「……ニルドって茶髪でもすっごくカッコイイね。見惚れちゃう」
「え、そう? ありがとう。鏡を見たときはすごく違和感があったけどな」
「ふふ、元が金髪だもんね。いいなぁ、私も金髪に生まれたかったなぁ」
「そうかな? 赤みががった黒髪、俺は好きだよ。ミスリーに似合ってると思う。サラサラで綺麗だし」
「……ありがと」
なーんていい雰囲気の会話をしている場合ではない。今まさに、目当ての人物が店先から出てくるところだ。
「お、ようやく出てきたな」
ワンスとファイブルがテーブルの下で密やかにピースサインをしていた店の向かいでは、茶髪に変装したニルドとミスリーが待機していた。
「よし、跡をつけるぞ。ミスリーは俺より前に出るなよ。気付かれるからな」
「りょうか~い♪」
ニルド&ミスリーという何とも艶やかな二人は、ワンスの指示でレッド・ハンドレッドの尾行をすることになっていた。ワンスたちがやたら長居するものだから、若干待ちくたびれて甘い空気が漂っていたが。
ワングという駒を手に入れて上機嫌のハンドレッドの跡をつけて住処を探る。それがニルドへの指示だった。
これまでワンスは三回ほどハンドレッドの跡をつけていたが、その三回とも全く別の家に帰宅していた。さすがに、尾行はファイブルには任せられない。騎士団兵であるニルドか、尾行の経験値が多くオールラウンダーであるワンスのどちらかがやることに決めている。
ミスリーがくっ付いているのは『ニルドが暴走した場合に止める係』とワンスから言いつけられているからだ。間違ってもここでハンドレッドを捕縛するなんてことの無いように、ニルドにはお目付役が必要だった。
「さて、詐欺師のアジトを突き止めてやろう」
二人はニヤリと笑い合い、ハンドレッドに狙いを定めた。人混みのない道であった為、かなり後方から跡をつけ始める。ハンドレッドはスタスタと迷う素振りもなく歩き続けているところを見るに、目的地に真っ直ぐ向かっているのだろう。
ミスリーはニルドの真後ろを少し離れて付いていく。正直、仕事モードのニルドをこんな間近で見るのは初めてで、ミスリーのテンションはMAXだった。しかし、それをお首にも出さずにひっそりと興奮していた。
そして、ニルドは知らないが、長年のストーカー歴によってミスリーも尾行がめちゃくちゃ上手かった。それもあって、ワンスはミスリーをここに配したわけだが。
「次の角を曲がる前に、上着を一枚脱ごう」
「おっけー」
尾行の常識、衣類の変化で気付かれにくくする技だ。
「……なんか手慣れてるな」
「予習したの。足手まといになりたくないもん♪」
ミスリーはやたら良い笑顔で答えた。ニルドは「勉強熱心だな」と素直に感心していたが、目の前の女は八年間も貴方を尾行し続けたプロですよ、と教えてあげたい。
「ファイブルが見た鍵の束には、鍵は八個あったらしいわ」
「すると、拠点は八個か? 多いな」
「ワンスは五個だろうって言ってたけど……理由は分からない」
ハンドレッドは莫大な資産を、大・中・小のサイズに分けて保管しているはずだと、ワンスは考えていた。一番厳重な場所に多くを保管し、二番目に厳重な場所に中程度の資産を保管……といった具合だ。何故ハンドレッドがそうすると思ったのかと言えば、答えは一つ。ワンス自身がそうしているからだ。犯罪者のセオリーとも言える、リスクヘッジが取れた保管方法ということだ。
というわけで、八個の鍵のうち、五つが家の鍵で、三つはその家のどこかにある金庫室の鍵のはず。そして、ファイブルが目撃していた『すり替えられていないか、やたら良く確認していた金色の鍵』。これが最も多く資産を保管してある金庫室の鍵に違いない。
詐欺師として得た黒いお金を銀行に預けるだなんて馬鹿な真似はしないだろう。絶対にどこかの金庫室に隠しているはずだと、ワンスは確信していた。
ワンスの目的は国庫輸送の金ではない。ハンドレッドが国庫輸送のあれこれにかまけている間に、彼の黒い資産をそっくりそのまま奪うことが目的だ。そのために、資産を隠している場所を突き止める必要があった。
