外からやってきた兵たちに担ぎ上げられ、どこかに運ばれていった。
「すげぇ……体が勝手に動いた。それにこの剣――プラスチックじゃなくて本物?」
陽は相手を傷つけたことなぞなにも思っていないようで、剣をぶんぶん振り回して言った。適当に振り回しているだけのよう。なのに、何故かその太刀筋は剣豪の持つ剣の気質のようなものを感じられた。
「重さ十キロあるミスリルと鉄の合金でできた長剣だ。そして、あのホルスはこの国でも五本の指に入る剣の使い手だ。さすがは勇者サイキ。勇者は剣の才能を持って現れる――まさに伝承通りであったな」
「そうか……俺様が勇者か。ふふっ、なるほどな」
斉木もまた、これがゲームではなく現実だと感じ取ったらしい。
急に目つきが変わった。
「国王様よ、俺は勇者としてどんな待遇を受けられるんだ?」
「勇者サイキ。あまり調子に乗るな。あと、このお方は国王ではない、皇帝陛下だ。間違えるな」
ギュンダーが調子にのった陽を窘めたが、皇帝陛下は笑って彼を制する。
「よい、ギュンダー。無論、勇者にはそれなりの待遇で遇するつもりでおる。伯爵と同等の扱いをする。また、装備も国の中で優れたものを用意するし、他にも望むものがあれば可能な限り用意しよう」
「そうか、そりゃ悪くないな」
まるで宝くじに当たったかのように陽は喜んでいた。
「あの、私たちはそれより家に帰りたいんですけど」
満足そうに頷く斉木と違い、鈴は困っていた。
こんなわけのわからない世界にはいたくない。
「無論、魔王を退治した後、希望があれば元の世界に戻す手助けをするつもりでおる。勇者が五人――ふふ、これはいよいよ憎き魔王を滅ぼせる好機だ」
「お待ちくだされ、皇帝陛下。伝承によると一度の召喚で呼ばれる勇者は一人のはず。何故五人も召喚できたのか説明がありませんが」
ローブを着たお爺さんがそう言った。
「できたものはできたのだ。マーリン殿、それでよいではないか」
「それでは国のバランスが――」
マーリンと皇帝はなにやら揉め始めた。
どうやら、予定では勇者は一人しか呼ばれないはずなのに、五人もいることに戸惑っている感じだ。
鈴は「一人でいいなら私たちは帰してよ」と思っていた、その時だった。
「待てよ、勇者は俺一人で、残りの四人はおまけってこともあるぞ?」
突然、陽はそんなことを言ったのだ。
「どういうことだ、サイキ殿?」
皇帝陛下が尋ねた。
「この世界に来るとき、俺は変な本の文字を読んできたんだ。しかし、俺以外にあの文字は見えなかった。つまり、この四人は勇者じゃない可能性があるってことだ」
斉木が声をあげると、皇帝は眉をひそめた。
「ギュンダーっ!」
「はっ!」
ギュンダーはそう言って、鈴に剣を渡した。
さっき人を突いた剣だ。血はもう拭い取られたけれど、持ちたくなかった。
しかし、持たないといけない空気に負け、彼女は剣を手に持つ。
(重っ!?)
