「俺は詐欺師だ。お前のことなんか好きになるわけねぇじゃん」【完結】

~詐欺師が詐欺事件を解決! 恋愛×詐欺事件が絡み合う
糸のいと
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77話 人生でたった一つの恋を見つけた日の話だけは内緒していい?【1】

公開日時: 2023年1月20日(金) 08:04
文字数:3,335




【現在・ワンスの部屋にて】


 十歳のときの宝石盗難冤罪事件を話終えたワンスは、心臓がバクバクと鳴っていた。フォーリアを見ることなど到底出来なかった。


 人助けの為とは言え、嘘をついたり、騙したり、ましてや他人様の家にあがりこんでピッキングしまくり、宝石を勝手に見つけ出したわけだ。犯罪である。


「ワンス様……」


 きっと軽蔑の眼差しがそこにあるはずだと思い、直視はしないように目の端だけでチラリとフォーリアを見る。しかし、エメラルドグリーンの瞳は未だにキラキラとしていた。


「凄いです! 十歳なのに凄すぎですね……!?」

「え……?」

「テンさんを助けて悪い貴族を捕まえた最後のところ、スカッとしました~」

「スカッと……?」


 ワンスは困惑した。十秒ほど困惑しつつ、そして一つの結論に至った。


「さては、お前……ピッキングが何か知らないな?」

「えーっと、ピクニック的なことですか?」

「違う。施錠された鍵を、鍵なしで開ける技術のこと」

「え!! ということは! 鍵を落としたり無くしたりしても、家に入れないなんて悲劇は起きないわけですね! 便利ですね~」


 ワンスはずっこけた。


「あ、うん、そうだな……便利だな」


 ―― 思ってたのと違う……


 ワンスはどこまで言及するべきか迷ったが、またもやサラリと流した。ニコニコ笑いながら「私、今度ピッキングやってみますね~」なんて呑気に話をするフォーリアをもう少し見ていたかったからだ。相変わらずのズルさである。


「でも、そうやって昔から誰かを助けていたんですね」

「まぁ十二歳くらいまでは、割とそうだったかな。手段を選ばずって感じだったから誉められたもんじゃねぇけどな」

「十二歳……八年前ですね! 私との運命の出会いが八年前でしたよね~。懐かしいです。そう言えば、あのときって何で金髪だったんですか?」

「あー、あれは誘拐されるために敢えて金髪のカツラをかぶってたんだよ」


 フォーリアは訝しげな顔をする。どういう意味かよく分からないと顔に書かれていた。


「そういや、あの誘拐事件の話をしたことなかったな」

「私がワンス様に一目惚れした話ですね!ふふふ」

「……あー、そうだったっけか」


 ワンスはあの夜のことを思い出して、少しバツが悪かった。オーランド侯爵の夜会でハンドレッドに目をつけられたフォーリアを、ワンスの隠れ家に連れて行った夜のことだ。


 実は、八年前にお互い一目惚れし合っていたという事実をフォーリアから聞かされて、ワンスの理性はあの夜に溶けてなくなった。そして、フォーリアをもぐもぐぱっくんしてしまった……というわけだ。


 彼の本心が暴かれてしまっているこのタイミングで是非とも弁明させて頂きたい。


 本当はワンスは我慢するつもりだった。脱衣所でフォーリアがほぼ裸になったときだって、ギリッギリ耐えた。かなり危なかったけど、ガン見するだけに留めたタフメンタルの彼を誉めてあげたい。補足として、寸分の狂いもなく記憶できる能力を彼が持っていることをここで改めて付け足しておこう。


 しかし、どんなにタフメンタルであっても、あんな彼シャツ一枚の姿で『実は一目惚れで~』なんて昔話をされてしまったら、どうやって抑えていいかなど賢いワンスでも分からなかった。


 今にも彼女を押し倒しそうだった。だから逃げるように浴室に行き、シャワーを浴びながら相当悩んだ。溶けた理性をどうにか再構築したくて、夜通し仕事をしてどうにかしようと思った。


 結果、我慢しきれなかったワンスはフォーリアから同衾を提案してもらったので、ああなってしまったのだ。仕方がなかった……ということにしておこう。



「八年前の事件は、私的にはいつの間にか誘拐? されていて、いつの間にか助かっていて、何だかよく分からなかったんですよねぇ」


「じゃあ……(俺がフォーリアに一目惚れした事実はちゃっかりと伏せて)八年前の誘拐事件のことを教えてやるか」

「お願いします~。私、ワンス様のこと以外ほとんど覚えてなくて!」

「本当、便利な脳みそしてるよなぁ……」



◇◇◇◇◇



【八年前・王都にて】


 