「お? どこかに入った……ふーん、青い屋根の家か」
「四個目のアジトゲットね!」
ミスリーが辺りを見渡すと、少し離れたところに小さなカフェが見えた。青い屋根の家への出入りが見える位置に、そのカフェはあった。ニルドもそれに気付いたようで、「あそこでしばらく監視しよう」と提案してくる。
「やった~、私カフェオレにしよっと♪」
「余裕というか、呑気というか」
「お腹減ったね。夜だけどケーキあるかなぁ」
「……奢るよ」
「え! 嬉しい! ありがと♪」
ニルドは『なんかちょっと可愛いな』と思っているのだろう。可愛く甘えられると簡単コロリな男だ。
結局、カフェにはフルーツタルトが一つだけ余っていたので、ミスリーは迷わずそれを注文。フルーツタルトを食べながら、茶髪のニルドを見てみるとやっぱり格好良くて胸がきゅんとなる。
「ねぇ、ニルドってフォーリアに告白とかしないの?」
ミスリーの突然のぶっ込みに、ニルドは飲んでいた紅茶をぶふぁっと噴き出しそうになった。
「突然なんだよ!」
「えー、だって気になるんだもん。聞いちゃダメ?」
こう言っては何だが、ミスリーも結構可愛いのだ。フォーリアが異常に完璧に突出して可愛く美しいだけであって、ミスリーもそこらへんにいたら声をかけられるくらいには可愛い容姿をしていた。小悪魔系というのだろうか、フォーリアとはまた違った魅力があった。
そんな可愛い子に好きだの何だの言われつつ甘えられたら、そりゃ簡単なニルドはもっと簡単になってしまう。
「まぁ……ダメってわけじゃないけど」
「ありがと。だって、結構長いこと片思いでしょ? このままじゃワンスに取られちゃうよ?」
ミスリーは自分のことを棚上げして、更に範疇外に置いて、一度ニルドの本心を聞いてみたかった。ミリーでは聞くことが出来なかった、彼の本心に触れてみたかった。
ニルドはチラリと青い屋根の家を見ながらも、頬杖を付いて「うーん」と唸った。
「ミスリーにこんな事話していいのかな」
「いいよ~♪私はニルドを諦める気ないからどんな話でも大丈夫」
ミスリーがピースサインで答えると、ニルドは小さく笑う。
「なんかさ、最近は思うんだよ。仮にワンスがいなくても、フォーリアは俺のことは好きにならないだろうなって」
「こんな素敵な人、他に見たことないけどね?」
「えーっと……ありがとう」
「どういたしまして。でも、少し分かるかも。フォーリアって何か不思議なのよねぇ。感性が特殊というか。なんか感性の取っ掛かりが少ないというか、分かんないのよね~」
「あー、分かる分かる。分からないところが分かる」
急に始まったフォーリア談義。
「あの子、こだわりとか趣味とか一つもないでしょ? 今でこそ料理が趣味みたいなものだけど、子供のときから『私はなんでもいい』って雰囲気があって、器が大きいというか、物事に関心がないというか」
「あるある。土産とかさ、何持っていっても喜んでくれるんだけど、何持っていっても同じ喜び方なんだよ。この菓子なら特別喜ぶとか、絶対ないんだよな」
「ある意味、受け入れ上手なのかも?」
「でも、じゃあ流されやすいのかと言えば、割と頑固なんだよ」
「あるある! 何でもいいわ~って感じなのに、何も『良い』とは思わないのよね」
「分かりすぎる」
八年間に及ぶ間接的友人関係の二人は、フォーリアあるある話に花を咲かす。
「……フォーリアの感性に触れる唯一の存在がワンスなのかもな」
「そうかも。でも、ニルドだって、フォーリアに好きだって言ったら、もしかしたら感性の取っ掛かりに触れるかもしれないよ? このままでいいの??」
「……正直に言うと、告白する気はないよ」
「なんでなんで?」
「ミスリーみたいに頑張る為に告白するなら良いけどさ。相手を諦める為にする愛の告白って、所詮は自己満足だろ? 相手に押し付けずに、自分の中でケリをつけるべきだろう」