十キロと言ったが、同じ重さの米袋よりも重い気がした。
体力にも自信があったし、三十キロくらいのダンベルなら余裕で持ち上げられるのに、柄の部分に滑り止めの革が巻かれていなかったら、そのままずり落ちていたことだろう。
とてもではないが振るうことはできない。
それで十分だと、ギュンダーは剣を取り上げ、他の三人にも同様に試した。
結果は鈴と同じ。
誰も陽みたいに剣を振り回すことはできなかったのだ。
「ぬか喜びだったか――今後のことを相談せねばなるまい。誰か、その四人を応接間に通せ」
皇帝陛下はそう言ってため息をつき、吐き捨てた。
「偽勇者か――」
勝手に呼んでおいて勇者だと勝手に思い込み、偽物扱いされたことに腹が立った鈴だったが、なにも言い返せないまま、彼女は謁見の間を後にし、応接室に入っていった。
四人の間に流れる空気は最悪だった。
勇者として召喚されていたのなら、まだ国と交渉する余地はあった。しかし、一般人のままこんな場所に呼び出された。今後どうなるのかまったくわからない。
「あの、まずは自己紹介をしないっすか? お互いのこと、なにもわかってないっすから」
「あぁ、そうだったね。私は百束鈴、二組」
「蜂須賀ヤヨです。私も二組です」
「あぁ、入学式で挨拶してた子っすね。うちは佐藤千秋。金髪っすけど、不良じゃないっすよ? これは地毛なんっす。母がフランス人なんで」
「……祇園寺蓮水。三組」
「あ、うちは一組っす!」
背の低い少女、蓮水が自己紹介をしたことで、自分の組を言い忘れていたことに気付いた千秋が追加で言った。
「あの、千秋さん。召喚? される前に、召喚とか異世界とか言ってたよね。もしかして、こうなることわかってたの?」
「あ、聞こえてたっすか? いやいや、まさかっすよ。ほら、謎の本を読んだら異世界に行っちゃうってアニメとかじゃテンプレ展開じゃないっすか? それでなんとなく思わせぶりなことを言っちゃっただけで、うちはなにも知らなかったっすよ」
千秋は当然のように語った。鈴は大まかな話だけは知っていたが、ヤヨも蓮水も聞いたことがなかったためきょとんとしている。
「ああ、非オタからの眼差しきついっす……自己紹介のときもこれでやらかしたんっすよね」
どうやら、千秋は入学初日に黒歴史を生み出していたらしい。
「あの、千秋さん。創作物だと、こういう場合どうなるのでしょうか?」
「そうっすね。こういう場合、城でダラダラと自由気ままに過ごせることはないっす。大体の場合、城を追放されるっすね」
「「追放っ!?」」
千秋が言った言葉に、鈴とヤヨが声を上げた。
「……働かざる者食うべからず。働けない人間は養わない」
「世知辛いこと言うっすね、スミっちは」
千秋は蓮水のことをもうあだ名で呼び始めた。
しかし、鈴はさすがに追放はないだろうと思っていた。
暫くして、四人は謁見の間に呼ばれる。
陽は皇帝の横に立っていた。とても満足そうな顔を浮かべている。
いろいろと好条件を出されたのだろう。
「来たな。話し合いは終わった。その四人には食客としてこの城でもてなすことを約束しよう」
皇帝の言葉に、四人は安堵した。
食客――つまりお客様として持て成すといってくれたのだから。
だが、皇帝が続けた言葉は、彼女たちにとって厳しい条件だった。
「ただし、四人が勇者サイキの妾として役目を果たすなら――だ」
「どうだ? 悪い条件じゃないだろ?」
陽は当然のように言った。
(良い条件なわけないじゃない! なんで私があんたみたいな男と――)
鈴は腸煮えくりかえる思いだった。
「あぁ、妻は無理だぜ。俺の嫁はこの国の王女らしいからな。第二、第三、第四夫人も俺の嫁になりたいって貴族やお偉いさんの娘がいっぱいいるらしくてな。側室だって選びたい放題だ。ただ、たまに同じ日本人ともやりたいときがくるだろうから、あんたたち四人は保険として飼ってやるよ。ああ、嫌ならいいんだぜ? この城を出て行ってくれてもよ」
そう言われたら辛いのも事実だった。
鈴にはこの世界で生き抜く力がないのだから。
「確かにうちらはそれを飲むしかなさそうっすね。だが断るっす!」
「……私も断る」
蓮水と千秋が断った。
「二人とも……でも、私たちだけじゃ――」
ヤヨが二人に言った。
「大丈夫っす。いろいろと方法はあるっすから」
「……三人でも文殊の知恵がある。四人なら大丈夫」
自信満々に言う二人を見て、鈴も決意した。
「私も断ります。ヤヨ、行こ。それともヤヨはあんな男が好みなの?」
「全然タイプじゃないけど――」
ヤヨがそう言ったことで、陽の顔が醜く歪む。
彼は本気で、四人が自分の妾になることが彼女たちを救うことだと信じていたようだった。
「くそっ、出て行けっ! お前らの面倒をみてやろうと思ったのに、この恩知らずが! 二度と城の敷居をまたぐんじゃねぇぞ!」
蓮水と千秋は振り返ることなく謁見の間から出て行き、鈴とヤヨも続いた。
ヤヨだけはビクビクと何度も振り返っていたが、誰も四人を呼び止めるものはいなかった。
ただ、陽の地団太を踏む音だけが室内に響いていた。
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