【ガンダス帝国時代〜第6話のミカの視点】
私はミカ・エンジバーグ。カンダス帝国のエンジバーグ公爵家の長女。私を産んだ母は私が3歳のときに病気で亡くなる。その後父は再婚した。新しい母親とは残念ながら、あまりそりが合わなかった。
私が4歳の時に妹が生まれた。妹の名前はシル・エンジバーグ。父も新しい母もシルを溺愛した。そして家には私の居場所は何処にもなくなった。
12歳の時に家から逃げるように寄宿舎のある学院に進学する。長期休みは何かしら理由をつけて帰省しなくなった。
18歳の卒業と共にガンダス帝国騎士団に入団する。防御魔法が使えるのが入団合格の是非を決めたようだった。配属は帝国内の治安維持の第三騎士団である。
騎士団入団から1年。ガンダス帝国は南方に位置するリンカイ王国に侵略戦争を開始する。
通常外征には第二騎士団を使うはずが今回は第三騎士団が外征することになった。
噂では私の父親であるエンジバーグ公爵が戦争を強硬に推し進めたようである。また第三騎士団の外征もエンジバーグ公爵のゴリ押しで決定したようだ。
戦争の内容については思い出したくない。兵站がメチャクチャで、長期戦不可能。破れかぶれの特攻で包囲され蹂躙された。私は孤軍奮闘するも結局虜囚の身となる。
カンダス帝国の侵略戦争は大失敗に終わった。戦後処理では捕虜は身代金を払うと返される。私は公爵の長女のため身代金も通常より高額だ。しかしエンジバーグ公爵家が払えないほどの額では無い。
周りの捕虜が身代金を支払われて帰国するのを見ていた。数日が経ち、周りから捕虜が全ていなくなって自分1人になる。
そしてここの司令官に呼ばれる。エンジバーグ公爵家は身代金を払わないと通告があったと言われた。また帝国も肩代わりしないとのこと。
頭の中が真っ白になった。
無理矢理戦争を起こした父、また第三騎士団の出征もゴリ押しした。敗戦後は身代金を払わない。尽くしてきた国も肩代わりをしてくれない。
私は何のためにここまで来て戦争していたのか分からなくなってしまった。私は誰にも必要とされてないのか?自問自答してしまう。
私はそのうち考えるのを放棄する。気がつくと奴隷商の商館の奴隷部屋にいた。奴隷など通常貴族のおもちゃか戦闘時の捨て石にしかならない。もうどうでも良いと捨て鉢になっていた。しかしここでも私は必要とされていなかった。
貴族連中は私は帝国の公爵令嬢という事で、わざわざ金を出して恨みを買うのが嫌みたいだ。
周りの奴隷が買われていくのを見て羨ましくなった。奴隷でも必要とされていると言うことだから。
奴隷の商館に入って1ヶ月くらい経った時に、商会長のパウエルに呼ばれた。隣りには髪が水色の男の子が一緒にいる。
どうやらこの男の子がお客さんらしい。こんな可愛らしい男の子が奴隷を買うなんてどんな世の中なんだと思った。
奴隷商会の応接室で隷属の契約の主人変えが行われた。新しい主人との繋がりができたのを感じる。腕の隷属紋から熱い感情が流れてきた。
こんな子供が熱い感情?何かの間違いだろう。
商会長から着替えるように言われる。用意されていた装備はライトアーマーに片手剣、それにカイトシールドだった。
新しい主人はひっきり無しに話しかけてくる。話す気がしない。誰にも必要とされていない自分に生きてる価値を感じなくなっていた。
宿はシングル2部屋で取っていた。私は奴隷だからベッドが無くても良いのに。
装備を外したら主人の部屋に来るように言われた。何かもうどうでも良くなっている。言われたことをただやっていこう。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
主人の部屋をノックする。声がするので無言で入る。
椅子に座るように言われて待っているとお茶の香りがしてきた。奴隷にお茶を入れる主人がいるというのか?久しぶりのお茶はとても美味しく感じた。
主人は私の正面に座るとおもむろに口を開いた。
「まずは自己紹介をしっかりしようか。僕の名前はアキ・ファイアール。冒険者をやってる」
ファイアール!?リンカイ王国の南の封印守護者のファイアール公爵家!?
「ミカが思ったとおり僕の実家はリンカイ王国のファイアール公爵家だよ」
頭が追いつかない。何故ファイアール公爵家の子供が冒険者をやってるんだ。あまりのことに私の重い口が開く。
「……。なんでファイアール公爵家の人間が冒険者なんかをしてるの?」
そしてなんで私はこんなところで奴隷をやっているんだろう?