ミスリーは察した。ニルドはハチャメチャにモテる。だからきっと、ダメ元で告白をされたり、諦める前提で好きだと言われることが多いのだろう。それをまとめて『所詮は自己満足』と切り捨てるところが、ミスリーの感性の取っ掛かりに激しく触れた。
「へ~、ニルドの意外な一面見ちゃった」
「そうか? そんな意外なこと言った?」
「うん、もっと好きになっちゃった。ふふ、大好き」
「……」
そこでカフェの店員がもう閉店することを知らせに来た。若い男性店員は、ミスリーがタイプだったのだろう。チラリと見て、少し頬を染めていた。
それを感じ取ったあざといミスリーは、ニルドに目配せで黙っているように伝える。
そして、甘えた声で「ねぇねぇ」と言いながら、その男性店員の袖をちょいちょいと引っ張って、ニコッと微笑んでみせた。男性店員は「は、はい!」と満更でもなさそうにミスリーに一歩近付く。
「あのね。私たち、ここらへんに家を買いたいなぁって思ってるの。ね、ニルお兄ちゃん?」
「ニルお兄ちゃん!? ……あ、そうだね、妹よ、ははは」
「それで、治安ってどうなのかなって不安で」
「治安は悪くないですよ!」
「泥棒とか怖いなぁって思うの。少ない?」
「はい、めったに聞かないです」
ミスリーは男性店員の名札をみて「トーマスっていうの?」と囁くように名前を呼んだ。男性店員は「はい!」と言いながら、また一歩ミスリーに近付く。
「そうなんだ~。私ね、大好きだったおばあちゃんの家が青い屋根でね。そういう家に住みたいんだけど、心当たりあるかな?」
「青い屋根……。あそこに見える青い屋根の家みたいな雰囲気ですか?」
「え? あら、いい色ね! 空き家なのかなぁ」
「残念ながら、男性が一人で住んでいるみたいですよ」
ミスリーは青い屋根の家を見て、髪を耳にかけ直しながら「残念……」と呟いた。
「譲ってくれたりしないかなぁ。ね、どんな男の人か知ってる?」
「さぁ、この店には来たことないですから……あ、そういえば、その向かいのおじいちゃんがこの店の常連なんですけどね」
「うんうん、なあに?」
「あの青い屋根の家、普段は来客はないのに数ヶ月に一度は鍵屋を呼ぶんですって」
「ふーん、鍵屋さん?」
「普通、そんなに頻繁に鍵屋なんて呼ばないでしょう?」
「そうねぇ、家の鍵を落としちゃったときぐらいかしら」
「そのおじいちゃんも、とんだうっかり男が住んでるに違いないって言ってましたよ。僕は単に鍵が壊れやすい扉なんだと思いますけどね~」
「ふふふ、面白いおじいちゃんね! 会ってみたいわ」
「おじいちゃんはよくここに来るので……あの、またぜひお越し下さい……待ってます。あ、お兄さんも是非」
「……どうも」
「ありがとね、トーマスくん♪」
そういってニコリと笑うと、トーマスは顔を赤くして足取り軽く食器を片付けてくれた。
ミスリーとニルドが店を出ると、もう真夜中の少し手前くらいの時間だった。ここまで監視をしていても出てこないことから、あそこが四個目の住処と考えて良いだろう。
「今日はもう遅いものね、ワンスへの報告は明日にしよっか~」
歩きながらミスリーがニルドに問いかけると、ニルドは少し不機嫌に「そうだな」と言った。分かりやすい男だ。
「……どうしたの?」
「いや、何でもない」
「そう? じゃあ帰ろ帰ろ~。ふふ、ニルドと夜デート楽しかったぁ、ワンスにお礼しなきゃ!」
任務とは言え、デートはデート!任務デートだ!とミスリーは思っていた。楽しく任務デートを終えて、何だか良い情報もゲットできて、ミスリーは上機嫌に手をプラプラと大きく揺らしながら歩いた。
すると、その大きく揺らしたミスリーの手をニルドがパシッと掴む。
「帰るの?」
不機嫌そうにミスリーを見るニルドの目は、誘うように艶があって、足先から指の先までまとわりつくような情欲が漂っていた。
「……ううん、帰らない」
二人は手を繋いだまま、帰らずに艶やかな夜を過ごした。嫉妬は恋を盛り上げる最高のスパイスってことで。
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