ママは花の錬金術師で私はホムンクルスでした!?

~母と娘が紡ぐ親子百合神話錬金術ファンタジー~
Lilium Anthems
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第一章 パンと麦穂と五穀豊穣  Ⅰ アリエスのパン屋さん

公開日時: 2021年5月2日(日) 05:59
文字数:5,153



 水に映った自分を見てみる。ぴょんぴょん跳ねた、肩まである髪の毛。お母さんに似た優しいまゆ毛、へちゃってした目。まつげは長い。耳飾りはふわふわの羽みたいなお花。肩とお胸の上は外に出てて、肩甲骨のところにはちっちゃいお花の羽がある。お母さんががなでなでしてくれると、きもちい。さこつっていうところの下には宝石が埋まってて。緑色に光ってる。お胸は、その。お母さんよりはちっちゃい……ううん。ぺったんこ。百合のお花でレースが創ってあって。お胸の生地の上と下についてる。おへそはちっちゃい。たまに、お母さんがくりくりするとくすぐったい。ズボンの周りには耳飾りといっしょの形をしたスカートみたいなのがついてて。ふわふわする。

 お母さんに創られた私。服も、お母さんが花の権能で創ってくれたもので。というか……。

「私、ぜんぶお花なんだよね……」

 まとめると、私は人間の定義において本当の娘ではないのだけれど誕生の仕方からするに本当の娘……みたい。それが嬉しいかと言われると、びみょう。ホムンクルスとは基本的には「コピー品」であるから。私はお母さんの権能のコピーでしかない。けれど、コピー品であれば自我を持てないような気がするわけで……。

「にゃぁ……わかんない……」

「お腹空いたの?」

「ふぇ……あ、アリエスさん……? えっと、私はしんけんに……」

「そうなの? あなたの好きなレーズンだけど……いらないかしら」

「たべる!!」

 大きなレーズンパンにかぶりつく私の頭をなでるのは、パン屋のアリエス。子どもがひとりいて、その子は今お勉強の時間だからきっと暇なんだね。

「あなた、大きくならないのね」

「んむ、んむ。だってホムンクルスだもん」

「へ?」

「あ」

「あ、あら……ほむんくるす……アイリスよね。お名前間違えてたかしら」

「アイリスだよ。アイリス、うん。アイリス」

「ほむんくるすっていうのは?」

 私が青い顔をしているとアトリエからお母さんが出てきて。助けてくれた。

「最近子どもたちの間ではやってるみたいで。追いかけっことか、子供遊びの中でいわゆるコードネームとして使われいるみたいですよ」

「あら、そうなの……」

「ふふ。そんなことよりアリエスさん、いかがなさいました? 浮かない顔をして」

「え、えぇ……まぁ……」

(あ、ありがと)

(ふふ。どういたしまして。ほら、パンのお礼、アリエスさんに言って)

「レーズン、ありがとう。アリエスさん」

「ふふ。どういたしまして。えっと、それで。悩みという悩みではないんですが……」

「娘さんが反抗期?」

「お店を手伝ってくれるくらいに良い子ですよ」

「あら。それならなにも心配することないわ」

「お母さん……ちょっとズレてるよ」

「あらぁ? 私はアイリスが幸せならそれでいいわぁ」

「う、うん。えっと、アリエスさん。なやみ、きかせて?」

「え、えぇ……その。小麦が、元気がないんです」

「あら、それは大変。品種はなにを?」

「えっと、それが主人も分からないの。先代からの台帳が焼けてしまって……」

「あらあら……。焼けた……。収穫した小麦もいっしょに?」

「そうなんです。備蓄はあるのでいいのですが、別の場所に移ることも考えていて……」

「今までにそんなことはありましたか?」

「いえ。ありがたいことにいつも豊作でした。ただ、今年の初めから……」

「今年の初め……。『はじまりの麦』『おわりの麦』は飾っておいでですか?」

「なん……でしょう……私たち、先代から継いだばかりで……焼き方は教わったのですが小麦の育て方までは……」

「あらあら……なんとかできるかもしれないわぁ。アイリス。お出かけの準備を」

「どこまで?」

「ちょっと古代ギリシアまで」

「う、うん?」

「え? え?」

「あ、えっと。アリエスさん。パンありがとうございます。安心してください。お母さんがいけば、きっとどうにかなりますから」

「はぁ……」

 目を丸くするアリエスさんに手を振ってアトリエに戻った。今日は晴れてるから、錬金太陽は稼働してなくて。自然の光がキラキラとして、きれい。お花たちの挨拶を聞きながら『旅人の木』という部屋に入る。ドアを開けるとその中にはびっしりと種子が置いてある。青い宝石のように輝く『タビビトノキ』という植物の種。現存はするんだけど、利便性故の乱獲から保護するためにお母さんが隠して育ててる。実は隠されている原生地はあるらしいのだけど、それはまた別のお話……。

