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「えっと……」
円が後頭部を抑える。目の前には丁寧に頭を下げる最愛の姿がある。
「登戸さん、お願い出来ないでしょうか?」
「なんでまたボクに?」
最愛がゆっくりと顔を上げて口を開く。
「……百合ヶ丘さんに言われました」
「恋に?」
「はい」
「なんて?」
「貴女はまずチームメイトのことをよく知るべきだと……」
「ああ……」
円が頷く。
「そこで皆さんとオフの時間を共有出来ればと思いまして……」
「なるほどね……」
「ご迷惑でなければ、御一緒させてもらえれば……」
最愛が再び頭を下げる。
「ここで断ったら、ご迷惑って言っているようなもんじゃん……」
円が苦笑交じりで、小声で呟く。
「はい?」
最愛が首を捻る。
「い、いや、なんでもないよ……うん、いいよ。一緒に行こうか」
「ありがとうございます……!」
最愛が顔を上げて笑顔になる。
「でもさ……」
円が後頭部をポリポリと掻く。
「なにか?」
最愛が首を傾げる。
「そんなに面白いことはないと思うよ?」
「面白い、面白くないということは大した問題ではありません。時間を共有し、登戸さんの人となりを知ることが出来れば良いのです」
「あ、そう……」
「面白さにはそれほど期待はしておりませんので」
「酷くない⁉」
「え?」
最愛が不思議そうな顔になる。
「い、いや、発言に悪気はないんだよね……ごめん」
「? 何故謝るのですか?」
「そ、そうだね、変な話だよね……まあいいや、それじゃあ行こうか」
「はい、お供させて頂きます」
円の後に最愛が続く。
「う~ん……」
「質問してもよろしいでしょうか?」
「どうぞ」
「本日のご予定は?」
「え? いや、特には決めていないよ」
「決めていないのですか⁉」
最愛のリアクションに円がたじろぐ。
「そ、そんなに驚くことかな?」
「え、ええ……」
最愛が戸惑い気味に頷く。
「どこらへんがビックリポイントだったの?」
「予定をお決めになられていないということです。わたくしはほぼ毎日、分刻みでスケジュールが組まれているものですから……」
「ふ、分刻み⁉」
「ええ、そうです」
「そんなに細かく刻んで何をするの?」
「学業はもちろんのことですが……体力作りや習い事なども多数ありますので……」
「な、習い事……ピアノとか?」
「ピアノは序の口で……」
「序の口⁉」
「ヴァイオリン、クラシックバレエ、書道、生け花、茶道……」
「おお、ザ・お嬢様って感じだね……」
「後は動画配信などについてもインフルエンサ―の方を講師に招いて講義を受けます」
「え⁉ そ、そんなこと必要⁉」
「ええ、時代の流れに乗り遅れてはいけませんから」
「そ、それにしても……」
「人心掌握も大事です」
最愛が力強く握りこぶしを作る。
「お、おおう……」
「それで? このまま、特に何もせず、ごゆるりとお散歩ですか?」
「な、なんだか、申し訳ない気分に!」
円が胸を抑える。最愛が心配そうに声をかける。
「大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫……そうだ、あそこに行こうか」
「あそこ?」
円が向かった先にはお店があった。円が指差す。
「ここでショッピングするんだよ」
「なるほど、このお店を買われるのですね?」
「いや、お店は買わないよ⁉」
「違うのですか?」
「うん、ここはお気に入りの古着屋でね。よく私服をここで買っているんだ」
「そう言われると……店頭に飾られている服はお召しになっている服とよく似ていますね」
「そう。ここで買ったんだ。じゃあ、入ろうか」
円たちは店内に入る。最愛が興味深そうに店内を見回す。
「こういうお店は初めて来ました……」
「まあ、それはそうだろうねえ……そうだ、良いこと考えたよ、溝ノ口さん」
「何ですか?」
「試着してみない?」
「試着ですか? はい、分かりました」
「ノリが良いね。それじゃあ……これとこれと……後これも着てみようか?」
円はいくつか服を選び、最愛に渡し、試着室に促す。
「で、では、試着してみます……」
しばらく間を置いて、試着室から最愛が出てくる。円が顎に手を当てて頷く。
「ほう……お嬢様のジーンズ姿……これはどうしてなかなか……」
「どうでしょうか?」
「とってもよく似合っているよ」
「そうですか……では、こちらを購入させて頂きます」
「いや、一本ウン十万のヴィンテージジーンズを躊躇いもなく⁉」
「登戸さんが選んでくれたものですから……」
「……円って呼んで良いよ」
「え……?」
「その代わり、ボクも最愛って呼んで良い?」
「え、ええ、もちろんです……」
「ははっ……」
「ふふっ……あ、店員さん、こちらのおジーンズを円さんに。お揃いにしたいので」
「い、いや、ウン十万のヴィンテージジーンズお揃いはちょっと考えた方が良いって⁉」
円が慌てふためく。
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