主人はにこやかな笑顔で質問に答える。
「まぁ見てのとおり僕の髪色を見ればファイアール公爵家の僕の立ち位置はだいたい想像つくでしょ」
主人の髪色は水色。確かにこれでは火を司るファイアール公爵家では出来損ないだ。
「水色の髪色だからファイアール公爵家ではいないものとして扱われてきたよ。でもそれは過ぎたことだから気にしていない。今は夢である冒険者になったことだしね」
「冒険者が夢?」
「そうだよ。自由に世界を飛び回りダンジョン探索や遺跡探索なんかしたいね。綺麗な景色や美味しい料理も食べてみたい。ミカも僕と一緒に冒険者を楽しまないかい?」
この主人はファイアール公爵家で必要無い存在として扱われてきた。私と一緒だ。その中で冒険者になる夢を持つのは尊敬できる。しかし何故奴隷なんだ!イライラが募って激情をぶつけてしまう。
「ならなんで普通にパーティメンバーを揃えないの!奴隷を買う理由が全くわからない!奴隷なんて貴族のおもちゃか戦闘時の捨て石じゃないの!」
主人は私の激情を流すような柔らかな笑みを浮かべて言った。
「実は僕には秘密が3つある。この秘密は実力的にも権力的にも力を付けるまで隠しておきたいんだ。力をつけたらミカを奴隷から解放しても良いかな」
「秘密!?」
「秘密を話す前に主人としてミカに命令する。僕の秘密を他人に知らせないように」
「分かったわ。隷属の紋章がある限りその命令は守るわ。秘密があるから奴隷を購入したってわけね」
「まず一つ目は既に知ってるね。僕がファイアール公爵家の人間ってことだ。本当は18歳の成人になってから家を出る予定だったんだけど状況が変わって家出してきた。冒険者ギルドが15歳から登録できて良かったよ」
まず一つ目の秘密はなんて事はない。どうせいないものとして扱われていたのだから。
主人はお茶を飲んでから静かにカードを取り出した。
「次がこのカードだ。見てもらえるかい」
ギルドカード!?何かが違う!
「こ、このカード!」
「そうだ。ステータスカードだよ。これによって自分のステータスが分かる。国宝級のお宝だね。ミカも触ってみたら?」
おそるおそるカードに触ってみる。主人のステータスは消えて、私のステータスが表示された。
呆然としている私に向かって主人は口を開く。
「自分のステータスが分かるってのはとても大きいことだね。3つ目の秘密はもう消えているけど僕のステータスに記載されてる魔法についてだ」
そう言ってもう一度主人がステータスカードを触る。
【魔法】蒼炎
蒼い炎!?
「蒼炎?聞いた事の無い魔法だわ。炎は赤じゃないの?」
「僕もそう思っていたんだけど、通常のファイアーボールと比べても蒼炎は破壊力が凄いんだ。これは実際に見てもらったほうが良いね。僕の髪色は蒼炎の色だったみたい」
「ファイアール公爵家には知らせてないの?」
「ファイアール公爵家に蒼炎の事がバレたら冒険者ができなくなる可能性があるだろ。冒険者でいろいろ楽しいことをしたいんだよ。だから家出してきたんだ」
3つの秘密はわかった。蒼炎についてバレると実家に縛られる可能性がある。冒険者になるために家出してきた。秘密が漏れないように奴隷を購入したのも分かった。
この主人の根本は独善的で利己的だ。他人から必要とされなくても大丈夫。自分は自分を必要としていればそれで問題無いってことか。悩んでいた自分が馬鹿みたいではないか。単純過ぎる思考に笑いが漏れた。
「あなたちっちゃいなりのくせに大胆な行動に出るのね。気に入ったわ。私も一緒に冒険者として楽しみたくなったわ。どうせ私は誰にも必要とされていないからね」
「僕も今まで誰にも必要とされてこなかったよ。だけど冒険者としてこれから楽しんでいきたい。それにミカは既に僕から必要とされているんだよ」
こんな15歳の子供の言葉にドキっとした。惚れてしまいそうになるわ。この子の奴隷になるのも良いかもしれない。そう思い右手を差し出し羞恥を隠すために軽口を叩く。
「よろしくね。ご主人様」
「こちらこそよろしくミカ。でもご主人様はやめて欲しいかな?」
「じゃアキくんで!」
アキくんはまだ幼なさの感じさせる手で私の手を固く握りしめた。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!