 王都の街の孤児院に住み着き、ワンス・ワンディングは十二歳になった。


 十歳からの二年間、ワンスは目に止まった困っている人を手段を選ばずに助けることを趣味にしていた。平たく言えば、ヒーローごっこである。


 あるときは違法レベルの超ぼったくりの店の収益資料を盗み出して王都中にバラまいてやったり、またあるときは他人がスられた財布をスり返してやった。一番楽しくてハマったのが、泥棒のアジトに侵入して金品を取り返し元の持ち主に渡すという遊びだった。


 最近では助けた人たちから謝礼を頂くようになってきて、孤児院で慎ましく暮らすワンスにとっては貴重な収入源となっていた。


 金が貰えるということは、自分の行いが数値化されるということだ。評価されることが単純に嬉しかったし、それと同時にスリルを味わい、好奇心、探求心、救済心が満たされる。子供にしてはかなり高度なヒーローごっこであったが、おかげで『くっそつまらない毎日』と思うことはなくなっていた。



 そんなある日、またもやヒーローごっこを楽しんで謝礼を受け取った帰り道に、ワンスは中央通りの美味しいパン屋で買い物をした。十二歳のワンスの行き着けの店だ。この八年後の二十歳には、パン屋を経営し、高級ワイン店が行き着けの店になると思うと時の流れが憎らしい。


 今日は貴族の子供を装ってたまたま上等な服を着ていたため、パン屋さんには「どえらい貴族の子供が入ってきたと思ったらエースの坊主かい! ははは!」と大笑いされた。


「似合うでしょー?」


 腰に手をあててドヤ顔で笑ってみせると、パン屋さんは何度も頷いて「本当に貴族みたいだ!」と太鼓判を押してくれる。


「なんだってそんな格好をしてるんだ?」


 本当は『ヒーローごっこ』で色々と任務をこなしていたからだったが、面倒に思ったワンスはサラリと誤魔化す。十二歳の頃には、誰かに嘘をつくことなどいとわなくなっていた。


「今日は南側の大通りで子供祭りをやっているからね。こういう格好で貴族向けのお店に入ると、高級なお菓子をくれるんだよ」

「それはずる賢いことだ! ははは!」


 事件が起きたのは、パンを抱えて孤児院に帰ろうと歩いていたときのことだ。


「キャー!!」


 突然、叫び声が聞こえる。ワンスが聞いた中で一番大きく悲痛な叫び声だった。


「やめなさい!! やめて! 娘を放しなさい! 助けて、誰かー!!」


 振り返ると、十mほど先で貴族と思わしき御婦人が、なんと馬の前脚に必死にしがみついているではないか!! 当然、そんな弱々しく食らいついたところで馬をどうにかできるわけもなく、御婦人は簡単に飛ばされて、店の看板に音を立てて頭から突っ込んだ。


 馬は二頭、どちらも顔を半分隠した男が跨がっていた。一人の男が「気にするな、次だ!」と声をあげると、それを合図に二頭の馬はパッカパッカと嫌な音を立てて走り去っていく。


 馬で走り去る男はやたら大きな荷物を抱えていて、ワンスは一瞬だけその荷物を見たが、子供だと瞬時にわかった。頭から麻袋を被らされたのだろう、ピンク色のドレスの裾と可愛いリボンのついた靴が見えていたからだ。女の子だ。


「誘拐だ! 騎士団に通報して!」


 ワンスは近くの大人にそう告げて、看板に突っ込んだままの御婦人に駆け寄る。御婦人は腕や頭から血を流し、ドレスは土と泥にまみれてボロボロに破かれながら、静かにポロポロと涙を流して泣いていた。頭をぶつけたのだろうか、目がうつろで意識が混濁しているようだ。


 ワンスは「大丈夫ですか」と声をかけて続ける。


「誘拐ですね? 騎士団と医者がすぐに来ます。娘さんの名前は? 俺が助ける、絶対に」

「うっ……う……フォーリア、たすけ……」


 それだけ呟くと、御婦人は意識を手放してダランと地面に身を預けた。


 ワンスは考えた。この人通りの多い中央通りで、子供を抱えたまま馬を速く走らせることは難しい。逃走する場合は……いや、でもその前に……。


「『次だ』って言ってたな。もう一人、子供を攫う……? それなら南側の大通りに向かうはず」


 そう呟くと同時に、ワンスは近くにいた通りすがりの子供にパン屋の袋を「これあげる」と押し付けて走り出す。


 ヒーローごっこが始まったのだ。






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