 これはお母さんから説明してもらったんだけど。タビビトノキには、いわゆる住所のようなものを刻むことができて、基本的には世界座標。そのタビビトノキの原生地からの計算で割り出せるもの。私にとっては呪文のように見える数字たち。お母さんはそれを理解しているらしくって。家に帰る用といっしょに持って行く。私は怖いから乗りたくないんだけど、『飛空植物』に乗り込む。これはお母さんが創ったもの。おっきななタンポポの綿毛のような見た目で。下の部分には私とお母さん、あともうひとりくらいが入れる球体、透明の丸い空間。ベンチとティーセットもある。お水と熱はお母さんが他の錬金術師から借りた装置でできるらしい。

「さぁ。行くわよ。こっちの方が早いから」

「う、う、う、う、う、う、ん、ん、ん、ん……」

「ふふ。そんなに怖がらないで。私の魔力が入ってるから。落ちないわ」

「わ、わ、わ、わかってる、けど」

「ふふ。じゃあ、いつもみたいに私の膝の上に乗る?」

「う、うん」

 お母さんに抱っこしてもらいながら、飛空植物に乗ると、ふわりと浮いた。お母さんがタビビトノキの種を飛空植物の茎、切り込みに入れると。スポンっと茎の上、先端部分に入っていった。ぐわんと方向転換して、目的地へと向かっていく。

「ひぃぃぃ! こわいぃ!」

「ふふ。だぁいじょうぶ。ほら、いいこいいこ」

「う……うん……」

 とりあえず、私は気絶しないようにお母さんの柔らかいお胸に顔を埋めて。

 柔らかい香りの中にふわふわすることにした……。


 ✾


「ついたわよ」

「うん。おぉ……すごい……」

 一面黄金色に輝く畑。その光景は本で見たエルドラド、という場所みたいだった。これのどこが元気がないんだろう。そう思いながらお母さんのあとをついていくと。柔らかいお尻にぶつかった。

「んぷ!」

「……」

「もう……なに……お母さ……」

 ただのはげ地。ここだけ植えてないのかな。くらいに思っていたのだけど、お母さんは別のことを思ったみたいで。しゃがんで土をすくい、匂いを嗅いでいた。隣の穂、それに触れた瞬間、穂がバラバラと崩れ去ってしまった。お母さんの表情が少し曇った。

「……だめね」

「え? 栄養がたらないとか?」

「それなら、まだましなの。見て。こっちは、元気でしょう?」

「うん」

「でも、ここの周りだけ、だめになってるわよね」

「じゃあ、土がよくないの?」

「いいえ。土壌は安定してる。むしろ肥沃だわ」

「ひ、ひよく?」

「元気があって、栄養があるという事よ」

「なら、栄養剤は?」

「アイリス。錬金術で創る栄養剤の作用は理解してる?」

「えっと『植物、土、鉱物。それらの自然発生を点滴の形で一時的に増幅する』だよね」

「正解。でも、認識がズレているところがあるわ。言葉だと、増幅という説明になるのだけど。あくまであれは『その存在の寿命を前借りする』ということなの」

「どういうこと?」

「どんなものにも寿命はあるわ。その寿命を凝縮して一時的に引き出すの。使用後のしばらくは良い作物やお花ができたとしても残存する寿命はなくなっていく。自然が回復することのできる範疇を超えてしまうのね。そうしたら、あとは枯渇して。土壌は死へと至るわ。過去の人々が犯した過ちの一つ『科学の暴走による樹木、海洋資源の搾取』これと同じ原理だわ」

