快晴の空。穏やかな海。今にも鳥のさえずりでも聞こえて来そうな緑豊かな森。
どこかの島の砂浜のような場所。
そこにユイトは立っていた。
微妙に銀が混じった青色の髪の美少年。
別に物思いにふけっていたりとか、そういうわけではない。
彼は待っていた。
五感を最大限に張り巡らせて、自分を攻撃しようとしている敵を待っていた。
敵は十数メートルほど離れた所にいる三人。
それはわかっている。
人の形をしているが、まず人ではないだろう黒い何か。
その三人の敵が自分と同じく、《コード能力》と呼ばれる、ある種の超能力を有している事もわかっている。基本的にはあらゆる物質をある程度自在に操る力。
ただその三人の、コード能力に付属する固有の技能についてはわからない。
(くる?)
瞬間移動か、姿を消すのと同時に素早く近づいてきたのかはわからない。ただ突然、すぐ目の前に現れた三人の内の一人。
「うわっ」
とっさに、基本的なコード能力により、大気をコントロールして、衝撃波をお見舞いしようとする。が、相手のより強力な衝撃波で逆に吹き飛ばされてしまうユイト。
「いっ」
そしていつの間にか、その吹き飛ばされたユイトの体の、着地地点くらいであろう位置に陣取り、そんなものどこから用意したのか、刀を構える別の敵。
しかし気づいたからには、あっさり刺されなどしない。
体をひねり、またそれもコード能力によって、待ち伏せ剣士の足元の砂を破裂させて、その場を離れさせる。
そして、剣士のいなくなった、砂埃舞う地点にしっかり着地すると、海近くに逃げた剣士を今度は水を使って追撃しようとする。
「て、また」
発生させた高波の攻撃が当たる前に剣士は消え去り、次の瞬間には後ろに現れる。
さらにその横斬りをなんとか伏せてかわした次には、頭上に現れる最初に衝撃波をくれた敵。
だが、仲間を巻き込まないためだろう、狙いを定めるための一瞬。
ユイトはそれを見逃さない。
(反撃)
位置関係的に、間に合いそうなのは最初の時と同じ、大気の衝撃波しかない。しかし最初ので、同じ衝撃波では敵の方が強いのはわかっている。
(なら)
真上から自分に衝撃波を放とうとしているのだろう敵に対し、ユイトはその横から発生させた衝撃波で、やられる前に敵を吹き飛ばす。
そして連続して、今度は剣士を逆方向に吹き飛ばし、たはずが、剣士はまたいつの間にか背後にいた。そして、しゃがんだ体勢のユイトの首へと剣を振る。
(やばっ)
意識は出来たが、しかし今度ばかりは反撃する余裕がなかった。
しかしその剣がユイトの首のまさに寸前に迫った瞬間。
剣士も、再びこっちに向かってきてるようだった衝撃波使いも、そして、おそらくふたりの仲間を瞬間移動させていたのだろう、最初の位置から動いてない敵も、時間が止まったかのように動きを止めた。
これはつまり、《MRCS(Mixed Reality Core Simulator)》と名付けられている、仮想空間を利用した、戦闘訓練シミュレータ。
ユイトはそのシミュレータで、擬似的な対コード能力者戦を行っていたのだった。
「不合格?」
不安そうに誰かに問うユイト。
[「いや、余裕で合格。なあミユ」]
どこからか響いてくる、笑いを滲ませたような男性の声。
[「普通に、凄すぎですよ。この条件下での歴代3位の成績です。ほんとに驚きです」]
言葉通り、ほんとに驚愕感を漂わせていたミユと呼ばれた女性の声。
[「それでレイ」]
レイ。
ミユが口にしたそれが、合格だと告げた少年の名前。
[「なぜ終了でなく停止を?」]
[「ちょっと気になってね。彼の特殊技能、再創造、だっけ?」]
[「ええ。自らが取り込んだ物質に自らを順応させる事で、擬似的にあらゆる物質のコントロールを可能にする能力ね」]
レイの確認にすぐ答えるミユ。
[「なあユイト。再開させるけど、今度は君のその特殊技能、使っていいぞ。本気の君が見たい」]
それはユイトとしてもありがたい提案である。
あるのだが。
「あの、でも、この状態から?」
この状態とは、まさに剣士の剣がユイトの首を切り裂く寸前の状態。
もっとも実際に首を斬られたりする事はなく、斬られたとシミュレータに判断された瞬間に、戦闘シミュレーションが終了するというだけだが。
[「最初からの方がいいか?」]
楽しそうに、挑発するようなレイ。
「えっと」
数秒ほど左手に意識を集中させるユイト。
「うん、もう大丈夫と思う」
薄い緑色のナイフらしき物体を、左の手元に実体化させて、それを握りしめるや、ユイトは急に自信を見せる。
その左手に握られた物体は転移具と呼ばれるもの。それは彼がまさしく本気を出すための必須要素。
[「よし、じゃ再開するぞ。3、2、1」]
レイの無言の0でシミュレーションが再開した瞬間。ユイトが周囲に発生させた凄まじい風に、剣士は飛ばされてしまう。
それはまさに台風のごときだった。
強風の範囲は広げられ、剣士のみならず、衝撃波使いも、瞬間移動使いもそれに巻き込まれる。
瞬間移動使いが自身の能力で台風から離脱しようとしないのは、おそらくその発動のために深く集中しなければならないからだろう。
そして、一気に風の流れを穏やかに変え、いち早く自分の衝撃波で台風外に逃れていた衝撃波使い以外のふたりを適当な場所、瞬間移動使いは森の方に、剣士の方は海面に叩きつける。
それで瞬間移動使いはリタイアしたらしく、能力でなく、消え去る。
(まず一人)
それからすぐにまた近づいてきた衝撃波使いだが、ユイトはさっきまでよりずっと強い衝撃波で対抗する。
だが結局は、本家といえる敵のそれの方がわずかに強いらしく、力負けし、軽く吹き飛ばされてしまうユイト。
(風じゃ勝てない)
飛ばしたユイトをさらに追撃しようと迫る衝撃波使い。
ユイトは地に右手をつける。左手の転移具の色が、黄色みのある灰色へと変わる。
(これで)
次の瞬間には、凄まじい速さで盛り上がった土の衝撃で、衝撃波使いもリタイアした。
(二人目)
そしてそれと同時くらいに、海から出て砂浜に戻ってきた剣士。
ユイトはすぐにその剣撃を避け、海辺の水に右手をつける。
今度は青色へと変わる転移具。
そして剣士の剣にまた首元を捉えられた、その瞬間。
「終わり」
海から勢いよく放たれた水の塊が、剣士に大きな圧力を与える。
それで剣士もリタイアし、シミュレーションはユイトの勝利で終了した。
ーー
すぐに仮想空間だった空も海も森も砂浜も消え去り、無機質な白がほとんどのだだっ広い部屋が現れる。
「とりあえず」
わかりにくいドアを開けて、部屋に入ってきたレイとミユ。
レイは、兄弟というか、双子と間違われそうなくらいユイトに似ているが、銀は混じってない青髪の美少年。
ミユは、メイド服がよく似合っている、ポニーテールが可愛らしい少女。
「いちおう、改めて言っておくよ」
苦笑いをおさえきれない様子だったレイ。
「やっぱり学園ではその特殊技能は使用禁止な。能力が違うとかそういう問題以前に、強すぎてバレるわ」
彼はそう言った。
ーー
『基礎知識』(コード能力事典・0)
この世界は、『マテリアル(物質)』、『トレイト(性質)』、『アストラル(精神)』。
現在でも謎が多い『エレメント(精霊素材)』。
それに生命体の本質である『コア(生命体核)』。
以上5つの要素で構成されている。
生命体とは、マテリアル、トレイト、アストラルのいずれか、またはいずれもを纏ったコアである。
コアにはコードと呼ばれるその生命体に関する情報が刻まれていて、それらのほとんどは、先祖たちから受け継がれてきたものの組み合わせ。
そして生命体の長い歴史の中で、時折、特殊な超能力を発動させるためのコードが現れだす。しかしそれらは通常、意識的に発動出来るものではなかった。
だが、やがてアストラルを強固にした種である人間の中に、自らのコアに精神的にアクセスし、そこに刻まれた特殊な力を、意思によってコントロール出来る者が誕生し始める。
そのコアに刻まれた特殊な力こそ、科学的魔法とも称されるコード能力。そしてコアにアクセスする事で、その能力のコントロールを可能とする者たちがコード能力者である。
コード能力には大まかに、『基本技能』と『特殊技能』の二種類があり、全てのコード能力者はその両方を使える。
基本技能とは(訓練量や才能による強弱はあるが)コード能力者の誰もが共通して使える能力である。コアやエレメントと関わりのない(例えば拡大したコア的存在ともいえる生命体と直に触れあっていない)3つの世界構成要素、すなわちマテリアル、トレイト、アストラルのいずれかを対象属性(対象)として、様々な操作や、変換、調整が行える。
一方で特殊技能とは、個人ごとのコアが持つ固有の能力。ただし完全に個々に特有なものではなく、同じだったり、似たような能力も多い(コード能力者を百人集めたら、たいていその中に、同じ特殊技能を持つ者が一組くらいはいるとされる)
特殊技能はコアと関わりあるものにも効果を及ぼせるが、そもそも基本かなり限定的なものに対してしか使えない。
しかし例えば水を操る特殊技能なら、基本技能で水を操るよりもずっと強力に扱えるし、誰かに触れていても対象に出来るので汎用性も高い。
『再創造』(コード能力事典・特殊技能77)
自分の体に特定の物質(マテリアル)の情報を取り込み、その情報に対し自分のコアを、自分のコアという状態を保ったまま限界まで適応させる特殊技能。
物質ならば何でも操れるため、物質操作系の特殊技能としては最強クラスと言われる事もあるが、実は弱点がかなり多い事でも知られている。
物質なら何でもということで、基本技能をそのまま強化した特殊技能と考えられることもあるが、それも本質的にはかなり的外れな捉え方と言える。
そもそも単なる強引な適応なので、本来特定の物質を操る特殊技能に比べれば、通常は大した効果を出せない。自然に存在する物質はまだマシで、人工物質などは基本技能で操る方がずっと強いと言われている。
しかしこの問題は、転移具と呼ばれる物質操作の中継機的なものを用いる事で、ある程度は解決出来るとされる(自然界の物質なら、専門なみに扱えるようになる)。それでも転移具の生成には数秒ほどはかかるし、しかもそれを体に接触させていなければならないので、結局弱点と言える。
また取り込めるのも、適応出来る物質情報も必ずひとつであり、複数の物質の併用操作は不可能。それに加えて、コアの適応も、転移具の生成と実体化維持もかなり精神力を使うために、基本技能との併用すらかなり難しい。さらに同じ物質のコントロールを連続して行う度、負担は大きくなっていく。
そういう事情があるため、この特殊技能を備えた者は戦闘において、操る物質を次々切り替えていくのが普通。
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