「そう、なんだ」

「えぇ。だから、私はあくまで自然にお任せしてお花たちを育てるでしょう?」

「うん」

「それは、そういう意味があるの」

「そっか。わかった。ありがと、お母さん」

「でも、きちんと覚えていたわね。偉いわ。アイリス」

「えへへ……。あ、でも、じゃあこれはなにが原因なの?」

「『はじまりとおわりの麦』の話は知ってる?」

「ううん。アリエスさんに言ってたやつだよね」

「えぇ。そうねぇ、言い換えると『五穀豊穣を願うための神への祀り』なの」

「う、うん」

「そうね……どうやって説明しようかしら……」

 お母さんの話を聞いていると、麦畑からぴょこぴょこと飛び上がる何かを見つけた。それは小さな子。私くらいの、小さな。小さな女の子。

「……イリス? 聞いてる?」

「あ、ごめんなさい。聞いてなかった」

「めずらしいわね。ふふ。麦の穂にみとれていたのかしら」

「ううん。だれか、いたから」

「あら……どんな子かしら」

「金色の女の子」

「ふふ……見えるのね」

「え?」

「じゃあ、ちょっとだけ遊んでいらっしゃい。アイリス」

「え……でも……」

「大丈夫よ。お母さんはここで待ってるから」

 お母さんの瞳がぽっと光る、花の権能を使用しているときに出る、スティグマ。足下の根っこらしきものがにょきにょきと伸びてきて。新芽、茎、そして花を咲かせる。大きな花。それが机、イスになって。あっという間にティールーム。優雅な時間の始まり。

「行ってきます!」

「はぁい。行ってらっしゃい」


 

 待って。こんなの聞いてない。

 その女の子は、ものすごく足が速かった。というか、どこからともなくひょっこり現れたかと思えばその場所にはいない。そんな追いかけっこを繰り返していた。

「ぜぇ……ぜぇ……ん……はぁ……」

 ――クスクス。

 耳元で嬉しそうな笑い声が聞こえる。振り返るとそこには全身金色のうすい布を纏った女の子がいて、こちらを見ていた。

「あなたはだぁれ?」

「はぁ……はぁ……私は、アイリス……花のホムンクルス、です……ひゃい!」

 私の頬を麦の穂が撫でつけていく。くすぐったくて変な声を出すと、金色の少女はまたほほえみかけた。

 ――クスクス。

 それを合図に、今度はさらに遠くまで行ってしまった。

「もうっ!」

 走った、全速力で走った。こんなに走ったのは、そうだ。街の子たちと追いかけっこをしたとき以来……ならそんなに遠い記憶ではないけど。それでも、速すぎて全然追いつけない。かと思えば目の前に現れて鼻先をツンツンしてくる。またまた変な声を上げながら走り回る私と、楽しそうに笑う金色の女の子。なんだろう。よく分からないけれど、なつかしい感じがする。

 ――そうしている間に、あっという間に景色が変わっていった。そんなに長い間、走っていたかな? そう思って、私は足を止めた。太陽が沈み、辺り一面をきれいなオレンジ色が染めていく。

「きれい……」

 辺り一面金色だった麦畑はあっという間に寂しさを感じるほどの夕焼け色に染まった。橙色に反射する穂。でも、その根元は暗くもはや闇として深く。すべてを飲み込んでしまうほどの夜が広がる。悪寒が走る。

 ――クスクス。

「うわぁっ」

「アイリス、楽しかった?」

「う、うん……まぁ……」

「ちっちゃい子。久しぶりだった。楽しかったよ。私」

「はぁ」

「お母さん。待ってるよ。返してあげる。ここは、金色の迷宮。気づかなかった? あなた、ずっと同じ方向を走ってる。本当だったら、その場所は生命の果て」

「え、えっと……」

「ふふ。ケレス。私の名前はケレス。おぼえておいて」

「あ、あの!」

「なぁに?」

「いっしょに、お茶しませんか」

「……ごめんね。今日はできない」

「どうして?」

「どうしても。もう夜が来る。『ニュクス』の前で、私たちはただの『暗闇』にすぎない。ホムンクルス、アイリス。戻りなさい。あなたはこんなところで失われてはいけない子」

「また……くるね……」

「うん。待ってる。バイバイ」

「ばいばいは、やだ」

「え?」

「またね、がいい」

「……ふふ。そっか、またね。アイリス」

 突然、強い風が吹いて。気がつくと私はお母さんといっしょにアトリエにいた。すべてが夢なんじゃないかって思ったけれど、服についたたくさんの穂を見て、やっぱり本当にあった事なんだ、そう思った。

「土の匂いがするわ。たくさん、遊んだのね」

「うん。楽しかった」

「ふふ。そう、よかった。さぁ、もう日が落ちるわ。ニュクスの前で、私たちはただの暗闇になるの。帰りましょう。アイリス」

「あの子も、そうやって言ってた」

「あら。そうなの。それは良かったわ」

「え?」

「ふふ。今はまだ、分からなくていいの」

「そっか。明日また行ってもいい? お母さん」

「あら……ふふふ。あの子とお友だちになれたの?」

「うーん、多分。私が思ってるだけかも」

「そうかしら、その子はなんて言ってたの?」

「またねって」

「そう。ならまた会えるわ」

「それで。お母さんに頼みたいことがあるの」

「あら、なにかしら」

「えっとね……」



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